東京のアートシーンをアーティストとともに創り、発信する Tokyo Art Navigation
HOME トピックス 展覧会・イベント情報 美術館・劇場・活動スペース アーティストファイル アート作品ランキング コラム 支援制度・コンテスト情報
トップ > 東京ステージ
 
東京ステージ
No.002
ごちゃ混ぜの人の暮らしのなかから生まれてきた風景
『大画面作品集』 画家 山口晃さん
浮世絵や大和絵、西洋美術、漫画などのさまざまな様式を駆使し、過去・現在・未来の時間が堆積する都市風景などを描く画家の山口晃さん。今回は、ユーモアを含みながらも、日本の美術や社会が抱える葛藤が鋭く描かれ、絵の細部まで楽しめる大型作品集『大画面作品集』から、東京を描いた作品を紹介します。渋谷区広尾に生まれ、群馬県桐生市で育ち、現在は台東区谷中に住む山口さんの思い出も交えてお聞きしました。
『山口晃 大画面作品集』(青幻舎)2012年12月刊行

 幼少期の思い出深い広尾と、再開発された六本木

《東京圖 広尾―六本木》2002年 紙にペン、水彩 73.5×65.5cm 撮影/木奥恵三
《東京圖 広尾―六本木》2002年 紙にペン、水彩 73.5×65.5cm 撮影/木奥恵三

《東京圖 広尾―六本木》より、山口さんの生まれ育った広尾の一部
《東京圖 広尾―六本木》より、山口さんの生まれ育った広尾の一部

――山口さんは広尾で生まれたそうですね。

広尾というとおしゃれな街を思い浮かべるかもしれませんが、暗渠(あんきょ/主に排水路として地中に埋没させた川や水路)沿いの家に生まれたんです。広尾ガーデンヒルズの下に、青山墓地付近から天現寺まで、渋谷川〜古川の支流である「笄川(こうがいがわ)」という川が流れていて、それを埋め立ててできたのが外苑西通りです。その近くに明治から続く児童養護施設で叔父が園長を務め、僕の両親も働いていたんです。幕末からの町人地であった広尾商店街は、民家がごちゃごちゃとある下町です。一方、高台の麻布台地は、江戸時代は武家屋敷が多く、明治以降はそれらを受け継いだ宮家や大使館の邸宅が集まる屋敷町。僕はその狭間で育ちましたので、黒澤明監督の映画『天国と地獄』で主人公が高台を見上げる気持ちがちょっとわかります。

――《東京圖 広尾―六本木》は、幼少期の記憶も思い出しながら描いていたのでしょうか?

この絵では下の方の赤い吹き出しに「猿の腰かけ」「万歳する避雷針」など好きだった景色や思い出が書いてあるんですよ。3歳で群馬に引っ越したんですけど、よく遊びに来ていたので。石積みの塀の上を歩いたり、明治屋の外国の食品を目にしたりするのが楽しかった。米屋、八百屋、肉屋などの小売店や、映画館など、人の営みに沿って自律的にできていて、小さい区画ですべて間に合うんですが、東京には、そういう小さな街がたくさんあったと思います。

――大人になって東京に戻ってきてから、街の変化をどう感じますか?

以前あったものがなくなっていると愕然としますね。再開発でごっそり空地になったままの土地を前にすると、膝から崩れ落ちるような。なにかできなかったのかと、なんだか自分が悪いような気がしてくるんです。一人の力ではなんともならないですけどね。建物が変わっても道があれば街の記憶が残るものですが、六本木にあった武家長屋の名残のある面白い道も削られてしまいましたね。

――そうした懐かしい景色を描くだけでなく、現在と、江戸時代などの過去、あるいは未来のイメージを層にして描くのはなぜでしょうか?

自分が懐かしかった建物も、誰かが懐かしかった建物を壊してできたものなんだと相対化されれば、単にノスタルジックではいられなくなりますから。未来を描きながら自分の感傷が吹き飛びますし、一方で、そんな小さな感慨を抱く私の視点も残します。いろいろな視点を入れ込み、絵のなかで生生流転、循環が起こるようにと願って描いています。

 新しいものの上に古いものを載せてしまう、逆転の日本橋

《百貨店圖 日本橋 新三越本店》2004年 紙にペン、水彩 59.4×84.1cm
《百貨店圖 日本橋 新三越本店》2004年 紙にペン、水彩 59.4×84.1cm

――百貨店をモチーフに、日本橋風景も描いていますね。

《百貨店圖 日本橋 新三越本店》では、三越百貨店を建てるために解体された民家などを、近代ビルの上に上げて描いてしまいました。古いもののうえに新しいものが載っていくのが常ですが、鏡で映し出したように逆にしています。上を見上げると、街の記憶が残っている。また、ビルの上から上へとモノレールのようにつながる道をつくりまして、家の玄関から三越へ5、6人乗りのチンチン電車で行けちゃいます。粉塵など公害も防げていいと思いますよ。

