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アートのスペシャリスト
No.011
アートを社会に取り入れる、パブリックアートプロジェクト
天野澄子さん
駅や空港、商業施設や病院、学校など、さまざまな公共空間で眼にするパブリックアート。行きかう人びとの心を明るくしたり、街の再生に一役買っていたり、私たちの生活にさまざまな効果や可能性をもたらしています。パブリックアートプロジェクトの企画から、施工、運営、メンテナンスまでトータルにプロデュースする企業「タウンアート」でディレクターを務める天野澄子さんに、パブリックアートのマネジメントとはどんな仕事なのか、お話しいただきました。

パブリックスペースにあって誰もがアクセスできるアート

――この仕事についた経緯を教えてください。

美術館やギャラリーに展示され、美術愛好家など目的意識を持った人びとに鑑賞されるアートよりも、多様な人びとが社会のなかで思いがけず出会えるチャンスがあるパブリックアートに興味を抱き、大学を卒業してすぐタウンアートに入社しました。タウンアートは、1980年初めから、創造性のある公共空間づくりを目的としてパブリックアートの実践に取り組んできた会社です。医療・福祉施設や大学・教育施設、文化施設、交通施設、再開発・リニューアル事業など、人びとの生活環境をかたちづくるものとアートを融合し、アートの持つ多様な力を織り込んでいくことを提案しています。

――最近は、どんな場所で活動されていますか?

都市の再開発事業にかかわる大規模なパブリックアートは減少傾向にあって、病院や学校など、ひとつの建物の新設やリニューアルに伴うアートディレクションが増えています。小規模なため関係性も密になり、事業主、建築設計事務所、アーティストなど関わる人びとが、依頼された仕事というよりも自分のこととして、どんなアートが最適かを話し合いながら進めていくケースが増えています。

例えば、現在進行中の「大阪府立精神医療センター」では、医師やスタッフの方々にヒアリングしながら、精神医療センターという施設をどう捉え、施設のどんな場所にどんなアートを設置していくことがよいのか、具体的にプランを詰めていきました。「つらいときに逃げ場のような空間があったり、気分によって好きな場所を選べたりするといいんじゃないか」。また、もう一度社会に戻っていくための施設なので、「アートを媒介として、患者さんたちの記憶にある何かを想起させ、病院以外の場所につながるきっかけになれば」など、「気づきの入り口」と名づけて、アートに可能な役割を検討していきました。

――アーティストが、事業主の要望を取り入れて制作することもありますか?

大阪府立精神医療センターで壁にペインティングするアーティストの淺井裕介
大阪府立精神医療センターで壁にペインティングするアーティストの淺井裕介

はい。そのうえで、どうアートとして成立させるか、新たな挑戦としてポジティブに取り組むケースが増えているように思います。今回はアーティストの淺井裕介さんと協働しているのですが、植物や動物、人や魚が見え隠れする森のようなプリミティブな絵を描く淺井さんの作品に対して、原画段階で、医師のなかから患者さんへの影響を心配する声があり、現地で話し合う場を設けました。淺井さんが構想を語り、医師の方々からは患者さんの傾向や注意点を具体的におうかがいしました。対話からアーティストやアートへの信頼感が生まれ、アーティストにとってもここでしか生まれないアートとなったのではないかと思います。あらためてアートの持つ力を感じましたし、顔を合わせると結束感が出てくるように思いました。


つくった人から使う人へ、思いが連なっていくように

2011年に竣工した「福岡県済生会 飯塚嘉穂病院」では、地域の特色や歴史を反映したアートワークを展開しました。かつては炭鉱で栄えた飯塚市で、地元に根ざした県立病院を済生会が引き継ぎ、老朽化した建物を新築し広く地域医療を目指すということでした。炭鉱町と聞くとさびれているようなイメージを抱くかもしれませんが、河川や緑などが多く、今も自然が豊かな町でした。そこで、この土地に生きる誇りや喜びを通じて活力や治癒力が引き出せるようにと考えたんです。例えば、樋口健彦さんは大地の積層や歴史の積み重なりを表す陶作品を、廣瀬智央さんはアクリル樹脂の中に石炭やメタセコイアなど、土地の歴史に関わるものや豆など暮らしに関わるものを封入した作品を制作しました。

「福岡県済生会 飯塚嘉穂病院」の廣瀬智央のアートワーク。右はその部分。

「福岡県済生会 飯塚嘉穂病院」の廣瀬智央のアートワーク。右はその部分。

「福岡県済生会 飯塚嘉穂病院」の廣瀬智央のアートワーク。右はその部分。

――アートをプランニングするときに特に心がけていることはありますか?

プロジェクトに関わった人たちの思いが、施設を利用される人たちの間にも伝わり、連なっていけるかという点ですね。作品に愛着を持ってもらうために、企画や制作の段階に住民参加型のプログラムを組み込むこともあります。2005年に竣工した武蔵野市立大野田小学校のプロジェクトでは、作品案の公募、展覧会や市民投票、子どもたちとのワークショップ(アーティストによる授業)など、子どもたちや市民などさまざまな人びとがプロセスに参加し協働しました。なかでも、正門に立つカトウチカさんの大型彫刻《ユメノタネ ―ハコブ・マク・ハル―》は子どもたちに大人気で、2011年には保護者会の要望を受けて卒業記念としてミニチュアキーホルダーを制作しました。新校舎に入学した当時の1年生が卒業を迎え、一緒に育ったアートの思い出を記念品として、大人になってからも母校を思い出すきっかけや自分の居場所を確認する機会となるようにと。お母さん方からの発案で派生した、うれしい出来事でした。

――この仕事に着きたい人にアドバイスをお願いします。

空間を読みとる力が必要になりますが、その前にまずは、アートを社会に取り入れていくことにどんな意味があるのか、信念や軸足を持つことが大切だと思います。さまざまな人が関わり、永久的に残る作品を制作する責任や困難もあり、細かい仕事もたくさんあります。そんなとき、アートの本質的な力を信じることが原動力になると思います。

武蔵野市立大野田小学校 カトウチカ《ユメノタネ ―ハコブ・マク・ハル―》、卒業記念に制作されたキーホルダー

武蔵野市立大野田小学校 カトウチカ《ユメノタネ ―ハコブ・マク・ハル―》、卒業記念に制作されたキーホルダー

武蔵野市立大野田小学校 カトウチカ《ユメノタネ ―ハコブ・マク・ハル―》、卒業記念に制作されたキーホルダー


インタビュー・文/白坂ゆり

天野澄子(あまの・すみこ)

1974年生まれ。1997年横浜国立大学教育学部総合芸術課程卒業後、株式会社タウンアート(当時は株式会社コトブキ タウンアート事業部)に入社。2004年文化庁派遣在外研究員としてロンドンのアートNPOで研修し、地域に根ざしたアートのあり方を学ぶ。主なプロジェクトに、武蔵野市立大野田小学校(2005年)、ミッドランドスクエア(2007年)、成田国際空港「日本の手わざ」プロジェクト(2008年)、福岡県済生会 飯塚嘉穂病院(2011年)など。
タウンアート公式HPhttp://www.townart.co.jp/

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