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アートのスペシャリスト
No.008
開かれた現代美術の作品を守る
森美術館 コンサヴァター 山本智代さん
美術品の保存と修復をする「コンサヴァター」という職業をご存じでしょうか?  傷んだり壊れたりした作品を修復する「修復家」に対し、「コンサヴァター」は傷みや破損が発生しないように作品を守り、必要に応じて作品の修復をする仕事です。海外の美術館では欠かせない専門職ですが、日本では限られた美術館でのみ採用されている狭き門。森美術館でコンサヴァターを務める山本智代さんに、お話をお聞きしました。

修復家になれば作品に触ることができる? 美術への探究心から修復家を志す

――コンサヴァターになるまでの経緯を教えてください。

美術大学で油絵を専攻していたのですが、私が所属していた研究室では画材を鉛筆と色鉛筆に限定して、市内の美術館で実際に模写を行う授業がありました。その授業でセザンヌの作品の模写をしているとき、「もっと作品を理解したい、もっと作家に近づきたい」という衝動に駆られ、作家に近づくには「作品を触らないとわからない」と思ったんです。その当時、システィーナ礼拝堂の修復が新聞やテレビでも話題になっていたのですが、作品をくまなく触れる唯一の他人は「修復家」だとあらためて気づき、「修復家になれば作品に触れる」という単純な発想から、修復家を志しました。その後も大学院に進んで油絵は続けていたのですが、修士課程2年の頃、大学の関連校に文化財保存修復学の修士課程が翌春から設置されることが決まり、受験を決意。晴れて進学し、本格的に保存修復の勉強をスタートしました。

――卒業後は、すぐに就職できたのでしょうか?

いいえ。実家のある大阪に帰り、約1年間、町の額縁店でアルバイトをしながら、大学院の先生のお仕事をお手伝いしたり、その先生から展覧会コンサヴァターの仕事を1本任せていただいたりしていました。また、ほかの先生や額縁店を通して知り合った方々から紹介された所蔵家やギャラリーから修復を依頼されるなど、さまざまな経験を積みました。その後、2008年7月より森美術館のアシスタント・コンサヴァターとして採用され、現在に至っています。

「会田誠展:天才でごめんなさい」設営中の山本さん。コンディション・レポートをもとに、パネルが反っていないか、付着物や汚れ、亀裂がないかなどを点検し、状態を書き留める
「会田誠展:天才でごめんなさい」設営中の山本さん。コンディション・レポートをもとに、パネルが反っていないか、付着物や汚れ、亀裂がないかなどを点検し、状態を書き留める

運ばれてきた作品の状態が、後に照会できるように撮影しておく
運ばれてきた作品の状態が、後に照会できるように撮影しておく


作品を見せることと守ることのバランスを考える

――森美術館でのコンサヴァターのお仕事を教えてください。

展覧会の展示作品と、森美術館が所蔵するコレクション作品の保存修復業務、作品保護のための予防保存や環境管理も行います。光や空気環境にさらされるだけでも物質は劣化しますので、その速度をできるだけ遅くすることや現状を維持すること、修復する事態に至らないように作品を守ることが大切な任務です。展覧会では、借りたときの状態を返却するまで守ることが仕事です。

――では、展覧会での仕事の流れを教えてください。

まず、作品が開梱され、作品を展示する前に、作品の状態調査を行い、コンディション・レポートに状態を記録します。コンディション・レポートは、作品の借用から返却までを管理する重要な書類です。ひとつの作品を展示するために多くのスタッフが関与しますが、正しく情報共有を行い、扱うためのいわばカルテのようなものです。必要に応じて写真も撮ります。所蔵者から作品の状態や扱いについて注意事項などがある場合は、それらもレポートに記録し、展示作業を行う業者に伝達します。また、作品が転倒したり、脱落したりしないよう展示業者や会場構成の担当者、ときにキュレーターとも相談し、必要な場合はその予防方法を考え実施することも仕事のひとつです。会期中は、光、温湿度、虫などに気をつけてメンテナンスし、作品に変化がないかも折々点検します。会期中ずっと気に掛けていなければならない素材や年代の作品もありますが、日によって意識的に見るところを変えたりします。展示中、例えば「作品のパーツが落ちた」という事態が発生した場合は所蔵者に報告し、作品返却時に落ちたパーツをそのまま返却するか、あるいは依頼されれば修復をします。また、修復を施した場合には修復を要した状態や原因、その処置について修復報告書も作成するようにしています。

――コレクションに関してはどのような仕事がありますか?

