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トーキョー・アートエッセンス
No.017 映画少年が目指したエンターテインメントの世界 山崎貴氏 写真
語り手:映画監督 山崎貴 氏
映画監督の山崎貴さんは、脚本と共にVFX(ビジュアル・エフェクツ)の映像制作も手掛ける独自のスタイルで、日本のエンターテイメント映画の世界に新たな道を築いています。小さい頃から映画が大好きだったという山崎監督に、少年時代からの熱い思いを語っていただきました。

昭和40年代、怪獣映画で子どもたちの憧れだった松本市の映画館「エンギザ」
昭和40年代、怪獣映画で子どもたちの憧れだった松本市の映画館「エンギザ」
一生に一度の思いで観た『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 地球最大の決戦』

 私の映画づくりの原点は何かということを考えてみると、子どもの頃の父との約束を思い出します。小学校の1〜2年生の頃、『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 地球最大の決戦』が公開されました。どうしてもその映画が見たくて、父に「もう一生他の映画は見に行かなくてもいいから連れていって!」とせがんだのです。やっとのことで連れて行ってもらいましたが、それ以降、中学生になって自分のお小遣いで行けるようになるまで、一切映画館には足を踏み入れることができなくなりました。

 小学校の高学年になると、『ジョーズ』や『キングコング』、『タワーリング・インフェルノ』といったハリウッド映画が続々と公開されて、友だち同士の話題になっていましたが、私は行けないものとあきらめていました。子どもながらも不思議と約束は絶対守るものだと思う律儀なところもあり、親にわがままを言うようなことはしませんでした。その代わり、映画好きの親戚のお兄さんのところに入り浸って、「スクリーン」や「ロードショー」といった映画雑誌のあらすじを読んでは勝手にストーリーを再構築して、「俺ジョーズ」や「俺タワーリング・インフェルノ」の物語を想像して楽しんでいましたね。

  生まれ育った長野県松本市は、当時テレビのチャンネルも少なかったので、テレビで映画を見る機会もほとんどありませんでした。だから、映画にはものすごく飢えていたと思います。野球中継がある夏、雨で野球が中止になるとよく怪獣映画を放映したので、いつも、「雨降れ! 雨降れ!」と祈っていました。これも、父との約束を守ったから映画への憧れを持ち続けることができたのだと思います。今思えば、あの時期が私にとっての映画づくりの原点のような気がします。情報が限られていたことが、逆に強さになったのかもしれません。情報をたくさんもらうことは必ずしも良いことではないのです。

山崎監督の母校だった松本市立清水中学校(昭和51年頃の校舎)
山崎監督の母校だった松本市立清水中学校
(昭和51年頃の校舎)
憧れのハリウッド映画を目指して宇宙船づくりを

 中学生になって、生まれて初めて自分のお金で見た映画が『ロッキー』でした。このときの感動で、完璧に映画というものに魅了されてしまいました。その後、『未知との遭遇』や『スター・ウォーズ』など、ハリウッドのエンターテイメント映画の世界に憧れて、仲間と映画づくりをするようになったのです。でも、まだ脚本を書くというシステムではなく、口頭でみんなスタッフ兼役者という感じでやっていました。

 中学校3年生の夏休みには、学校で受験勉強すると嘘をついて、映画に使うための宇宙船づくりをしました。学校中に「いらなくなったプラモデルや余った部品をください」というポスターを貼って材料を集めて取り組みましたが、自分の理想とみんなのセンスがくい違って口論となり、最後は木工用のボンドを掛け合うほどの大喧嘩になりました。ボンドで髪の毛がカチカチになって、それは大変な騒ぎでした。また、仲間の親戚の人が8ミリを持っているというので、それを借りるために自転車で嘆願しに行ったことも忘れられない思い出です。8ミリの持ち主は本当に厭だったと思いますが、最後には根負けして貸してくれたので、無事映画を撮影することができたのです。今でも本当に感謝しています。その映画は文化祭で上映したところ意外に好評でした。でも、いろいろな人にフィルムを貸し出しているうちに、行方不明になってしまいました。どこかの押入れに残っているとよいのですが……。

 中学生時代から、私は監督と脚本的なことと美術をやっています。基本的にエンターテイメントを撮りたいと思っていました。当時は、個人的な映画は寂しいような気がして、人がたくさん関わるのが映画というイメージしかなかったですね。なぜか最初から『スター・ウォーズ』や『未知との遭遇』みたいな映画を目指していました。そういう映画を撮るためにはお金がかかるので、資金づくりから算段していました。みんなでアルバイトをして、全額映画のために使ってしまうと不満が出るので、一部はそれぞれに分配したり、けっこう気を使ってやっていました。

