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キュンチョメのアートデート
No.002
東京都写真美術館 「黒部と槍 冠松次郎と穂苅三寿雄」
ゲスト:アーティスト/パルコキノシタさん
キュンチョメのホンマエリさんと、おじさまアーティストとの「アートデート」の様子をレポートする新連載。前回に引き続き、アーティスト、イラストレーター、漫画家として幅広く活躍するパルコキノシタさんをゲストに迎え、東京都写真美術館で開催中の展覧会を紹介します。
撮影:林道子 作品写真提供:東京都写真美術館


山小屋も登山道もなかった時代の登山写真

東京都写真美術館でアツアツなデート中のエリとパルコキノシタさんは、「没後百年 日本写真の開拓者 下岡蓮杖」展を見終えた後、2階の展示室に足を運んだ。東京都写真美術館学芸員の関次和子さんによる解説で、「黒部と槍 冠松次郎と穂苅三寿雄」展を見るためだ。

関次 本展は、大正から昭和にかけて活動した冠松次郎(かんむりまつじろう)と穂苅三寿雄(ほかりみすお)による写真展です。2人とも山岳写真の先駆け的存在です。まずは冠からご覧いただきましょう。長い間、黒部に通いつめた冠は、写真と紀行文を載せた多くの書物を発表しました。

エリ その頃の登山って、どんな感じだったんですか?

関次 山小屋も登山道も、ましてや正確な地図すらない時代です。いまの登山とまったく違い、未開地の探検に近いイメージですね。

エリ 「自然やばい」みたいな? やばいのを見せたいって願望もあって、カメラ担いで……。

パルコ 山の中で「あ、フィルム切れた」なんてこともあったりして。

関次 冠はフィルムでなくガラス乾板(感光剤を塗ったガラス板)を使っていました。撮影機材や生活用品一式も運ぶので大変だったでしょうね。ですから単独で行くのは無理で、荷物を分担して運べるよう大勢で行くしか手段がありませんでした。

パルコ パリ・ダカール・ラリーみたい。

関次 ええ、そんな感じで、情熱と体力が必要でした。

冠松次郎 (1883-1970)
冠松次郎 (1883-1970)

エリ でも、なんで大変な思いをしてまで山に登るんだろ?

パルコ かっこよかったんじゃない? 「おれ、黒部に行ってきたぜー!」って感じで。

関次 そうそう、「おれ以外、誰も行ったことないんだぜー!」みたいな。……では、こちらをご覧ください。《剱の大滝を囲む大岩壁》です。いまは大きな印画紙もありますが、当時はなかったので、2枚つなぎ合わせて渓谷の壮大さを表現しました。

エリ ほんとだぁ、よく見るとつなぎ目がある。

関次 きれいな山岳風景を撮るだけでなく、人も写すことで、当時の登山の装備や道具を伝えています。

東京都写真美術館学芸員、関次和子さん(右)の説明を受ける2人。背後の壁面に書かれているは、室生犀星(むろおさいせい)が冠におくった詩
東京都写真美術館学芸員、関次和子さん(右)の説明を受ける2人。
背後の壁面に書かれているは、室生犀星(むろおさいせい)が冠におくった詩

冠松次郎 《劔の大滝を囲む大岩壁》 大正15(1926)年6月 公益社団法人日本山岳会蔵
冠松次郎 《劔の大滝を囲む大岩壁》 大正15(1926)年6月 公益社団法人日本山岳会蔵

冠松次郎 《小窓の雪渓より鹿島槍ヶ岳を望む》 撮影年不詳 公益社団法人日本山岳会蔵
冠松次郎 《小窓の雪渓より鹿島槍ヶ岳を望む》 撮影年不詳 公益社団法人日本山岳会蔵


山に住んでいたから撮れた写真

冠がとらえた黒部を満喫したエリとパルコさんは、穂苅三寿雄セクションへと移った。

穂苅三寿雄(1891-1966)
穂苅三寿雄(1891-1966)

関次 生まれも育ちも東京で、シティボーイの冠と違い、穂苅は松本で生まれ、生涯にわたって山で過ごしました。山小屋を開業したのですが、経営が安定しないので副業のために写真を撮り始めたようです。お土産用の絵はがきを販売したりしていました。こちらが、穂苅が使った撮影機材です。なるべくコンパクトな機材を選んでいます。

エリ これでコンパクトなほうなんだ!

