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東京ステージ
No.007
上京者のエネルギーがつくった東京文学
『上京する文學』 書評家、古本ライター 岡崎武志さん
故郷をあとにした作家、あるいは上京する若者を描いた作品を「上京者」という視点から読み解く『上京する文學』。書評家で古本ライターの岡崎武志さんが、1896年に山形県より上京した斎藤茂吉から、1968年に神戸から上京した京都府生まれの村上春樹まで18人の作家を紹介。それぞれの作家が感応した東京風景を挙げながら、文学と街歩きについてお聞きしました。
『上京する文學―漱石から春樹まで』(新日本文芸社)

 『三四郎』の電車、『放浪記』の坂。地名から文学を読む

――「上京者」というテーマで文学を紹介しようと思った理由を教えてください。

僕が上京者であることが最大の理由です。文学やテレビドラマ、中央線沿線を中心としたフォークソングなどを通じて東京に強い憧れがあり、大阪から時々東京に出ては古本屋などを回っていました。90年春に上京してから30代半ばでフリーライターになり、特に高円寺に住んでいたときは古本屋と定食屋とジャズ喫茶通いに明け暮れていました。
東京は、足場のないところから一旗上げようとする地方出身者のエネルギーを受け入れて成長してきたと思います。日本の近現代文学にもそういう面があり、かつての上京者やこれから上京する人にも何かメッセージになるのではないかと。

――サブタイトルにもなっている夏目漱石の『三四郎』は、その代表格ですね。

三四郎は、熊本から東京帝国大学へ進学するために東京へ向かう汽車の旅で「女」という不思議な存在と、「日本は滅びるね」なんてにやにや笑う東京人の男の洗礼を受けます。東京で自分を見失い、ふさぎ込んでいく三四郎は、大学の同級生から「講義など聞かず電車に乗るがいい」と諭される。確かにその方が世の中がわかる、今でも通用する助言だと思いますね。『三四郎』は、当時の大学生が東京ガイド代わりに読んでいたんじゃないかな。

――人々や風景を観察したり、見知らぬ町で何かを発見したり、目先が変わるかもしれませんね。

僕はバスにもよく乗りますし、いつも地図本を持っていて、歩いた道や坂、古本屋、銭湯なんかを書き込んでいます。新宿区中井の林芙美子記念館は、坂巡りをしている途中で見つけたんです。その日は閉館していて、後日あらためて出かけたんですが、趣味のいい端正な家でね。成功する前の自伝的小説『放浪記』では、貧乏のどん底で男に悩まされ、「神様コンチクショウ」と叫びながら力強く生きている。歯を食いしばって坂を上がるということが林芙美子の生涯そのものだったと思います。故郷の尾道のように坂の上から街を眺めてね。そんなふうに地名や風景から文学を読むのも面白いですよ。

扉絵も岡崎さんの筆。「林芙美子」より
扉絵も岡崎さんの筆。「林芙美子」より

林芙美子記念館 撮影/編集部 11月17日〜2014年1月26日、新宿歴史博物館にて協働企画展「生誕110年 林芙美子展」を開催
林芙美子記念館 撮影/編集部
11月17日〜2014年1月26日、新宿歴史博物館にて協働企画展「生誕110年 林芙美子展」を開催

 東京に見つけた故郷の風景、今も残るその痕跡

――岡崎さんは、作家が住んだり書かれたりした街を実際に訪ね、写真も掲載していますね。

青森県出身の太宰治がよくのぼった陸橋「三鷹電車庫跨線橋」に立ったときには、線路が故郷につながっているような望郷の念を満たすステージだったんだろうなと思いました。高いところから街を俯瞰(ふかん)したがるのは地方出身者で、東京の人はわざわざそんなことはしないでしょう?