森美術館は主にアジアの現代美術作品を中心にコレクションの収集活動を行っています。現状、どの作品も状態が良いので、必要に応じて応急処置を行うことはありますが、業務全体で修復作業が占める割合はそれほど多くありません。それよりも作品が今の状態より傷んだり壊れたりしないよう、予防や対策の方法を考え、実施していくことが多いです。展示や貸出に伴う搬出入、保管中に万一の事故や災害にあった場合に想定されるリスクを回避させる対策や事前の処置なども、コンサヴァターとしてコレクションを守る大切な仕事のひとつです。また、輸送のためだけではなく、経年変化を把握するための状態調査や額装、保管箱の作成などもコレクションにおけるコンサヴァターの業務です。額装や保管箱は、作品の形状や素材、性質などを鑑みて、作品保護と管理のためにも可能な限り最善なものを検討しなければなりません。それらを専門とする業者とも相談しながら業務を進めています。また、作品が納品されたときや、貸出しを終えて返却されたときなど、必要に応じて、燻蒸の要不要もコンサヴァターである私が判断しなければなりません。燻蒸を行うことも多くはありませんが、必要と判断した際には適切な処置方法を検討することも任務のひとつです。

――現代美術展ならではの注意事項はありますか?

森美術館の来館者は、年齢や美術に対する認識など、色々な意味で層が広いので、お客様の行動による作品へのリスクは気をつけていることのひとつです。触って確かめたくなるような素材感や、極力結界を張らないオープンな展示なども一因かもしれませんが、わかっていてもつい作品に手を触れようとしたり、触れてしまったりする方もいます。特に、地震によるリスクには万全を期すべく、可能な限り予防や対策を講じるよう心がけています。一方で、目立つ結界や転倒・脱落防止対策は作品の見栄えやコンセプトを損ないますし、結界の張り方によってお客様が怪我をされたり、つまずいて作品を壊したりという可能性も視野に入れなければなりません。大切なのは、見せることと守ることのバランスです。作家が、繊細な作品でもできるだけ観客が近づいて見られるようにしたいと望んだ場合、その意図を汲まなければいけない一方で、作品にダメージを与えないための対策やお客様の安全性も考慮しなければなりません。

作品に付着したホコリを取る
作品に付着したホコリを取る

展示前に作品をくまなく点検
展示前に作品をくまなく点検


一つひとつ、目の前の課題にベストを尽くす

――この仕事で心がけていることはなんですか?

一つひとつ、その時々の課題にベストを尽くすこと。例えばその作品にとって理想的な保存修復を追求したら100万円で1年間かかる。しかし現状では10万円で明日までに何とかしなくてはいけない場合、現在の状況を鑑みたうえで最善と考えられる対策でないと物事は進まない。現実と理想とのバランスを考えて判断を下さなければなりません。当館で扱っている現代美術がどういう形で残っていくのか未知数ではありますが、古い美術品が残っているのは、その時々の処置にベストを尽くした積み重ねだと思います。また、キュレーターや広報、教育普及や施設管理の担当者、業者などさまざまな立場の人が協力し合うなかで自分も働いているのだと意識しています。私の仕事は私一人の力で成り立っているのではなく、さまざまな方との協力関係があって成立していると強く感じますので、全体の中でのバランスとコミュニケーションを図ることも心がけています。バランスを重んじるがあまり、言うべきことを躊躇することもありますが、作品にとって正しいと思うことは、然るべき時や場所、人を見極めて、主張し、議論していくことも職責を果たす上で必要だと思います。

――この仕事につきたい人にアドバイスをお願いします。

保存修復のほかに保存科学を学ぶ方法もあります。世界的には、修士号を持っていることが必須で、海外で学ぶのも有効だと思います。何よりも大切なのは、古美術でも現代美術でもつくり手のオリジナリティを侵さないという心がけです。自分がどうしたいかではなく、その作家が作品をどのようにつくったか、どう見せたいかなどを軸に判断しなければなりません。作品に謙虚であるためには、日常においても、謙虚な心や物事の神髄を汲み取る力を培うことが大切だと感じています。日常と仕事の中の自分は切り離せないものなので、この仕事に就きたい方には、日頃の生活から自分を見つめて、そのような鍛錬を心がけてはいかがでしょうか。また、専門性のほかに、社会の動向や歴史などに関する多くの本を読んだり、情報を入手したり、認識を広げていただければと思います。


インタビュー・文/白坂ゆり

山本智代(やまもと・ともよ)

森美術館コンサヴァター。2003年倉敷芸術科学大学芸術学部美術学科卒業、油画を専攻。2005年同大学院修士課程修了。福本章、田村鎮男、森田康雄に師事。2007年吉備国際大学大学院修士課程文化財保存修復学研究科修了。大原秀行に師事。同氏のアシスタントなどを経て、2008年7月、森美術館にアシスタント・コンサヴァターとして入社。2012年8月より現職。

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