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トーキョー・アートエッセンス
No.041 日本のフォトドキュメンタリーを世界基準へ 2010年7月17日〜19日に開催されたワークショップの様子
語り手:Q.サカマキ氏、外山俊樹氏
「世界報道写真展」の関連事業「写美フォトドキュメンタリー・ワークショップ」は、プロの写真家や編集者を対象に、レクチャー、ポートフォリオ・レヴュー、フォトエッセイ制作を3日間で行う集中セミナーです。講師のひとり、世界を舞台に活躍している写真家、Q.サカマキさんの眼には、日本のフォトドキュメンタリーはどう映ったのでしょうか。今回は、Q.サカマキさん、『AERA』フォトエディター外山俊樹さんの対談をご紹介します。

世界から見た日本のフォトジャーナリズムとワークショップ開催の背景

2007年世界報道写真「ニュースの中の人びと」の部 組写真1位 Q.サカマキ スリランカ内戦/《バス襲撃事件の犠牲者を悼む》 ケビティゴラウェ June 16, 2006.
2007年世界報道写真「ニュースの中の人びと」の部 組写真1位
Q.サカマキ スリランカ内戦/《バス襲撃事件の犠牲者を悼む》 ケビティゴラウェ June 16, 2006.

サカマキ
日本のフォトジャーナリズム/フォトドキュメンタリーは全体的に層が薄い、弱いですね。それじゃちょっと悲しいなと思って、このワークショップを提案しました。今から20年以上前、私自身、フォトジャーナリズムというものにどうアクセスしていいかわからず苦労したので、これまでの経験、知識、感覚、技術を紹介する機会があったらいいなという思いもあり、外山さんに協力をお願いして実現したものが、この「フォトドキュメンタリー・ワークショップ」です。

外山さんとは以前から一緒に仕事をしていて、ある時、私が考えていたことと同じことをおっしゃったんです。海外の写真家たちは、光を一瞬に見抜く感覚が伝統的に備わっているんじゃないかって。特に、キリスト教圏の国やユダヤ人たちの周りには、宗教的な絵画や建築などが生活の中のあらゆる場所にあって、無意識のうちに光と影で構成された世界が体の中にしみ込んでいる。一方日本はどちらかと言うとモノの捉え方が望遠的で、つまり全体の中でポイントを見たり、そのポイントの裏にあるいろんな要素を見る眼が弱い。その感覚の違いの指摘に、ピンときたんです。

外山
中世の西洋の宗教画と、室町時代以降の日本の洛中洛外図の描かれ方、要するに宇宙から望遠レンズで撮ったような画面構成の違いって、欧米と日本の写真の撮り方にも影響があるかなという話をしていたんですね。

サカマキ
生活の違いがものの捉え方の違いになり、それが日本と海外の写真、フォトドキュメンタリーの差になっているのかもしれません。また、日本にはワークショップから様々な世界につながっていくということがなかったと思うんです。欧米で例を挙げると、ワールドプレス(World Press Photo)にもワークショップがあって、ここで学んだ人間が結果的に世界の報道写真、ドキュメンタリー写真のフロントで活躍しています。ワークショップ出身者が内輪で固まってしまうという問題もありますが、ここから巣立った写真家たちには今の世界で起きていることを見る眼が養われている。そういう場を日本にもつくることができないかなと。


報道写真とフォトドキュメンタリー/フォトジャーナリズム

Q.サカマキ スリランカ内戦/ケビティゴラウェ June 16, 2006
Q.サカマキ スリランカ内戦/ケビティゴラウェ June 16, 2006

サカマキ
報道写真とフォトジャーナリズムは、本来同じ意味なんですが、日本語の「報道写真」という言葉には、ひと昔前のニュアンスが強く残りすぎていますね。

外山
例えば今、大学などの学校で教鞭を執っている先生の中には、70〜80年代に活躍していた写真家も少なくない。報道写真家も含めて、そういった方が教育に携わることで、彼らを頂点とする写真界、教育システムの構造ができてしまったわけです。先生方は、おそらく自らの成功体験をもとに話をされるでしょう。そして授業で「何を撮ったかに価値がある」という話を聞かされれば、若い学生の多くはそう信じてしまいますよね。もちろん何が写っているかはドキュメンタリーとして非常に重要ですが、誰が写したのかということがないと作品は残りません。

1枚の写真が世の中を動かすというのは事実です。しかしそれは偶然撮れた写真で、運があったから撮れただけだったかもしれない。2007年、パキスタンのブット元首相暗殺の瞬間を撮ったということで賞を授与されたフォトジャーナリストがいましたが、こういった現場に遭遇しない写真家はどうするのかと。運も実力のうちですが、一生に一度もないかもしれないといった時に、何を撮っても自分の作品として発表する力があれば、職業としてもひとりのフォトグラファーとしても成り立つと思うんです。タイの騒乱でも、満員電車のシリーズで山手線を撮っても、自分の目線や表現方法があれば、作品になっていきます。これがフォトジャーナリズムやフォトドキュメンタリーの考え方です。それが報道写真となると、何か凄いことを撮らないと価値がないようなイメージを引きずっている。今の世界を捉えるには、報道写真という用語はあまりにも狭すぎる言葉だと思います。