――「関西人は東京の西に、東北人は東京の東に住む傾向がある」と書かれていましたが、作家たちは東京の街で、故郷と似た風景を探していたのでしょうか。

上野を起点に、そんな傾向がある気がします。斎藤茂吉は、東京郊外の雑木林や野原、川に、山形の風景を重ねて歌を詠んでいますね。一方、出生に傷のある室生犀星にとって、故郷の金沢は「遠きにありて思うもの」。やがて土の匂いを感じる田端に定住します。田端駅前には、犀星や菊池寛など田端に住んでいた作家の資料を展示した田端文士記念館があり、50年前から変わらない跨線橋も見られますよ。

――岡崎さんは、「川端康成は、浅草に大阪を見たのでは?」と推察していますね。

1929年に世界で初めて開業したターミナルビル(駅ビル)が大阪・梅田の「阪急百貨店」で、その翌々年に東武鉄道線(現・東武スカイツリーライン)の終着駅として浅草雷門駅(現・浅草駅)ホームが「松屋浅草支店」(現・松屋浅草)と同時にできたんですよ。川のたもとにできた街で、中之島や堂島にも似ている。川端康成は浅草に都市文化の雛形を見て『浅草紅団』などの浅草ものを書いています。女性好きだから、百貨店では売り子を見ていたんじゃないかな(笑)。

――山形県生まれの井上ひさしにも触れていますね。

『下駄の上の卵』という面白い小説があるんです。終戦直後、少年たちが軟式野球ボールを買うために闇米を背負って上京し、墨田区向島の製造工場まで旅する物語。その工場は今もあり、その一角に軟式野球資料室がつくられているのを見たときは感動しました。

『新潮日本文学アルバム16 川端康成』(新潮社)
『新潮日本文学アルバム16 川端康成』(新潮社)

東武スカイツリーラインが乗り入れる松屋 浅草 撮影/編集部
東武スカイツリーラインが乗り入れる松屋 浅草 撮影/編集部

 美術館まわりに古本屋ができる時代

『新文藝読本 寺山修司』(河出書房新社)
『新文藝読本 寺山修司』(河出書房新社)

――最近、寺山修司が再評価されていますね。

寺山は、『家出のすすめ』という本を書いて若者が真似をするなど、東京への純な憧れをストレートに出した珍しい人だと思います。青森の土着の民俗性や風土も持ち込んでいく。制度的につくられた都市のなかに、地方の特色を混ぜ込んだミックスジュースのような面白さがありますね。

――岡崎さんは、「東京」という存在そのものが寺山の「家」だったのではないかと書かれています。ワタリウム美術館で10月27日まで開催中の「寺山修司展 ノック」で展示されている、寺山率いる天井桟敷の30時間市街劇『ノック』もその一例ではないでしょうか。1975年に阿佐ヶ谷の街を舞台に同時多発的に行われた演劇で、当時はゲリラ的ではありますが、東京に自分たちの風景や居場所をつくろうとしたようにも見えます。

東京は若いエネルギーを迎え入れてくれるところでもあるんですよね。今は銭湯でライブ、民家でカフェなど、若い人たちが古い東京を大切にしていて頼もしいと思います。古本屋は、かつては旧制高校からできた国立大学のある学生街にできたものですが、今は美術館周辺。東京都現代美術館のある森下〜清澄白河でも古書店が増えています。美術館を出た後は風景を見る目も変わりますよね。その目と感性を持って本屋に入ると面白いのではないでしょうか。

インタビュー・文/白坂ゆり

岡崎武志(おかざき・たけし)

書評家、古本ライター。1956年、大阪府生まれ、高校の国語教師を経て90年に上京。雑誌編集者を経て『文庫本雑学ノート』(ダイヤモンド社)でデビュー。『ご家庭にあった本』『女子の古本屋』『昭和三十年代の匂い』(以上、ちくま文庫)、『古本道場』(角田光代との共著、ポプラ文庫)、『読書の腕前』『蔵書の苦しみ』(以上、光文社新書)など著書多数。
http://d.hatena.ne.jp/okatake/

岡崎武志(おかざき・たけし)

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