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アートのスペシャリスト
No.001
過去のシグナルを救い出し、現在につなぐ
語り手:美術批評 沢山遼さん
アートが好き! アートに関わる仕事がしたい!! アーティストになること以外にもその夢をかなえることはできます。多岐の分野で活躍するスペシャリストに取材し、アートの仕事の可能性を探るシリーズ。その第1回目は、若い世代の批評家のひとりである沢山遼さんに、批評家になるまでの経緯と現在の仕事の内容についてお話を伺います。美術批評家は、新たな見方で作品に隠れている意図やメッセージを読み解き、自分自身の言葉で綴るのが仕事です。直感、論理、知識、推理、経験などを総動員して下した価値判断を社会に提起していきます。沢山さんの考える批評とはどのようなものか、批評家になりたい人へのアドバイスも含めてお聞きしました。
美術批評・沢山遼さん(高松次郎「言葉ともの―純化とトートロジー」展関連イベントにて)

周囲に押し出されるようにして批評家になった

――美術批評家になろうと思われた経緯を教えてください。

2009年10月号『美術手帖』「第14回芸術評論」で一席を受賞した沢山さんの評論。左は2011年12月号『美術手帖』「Review」より
2009年10月号『美術手帖』「第14回芸術評論」で一席を受賞した沢山さんの評論。左は2011年12月号『美術手帖』「Review」より

大学に入る前から芸術と思想に興味があり、両方を統合して何かできないかと思っていたんです。それで、美学と美術史が学べる美術大学に進学しました。美大では、すぐそばにアーティストを目指している人たちがいて、彼らは実践的に制作活動を行っている。美術とは、マテリアル(素材)を扱って何かを思考すること。あまり浮ついたことは言えない緊張感の中で鍛えられたと思いますね。必然的に、昔の文献だけを漁るような研究にはなりませんでした。

――一般の大学で思想、文学、社会学、文化人類学などを学んで別の領域から美術批評家を志そうという人は、学外でアーティストと活動する機会を持ったほうがよさそうですね。卒業後はどのような活動をしたのですか?

最初は『美術手帖』編集部にアルバイトとして入って、そのまま2年ほど編集スタッフを務めました。その後、批評で自活するなんてことは思いもよらなかったですし、自分のような反時代的な(美術の時流を追うのではない)人間が現代美術の世界でうまくいくことはおそらくないだろうと思い、まずはなにか美術業界以外の仕事でも見つけて生活の糧を築こうと思っていたんです。

そんなとき、ある人から『美術手帖』主催の芸術評論の公募に出してみればと言われて。普段自分が考えていることがどのくらいの妥当性を持つのか知りたかったこともあって、締切りの2か月ほど前だったと思いますが、前から考えていたカール・アンドレ(彫刻家・詩人、1935年-)について書いて提出したら幸運にも賞をいただくことができて、本格的に美術批評家と名乗ってもいいような状況になりました。

ただ、芸術評論の公募でデビューする前にも、大学の研究紀要に書いた論文がきっかけでコミュニティ・カレッジ講師として呼ばれたり、『美術手帖』誌でレビューを書かせていただいたり、機会は与えられていたので、今考えると恵まれていたんだと思います。周囲からは批評家、少なくとも「もの書き」にはなると思われていたらしく、自分だけが踏み出せずにいて、ほとんど外圧で押し出されたようなものです(笑)。

――デビューしてからは、どのように仕事を続けてきたのでしょうか。

来た球はなるべく打ち返すようにしてきました(笑)。どんな世界でも需要と供給のバランスで成り立っているから、何かスキマがあってそこを埋めるような技術を持っていると、需要が生じて外からの要求が働くのかなとも思います。一口に批評といっても地道に展覧会レビューを執筆していればよいというものではなくて、始めてみると突発的にいろいろな方向から仕事が降ってくる。だから、雨が降ったら傘をさす、というような、ほとんど条件反射のような感じでいろんな変化球を必死で打ち返している感じでしょうか。そうやってコンスタントにトレーニングを積んでいくうちに、一貫した方向から球が飛んでくるようになってきた気もします。


批評の面白さは、過去とつながる中でパズルがハマる瞬間に

批評家に依頼される仕事とは、かつては、足繁く画廊などに通って現場批評的にレポートを書いたり、歴史的なリサーチをしてこれまでの研究を更新する論文を書いたりということだったかと思いますが、今はさらにいろいろな仕事をしなくてはなりません。特に編集的な仕事が多くて、教科書の執筆に関わったりもしています。昨夏は、彫刻家の袴田京太朗さんのカタログの文章を書きながら、ポロック(画家、1912-56)論とピカソ論を書いて、並行して辞書を書く仕事もして心身ともにかなり消耗しました。辞書のように、情報をまとめてアレンジする編集能力も必要ですし、論文では自分の文章を「作品」として自律させたいという不遜な思いも働いたりして。だけど批評は単に素朴な自己表現ではないですから。批評を一つの表現形式として自律させたいという思いもありますが、ある程度啓蒙的な仕事もしなければいけません。

――啓蒙的な仕事というのはどのようなものですか?