 映画と言えばハリウッド映画と思っていたので、宇宙船とかが出てこない、舞台装置のいらないような心象風景を描くジャンルの映画があるということは、大人になるまで知りませんでした。親戚のお兄さんの影響で、洋画の情報しかなかったこともあったのかもしれません。実際、邦画というものがあることも知らなかったくらいです。子どもの頃から、思い込んで一つのことに集中すると他が見えなくなるほうで、自分に興味のないものは、無意識に飛ばしてしまうところがありましたね。


身に迫って実感できるのは半径5mくらいの話

 私が映画と同じように好きだったのは本でした。ある意味では、活字中毒と言ってもいいくらいの小学生でしたから。学校の送迎バスの待ち時間に児童館で毎日本を読むことが習慣になっていましたが、当時『ジュブナイル小説シリーズ』という子ども向けのSF小説が全50巻くらいあって、それがとにかくワクワクすることがいっぱい起きる物語で、大好きでした。他にも『ドリトル先生シリーズ』など、シリーズで長く読み続けられるものが好きでした。夏休みになると図書館で3冊本を借りられるんですが、たった3冊でどうやって夏休みを生きていけばいいんだと、本を読みたくないと言っている友だちに「文句言うなら、その貸し出し枠をくれ!」と言いたいくらいでしたからね。

 私は、どちらかと言うと、理論づけして統計をとったりすることは苦手ですが、雑多にいろんなものを吸収するほうなので、子どものころの読書は自分のデータベースづくりには役立っているかもしれません。今も何でも読みますが、藤沢周平さんの小説が特に好きです。普通のハッピーエンドでないところがあって、思いもしない感情の場所に連れて行ってくれる。初めての感覚が腑に落ちる、そんなふうに感じさせるってことは、すごく腕があるんだなと思います。普通の暮らしをしていたらとても味わえない、意外な世界に連れて行ってくれる作家が好きです。

 

最近、映画をつくる中でよく考えていることですが、人間は半径5mくらいの話が身に迫るというか、実感できる範囲ではないかということがあります。私がつくっているのは、劇場用映画なので、スペクタクルの部分ももちろんありますが、そのことが映画を左右するわけではなく、個人の感情みたいな、近い関係の中での物語が一番大事だと思っています。最近、お金があると人がいっぱい出てくる立派な映画をつくる傾向がありますが、そうではないものをつくりたい。人がいっぱい出てくるシーンはもちろん大切ですが、それは額縁であって絵ではない。立派な額縁がついていればみんながすごい絵だと思ってくれるけど、本当の真ん中に描いてある絵の部分がしょぼかったり、心に迫ってくるものがないとどうしようもない。私は、CGも額縁だと思っています。中心のものを引き立てるための大事な要素ではあるけど絵ではない。だから、額縁もしっかりして心に迫ってくるものもちゃんとある、そういう映画をつくっていきたいと思っています。

『ALWAYS 続・三丁目の夕日』DVD豪華版特製色鉛筆やフォトモ(立体写真模型)など豪華封入特典と特典映像満載の豪華版です。税込7,140円。(c)2007『ALWAYS  続・三丁目の夕日』製作委員会
『ALWAYS 続・三丁目の夕日』DVD豪華版
特製色鉛筆やフォトモ(立体写真模型)など豪華封入特典と特典映像満載の豪華版です。
税込7,140円。(c)2007『ALWAYS 続・三丁目の夕日』製作委員会

次回は…
引き続き映画監督の山崎貴氏に『ALWAYS 三丁目の夕日』の制作秘話を語っていただきます。


山崎 貴(やまざきたかし) 山崎貴氏 写真

1964年6月12日、長野県松本市生まれ。映画監督・脚本家・VFX(Visual Effects)ディレクター。阿佐ヶ谷美術専門学校卒業後、学生時代からアルバイトをしていたアニメーションやスペシャルエフェクトの映像制作を行う株式会社白組に入社。特撮技術を用いた映像制作を専門とし、企業CMやテレビドラマなど、さまざまな現場を経験する。伊丹十三監督映画のデジタル合成などの制作に参加。2000年『ジュブナイル Juvenile』で監督デビュー。本作でイタリアのジフォーニ映画祭「子供映画部門最優秀賞」及びニフティ映画大賞2000「日本映画部門映像効果賞」を受賞。第2作『リターナー Returner』(2002年)は、韓国・香港・シンガポール・マレーシア・北米で公開された。『鬼武者3 オープニングCGムービー』(2004年)に続き『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)を制作して大ヒット。日本アカデミー賞最多12部門を受賞。2007年には『ALWAYS 続・三丁目の夕日』を制作。著書に『ジュブナイル』(メディアファクトリー)『リターナー』(角川書店)がある。

 
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