――古地図や写真などの史料も参考にしながら、風刺の効いた妄想、発明が盛り込まれているんですね。

江戸初期から大正まで日本橋川には魚河岸があり、深川にかけて、ヴェニスにひけをとらない水運がありまして。現在は河川法で、水と人が切り離されてしまっていますが、水運を復活させれば、風が通って涼しくなる。川がきれいになれば蛍も飛びますし。建物の高さも、「どこの家からでも花火が見える」を基準にすれば住みやすくなると思いますよ。

 美しくないとされているものを、どうしたら美しく見せられるか

《子の字引留行形柱》2010年 紙にペン、水彩 35 x 24 cm 撮影/宮島径
《子の字引留行形柱》2010年 紙にペン、水彩 35 x 24 cm 撮影/宮島径

――「柱華道」と題して、地中化でなくなりつつある電柱を描いたり、立体化したりするのはなぜですか?

マンホールのふたや側溝と同様、デザイン的に何かしようとしていない、美術の外にあるものだから、街の風景のなかに電柱を描くとリアリティが出るんですね。描くうちに惚れ惚れと見上げるようになりまして。安全と迅速な作業にすべてがかかっているので、無駄なことをやらずに自然と磨かれてくるんでしょうね。線のたわみ方に自然の法則が出ています。電力会社によって碍子(磁器やガラス、樹脂製の電線を引きこむ絶縁体)などパーツもさまざまあり、特に三連カットアウトが美しい。縦横の広がりもきれいで、風景画の分割線にも似ています。日本人は、欧米の都市景観と比べて「電柱は景観を損ねるもの」と、それが常識のように言われるようになるまでは「汚い」と思っていなかった。自分の眼で見てもはたしてそうか。美しくないとされるならば、どうすれば美しく見せられるか、考えるだけでも巷の風景が違った見え方をすると思うんですよ。

――山口さんの絵を介して、もっとこんな街になったら楽しかろうという想像が広がります。

千利休は「美はつくるものでなく、あるものだ。そういう眼で見ると何処のものにも美が宿る」と言っています。中国から茶道が伝わってきたとき、茶杓は銀か象牙のまっすぐなきれいなフォルムだったのを、煤竹でつくり、節も活かしてしまいました。誰でも使える材料でありながら、つくる人によってまったく違う、そういう大転換を起こしたんです。そんな侘び茶もある一方で、天皇への献茶としてもいいくらいの格式の高い茶も残している、この振り幅がいいですね。街の景色もどちらか一方では脆弱になります。僕が描く電柱にも、皇居前電柱もあれば、新宿三丁目電柱もありますよ。

――谷中に長くお住まいですね。

好きだった道や景色も消えてしまいましたが、商店も住宅も寺社も公園も、人の営みのもとにまだ自然にあるなと。どこか一つに特化していない、ごちゃ混ぜになって人の暮らしが成り立っているのが健全な感じがします。最近よく見る波板も「ほんとは木がいいけど、安いアルミでもいいよね」とか、生活のなかで選ばれてきた自然さがいいんです。美術に携わっている以上、逆説的に美を見つけていかないと、と思っています。

掲載作品すべて(c) YAMAGUCHI Akira, Courtesy Mizuma Art Gallery

インタビュー・文/白坂ゆり

山口晃(やまぐち・あきら)

1969年、東京生まれ。群馬県桐生市に育つ。1996年、東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程修了。主な個展に「さて、大山崎」(2008年、アサヒビール大山崎山荘美術館)、「望郷―TOKIORE(I)MIX」(2012年、エルメス8Fフォーラム)。2012年、平等院養林庵に襖絵を奉納。近著に『ヘンな日本美術史』(祥伝社)。5月19日まで横浜・そごう美術館にて「山口晃展― 付り澱エンナーレ 老若男女ご覧あれ―」開催中。7月27日〜9月29日新潟市美術館へ巡回。10月12日〜2014年1月13日、群馬県立館林美術館で個展を開催予定。

撮影/松蔭浩之
撮影/松蔭浩之

創作活動サポート
メンバー登録
東京のアートシーンを共に創造するメンバーを募集しています!
アーティストの方はこちら
あなたの作品や活動をTokyoから世界に向けて発信してみませんか?
サポーターの方はこちら
創作活動をサポートするギャラリーや稽古場の登録、展覧会やイベントを投稿できます。
メールマガジン登録申し込み
デジタルミュージアム
美術館・博物館の収蔵作品2万点以上の
デジタルアーカイブ
東京・ミュージアム ぐるっとパス
詳しくはこちら