例えば、東日本大震災のとき、明治中期や昭和初期に大きな地震があったばかりなのに「1000年に一度の大地震」と喧伝されたように、文化や芸術の形式もすぐ忘れられちゃうんです。その忘却から何かを救い出したい。だから、過去に記述や伝達をされながらほとんど途絶えてしまっているようなメッセージをいかに伝えるか。しかも、芸術の場合はその情報がきわめて圧縮的に表現されている。

批評で面白いのは、作品についてリサーチしたり、文章を書いたりしていると、微弱なシグナルを自分だけが受け取っている、この事実は僕だけが知っているんじゃないかと思う瞬間がくるんです。客観的なデータを集めるうちにだんだんパターンが解けてきて、パズルがパチッとハマるような。先の地震でたとえると、地震学者も列島が活動期に入って近いうちに大地震が来ることを実際にはわかっていたように、学問をやっている以上は「想定外」は欺瞞だと思うんです。むしろ今回の地震によって地球の規則正しさが証明されたほどでしょう。美術も10年くらい専門的にコツコツと勉強していればわかってくることがかなりあります。

ドイツの思想家、ヴァルター・ベンヤミンが批評行為を「救済」のイメージで語っていますが、大袈裟に言うと、批評とは死に絶えた過去の出来事や思考を救済する、復活させること。だいたい自分が考えたことなんて、必ず昔の人がすでにもう考えているんです。でも、そこで大事なのはしつこく反復すること。科学も政治も皆同じ。100年の単位で周期があり、僕が提出するアイデアとかそこにかける労力は、そのシグナルを持続させるための歯車の一つでしかないんです。もちろん、100年間にあったことをフォローして記述するのは困難なことで、僕自身がそれをできているとはとても思えませんが。

――100年というスケール感でものごとをとらえると、今起こっている出来事の見方が変わりますね。

まず、美術を専門とする以上は、構成主義と表現主義という二大イベントから後の100年ぐらいのことはせめて抑えたいなあと思って勉強しています。でも日本では80年代の美術すら忘れられている感じがするんですよね。最近ではシンディ・シャーマン(写真家・映画監督、1954年-)やロバート・ゴーバー(彫刻家、1954年-)の名前すらあまり聞かなくなってしまった。個人的にはポスト・モダンの実践はとても重要だと思うのですが、そういう近過去の出来事ですら存続の危機にある。

――ここ数年でトークやシンポジウムの機会も増えましたので、そうしたご自身の考えを話すこともできますね。

そうですね。また、大手の出版形態が衰退するとともに、少部数の出版が増えました。最近は印刷が安くできるし、インデザイン(編集DTPソフト)が個人のパソコンで扱えて、フォント(書体)のソフトウェアも安価になった。ネットで流通も宣伝もできるし、ナディッフなど積極的に扱ってくれるショップもある。メジャーな流通形態には乗らないけれど言説の機会が増えた感はあります。だから以前の『美術批評』誌のように、これだけ参照していれば批評的言説がすべて把握できるというメディアがなくなった代わりに、良くも悪くもメディア自体が分散していますね。

――ええ。それに、小規模な媒体では原稿料がなかったり、少額だったりして、執筆で身を立てることが難しいですよね。特に若い世代の批評家は、複数の仕事を行いながら研究を進めています。

そういう意味でも、批評を、職業ではなく、芸術を存続させるための「運動」として行っているんだと感じるときもあって。もちろん批評が職業として経済的にも成り立ってほしいとは思っています。