パルコ いまはスマホがあってよかった。

エリ うん、スマホなら楽々だし。

関次 2人はほぼ同じ時代を過ごしましたが、ご遺族に伺ったところ、交流はなかったようです。ただ、お互い存在は知っていたと思いますよ。当時は写真を発表できる媒体が限られていましたから、お互いの写真を見て刺激しあっていたと推測できます。

エリ ライバルって感じかな。

パルコ 「抜かれたっ!」みたいな。

関次 そうそう、「おれの行ったことのない山に先に!」とか。

エリ わあ、この写真きれい。

関次 ええ、山にずっと住んでいることもあって、四季折々の光景をはじめ、一瞬の風景の変わり目も撮影することができました。

穂苅三寿雄 《夏の槍ヶ岳と天狗池、氷河公園より》 大正13(1924)−昭和16(1941)年 穂苅貞雄蔵
穂苅三寿雄 《夏の槍ヶ岳と天狗池、氷河公園より》 大正13(1924)−昭和16(1941)年 穂苅貞雄蔵

穂苅三寿雄 《雲晴れる槍ヶ岳、槍ヶ岳肩より》 大正13(1924)−昭和16(1941)年 穂苅貞雄蔵
穂苅三寿雄 《雲晴れる槍ヶ岳、槍ヶ岳肩より》 大正13(1924)−昭和16(1941)年 穂苅貞雄蔵


そして、アートデートはつづく

「黒部と槍 冠松次郎と穂苅三寿雄」を見終えた後も、エリとパルコさんは話に花を咲かせた。鑑賞後の会話が弾むのは、デートならではだ。

パルコ おれは徳島生まれだから海を見て育った。眉山(びざん)って山もあるけど、標高300メートルだし……。

エリ 私は生まれも育ちも横浜だから、住んでいる街から山を見たことすらない。

パルコ でも、山をよく知らないおれが見ても面白い。粒子が細かくてクオリティ高くて、けっこう好きだな。

エリ うん、山に興味なくても楽しめる。コントラストがはっきりしていて、きれい。前回の下岡蓮杖と今見た山の写真、全然タイプの違う写真展だけど、どちらもよかった。蓮杖は商業写真っぽいけど、ユニークでやわらかい。デザイン寄りの表現が好きな人はきっと気に入りそう。そして、山の写真はロマンがあるのに硬派に見える。

ナブチ あ、あのう、ぼくが展覧会を見て思ったのは……。

エリ&パルコ ナブチ、いたんだ!?

来月はどこのミュージアムで、エリは誰とどんなデートを繰り広げるのか? そしてナブチの行方はどうなるのか? お楽しみにー!

(キュンチョメのナブチさん〈右〉もいました)
(キュンチョメのナブチさん〈右〉もいました)

パルコキノシタ 《どんよりした海》アクリル、布 2013年
パルコキノシタ 《どんよりした海》アクリル、布 2013年


構成/新川貴詩

もっと知りたい! 東京都写真美術館

1995年に開館した、日本で初めての写真と映像の専門美術館。国内外の作家の作品30,000点以上を所蔵する。1階のホールには、美術館には珍しい映像作品の上映施設があり、「黒部と槍 冠松次郎と穂苅三寿雄」に関連した企画として、《山岳映画》の系譜を俯瞰し、回顧する特集上映が行われる。展示とあわせてチェックしたい。

山岳映画 特集上映−黎明期のドイツ映画から日本映画の名作まで−
2014年4月19日(土)〜5月2日(金)
詳細は公式サイトへ
http://www.yamaeiga.com

キュンチョメ

ホンマエリ(1987年、横浜生まれ)と、元引きこもりのナブチ(1984年、水戸生まれ)による2人組アート・ユニット。結成は2009年。今年2月、「第17回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)」で、最高賞にあたる岡本太郎賞を受賞。それ以前にも、「群馬青年ビエンナーレ2012」(群馬県立近代美術館)に入選。個展に「ここではないどこか」(2013年、素人の乱12号店 ナオ ナカムラ)など。
http://kyunchome.main.jp

キュンチョメキュンチョメ

パルコキノシタ

1965年、徳島生まれ。日本大学藝術学部卒業後、1989年に「日本グラフィック展」でパルコ賞(準グランプリ)を受賞。小中高の教師を経て、アーティスト、イラストレーター、漫画家など多面的に活動。世界各地の大規模美術展におけるカラオケ・パフォーマンスでも名をはせ、昭和40年会やトリオ・ザ・アートのメンバーでもある。主な著書「漂流教師」(青林堂)など。主な個展に「かすかに揺れている毎日」(2013年)、「幽霊でもいいから」(2012年、ともに新宿眼科画廊)など。

パルコキノシタ

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