Q.サカマキ スリランカ内戦/ケビティゴラウェ June 16, 2006
Q.サカマキ スリランカ内戦/ケビティゴラウェ June 16, 2006

サカマキ
特に今の若い人たちに、このニュアンス的な違いが伝わってないのが、フォトドキュメンタリー/フォトジャーナリズムの一番大きな問題かもしれないですね。写真が出はじめた頃は、技術がどうこう以前に、戦地に行ってその現場をカメラに収めるだけで価値があるとみなされていた。ロバート・キャパがスターになれた時代、そういう報道写真の感覚が今も残っていて、更に大学で教えている方の多くが今のフォトジャーナリズムを経験していない。それが問題でしょう。

報道写真同様、決定的瞬間を撮るということも誤解されています。戦地、動乱、災害の激しい中、テンションの高い現場をとらえることだけが決定的写真ではない。その裏の世界にも決定的瞬間はたくさんあるし、家庭の中にもあるわけです。そういうことも伝わっていないですね。とりわけ、「報道写真=命を懸けるもの」、ではまったくない。もちろん、時と場合によってはリスクをかけた方がいいときもあります。ただ、紛争地の戦闘シーンをカバーするだけが報道写真、フォトドキュメンタリー、フォトジャーナリズムではないということです。日本の中にあるテーマ、自分のストーリー、私的なコンセプトで写真を撮っても、世界につながる作品になることは当然ありますから。


フォトジャーナリストとして活動するということ

Q.サカマキ スリランカ内戦/ジャフナ June 2006.
Q.サカマキ スリランカ内戦/ジャフナ June 2006.

サカマキ
昔は物書きになりたくて、たまたま書いた小説が某文芸誌で佳作に入ったんです。その後も小説を書こうと思ったんですが、書くよりも見ることが先、世界を見てから小説を書こうと。写真に興味を持ちはじめた頃でもあったので、勉強するためにニューヨークへ行きました。今考えると、当時はエディ・アダムズすら知らなかった。むしろ、ファッション写真家のサラ・ムーンやデボラ・ターバヴィルに影響を受けていたし、また広告代理店で働いていたんです。それが、ニューヨークのいろんなシーンを目の当たりにして、いつの間にか街に出て、様々なストリートのドラマを撮り出していましたね。その作品のひとつが『the Village Voice』紙の見開きで使われて、その後『TIME』誌から依頼が来て、この頃から本格的にドキュメンタリーをやるようになりました。とはいえ最初は、例えば朝日新聞社でもAP通信でも、どこかに所属した方がいいんですけどね。

これまで、パレスチナ、ハイチ、スリランカ、コソボ、アフガニスタンなど、様々な国へ行っているのは、人間のエネルギー、生まれてきた理由、衝突、その根源にあるものに興味があって、いつの間にか行っているとか、行きたいから行っています。現地に入るといろいろなものが見えてくる。見えてきたものに惹かれる。その感覚を誰かとシェアしたい、人に伝えたいということですね。そのために写真を使った。写真を使ったら、もっといいものをつくりたくなる。結局その繰り返しです。

自分の作品づくりなら好きなテーマで写真を撮ればいいんですが、現実問題、経費などもかかるので、撮った後いかに作品が売れるかを考えるのも重要です。撮りたいものと稼ぐことの中間で自分なりに折り合いをつけて、仕事を選ぶということもあります。本当に残したいものは、お金に関係なく現地へ行っている場合もあるし、時間や予算の関係で行けないこともある。ただ、最後の最後は本能的にやっていますね。ひとつ言えるのは、自分の作家性をもたないと生き残れないし、将来作品も残らない。そのために、ノンフィクションという定義の中で、いかにアーティスティックに撮るか。オリジナル性、作家性を強調させられるかがポイントになりますね。


Information

■「世界報道写真展2010」巡回先
・9月22日(水)〜10月16日(土) 立命館大学国際平和ミュージアム(京都)
・10月19日(火)〜11月7日(日) 立命館アジア太平洋大学(大分)
・11月10日(水)〜11月23日(火・祝) 立命館大学びわこ・くさつキャンパス(滋賀)

■次回の「写美フォトドキュメンタリー・ワークショップ」開催について
来年も7月中旬に開催する予定です。
募集要項等の詳細は2011年春頃、東京都写真美術館公式ホームページにてご案内いたします。
http://www.syabi.com/

次回は…
対談の後編、フォトジャーナリストやフォトエディターを目指す方へのメッセージを紹介します。[9月24日(木)アップ予定]
Q.サカマキ(キュー・サカマキ) Q.サカマキ(キュー・サカマキ)

写真家。1986年からニューヨークを拠点に活動を展開し、『TIME』『Newsweek』等に寄稿。2007年、スリランカ内戦の一連の作品が「World Press Photo(世界報道写真)2007」の「ニュースの中の人びとの部:組写真」で1位となったほか、国際的なコンテストで多数の受賞歴がある。主な著書に『Fight AIDS!』(新泉社)、『パレスチナ:自爆テロの正義』(小学館)、写真集『戦争』(小学館)、写真集『Tompkins Square Park』(powerHouse Books/アメリカ)など。コロンビア大学院(国際関係学修士)卒。
http://www.qsakamaki.com/

 
外山俊樹(とやまとしき) 外山俊樹(とやまとしき)

『AERA』編集部フォトエディター。1985年に朝日新聞社入社後、『AERA』スタッフフォトグラファーを経て、2000年より現職。撮影コンセプトの企画立案から、写真家への依頼、掲載作品の選択など、写真を軸に同誌のエディトリアルに携わっている。2008年から東京都写真美術館で毎年開催されているワークショップの講師や、若手写真家の作品レヴュアーなども務める。『名ソムリエの、おうちワイン―毎日飲める、とっておき。』(朝日新聞社)では写真を担当。
http://www.aera-net.jp/

 
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