100年単位でものを考える

――沢山さんは、「所沢ビエンナーレ美術展 引込線2011」のように、アーティストたちとの展覧会活動の中での批評も行ってもいますね。

美術批評を行うということは、社会的に自分がどういう場所に帰属するのかを特定しちゃうことでもあると思います。率直に言うと、いわゆる美術業界に帰属し、現代美術の歴史の中に自分も参入するということ。だから批評家は、現代美術に対して、いかに批判的な契機を持ち込むか、また、現代美術と呼ばれるものをどう積極的に定義づけて存続させていくことができるかという課題を抱え込まざるをえない。大きく言えば、自分は、歴史や自然の摂理を含めた、社会的な運動体の中の一部であるという意識のもとに美術にかかわっていけたらいいと思います。

「所沢ビエンナーレ美術展 引込線2011」。旧所沢市立第2学校給食センター(第2会場)にて。手前はミルク倉庫の作品
「所沢ビエンナーレ美術展 引込線2011」。旧所沢市立第2学校給食センター(第2会場)にて。手前はミルク倉庫の作品

――批評家は、その運動体の一部であるとともに、その運動体を外側からも見なければならない存在ということでしょうか。

ええ。もの書きって辺境的な存在だと思いますね。歴史を更新するのはアーティストで、批評はそのアクティヴィティに対するコメントだから、必然的に媒体としては二次的なものになりますよね。そのような言説が持つ「遅れ」を自覚する、自分の外部性を意識することが批評家の条件になると思います。

このあいだ国立新美術館で開催されていたセザンヌ展を見てきまして、セザンヌが晩年に、ヴァリエという庭師の肖像の連作を描いているんです。庭師って剪定と作付けを行うことで自然のエコ・システムを維持して庭という場を存続させるという、特異な生産性を持った存在ですよね。展覧会を見ているときに、庭師というのは面白い存在だなあと思って。そのように批評をとらえることもできるかなと思うんです。

実は、ヴァリエという人はとくに何もしてなかったという説もあって(笑)。セザンヌにとっては辛抱強いモデルになってくれる人であり、無為に過ごしている人であり、それゆえに必要な人だった。そもそも僕はアーティストではないですから作品や物をつくり出すことはないし、常に何を持って生産性とするかということに対する懐疑があるんです。エコ・システムの循環を維持するために積極的に無為でいることの生産性というものがあるとすれば、僕はそういうものの肩を持ちたいなと。

――芸術に関わっていてよかったと思うことはありますか?

少なくとも原発の耐久性は40年しかないのに、放射性物質は何万年、何十万年と消滅することなく地球環境に影響を及ぼし続けることが明らかになりました。2011年の原発事故がもたらした欺瞞は、目先のことだけにとらわれて、数十年と数万年という、複数のタイムスパンをうまく調停できなかったことに由来すると思います。

だけど、芸術をやるということは、一つのタイムスパンではなく、複数の時間的なスケールのなかで思考を鍛えることだと、特に昨年以降思うようになったんです。そもそも人間の知覚や認識なんて知れていて、たいがい錯誤的に機能してしまうのだから、自分の身体の現前性とかスケールを批判する契機となるということが芸術に限らずあらゆる情報や知の形式の根本条件でしょう。明治三陸地震や昭和三陸地震を体験した先人が建てた警告の石碑がいままで忘れられていたように、人々の記憶に現在の芸術が残っていけるのかわからないけれど、看板を立てる意味はあるだろうと思います。

また、自分自身は1日ごとにいろんなことに一喜一憂を繰り返したりして嫌になるのですが、美術に関わっていると、例えば100年前の人が残した美術を見ながら、100年後に何を残せるかと思うようになります。文献や美術品を見ながら、さまざまな時代に飛ぶこともできますし、自分の人生の時間だけでなく、入れ子状に複数のタイムスパンを同時に持っているように感じるところがある。もちろん、生きているうちに世に認められたいという承認願望は誰にもあると思うし、僕にもあるけれど、芸術や文化を勉強していると視野が広くなり、少しは謙虚な気持ちになれるんですよ。


インタビュー・文/白坂ゆり

沢山遼(さわやま・りょう)

美術批評。1982年生まれ。武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程修了。2009年、「レイバー・ワーク―カール・アンドレにおける制作の概念」で『美術手帖』第14回芸術評論募集第1席入選。主な論文に、2011年「袴田京太朗―形象の自壊」『袴田京太朗作品集―人と煙と消えるかたち』(求龍堂)、「フォルムの偽の力能―ピカソ キュビスム」「所沢ビエンナーレ美術展 引込線2011」、「ジャクソン・ポロック―隣接性の原理」『ART TRACE PRESS 01』など。現在、USTREAMなどで「現在の芸術、文化、状況への率直な感想、見解」を語りあう会「CORE」に参加。Twitter(@Core_CowaBunga)

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