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東京ステージ
No.009
昭和モダンの東京。家族の秘密を描いた小説と映画
『小さいおうち』 小説家 中島京子さん
2010年直木賞受賞作『小さいおうち』が山田洋次監督によって映画化され、1月25日から上映されます。東京郊外に佇む赤い屋根の平井家に奉公する女中・布宮タキ(黒木華)が遭遇した、女主人・時子(松たか子)と夫の部下・板倉正治(吉岡秀隆)との恋愛事件。手記をしたためる平成時代のタキ(倍賞千恵子)と親戚の健史(妻夫木聡)の逸話を挟みながら、秘密が紐解かれていきます。背景となった昭和モダンの東京について、原作者の中島京子さんにお聞きしました。
山田洋次監督作82作目となる新作映画『小さいおうち』。(c) 2014「小さいおうち」製作委員会

 雑誌や新聞から拾い集めた、歴史年表に載らない庶民の声

中島京子『小さいおうち』(文春文庫)
中島京子『小さいおうち』(文春文庫)

――映画をご覧になっていかがでしたか?

素晴らしい映画になってとてもうれしいです。私自身は見たことのない昭和初期を舞台としていますから、その時代を体験していらっしゃる山田監督が暮らしぶりなども丁寧に映像化なさっていて、二次元からその世界が立ち上がった感じがしました。小説のタキちゃんは鏡台の前で昭和10年に流行った踊りを踊るなどおかしみもあるキャラクターですが、映画で黒木華さん演じるタキちゃんは働き者で健気でしたね。そんな山田監督バージョンも好きです。

――小説『小さいおうち』は、どのように構想されたのですか?

近代で戦争があった時代であること、昭和モダンという文化が花開いて一般家庭にも根付いた時代であったこと、このふたつが一緒にある昭和初期への興味がありました。大学時代に日本の現代史を専攻していましたし、ずっと書いてみたかったんです。家庭に深く入り込んでいるけれど家族ではない人物が語り手の小説も好きで、第二次世界大戦のイギリスを舞台に執事を主人公としたカズオ・イシグロの『日の名残り』には影響を受けています。谷崎潤一郎の『細雪』も好きですね。板倉の姓は、四女の恋人の名前からもらったんですよ。イメージを膨らませるために、さまざまな小説を読みました。

――戦時中の庶民の生活や心情がリアルに表現されていると評判ですが、当時のことはどのように調べたのでしょうか?

具体的に書くためにその頃流行ったものや生の声を知りたくて、新聞、雑誌、日記、回想録などを読みました。永井荷風の『断腸亭日乗(だんちょうていにちじょう)』など作家の日記からは、当時の人たちが何をして何を考えていたかがわかります。
受験雑誌『蛍雪時代』の当時の号で「『撃ちてしやまむ』の品詞分解をお願いします」「『撃ちてしやまむ』は英語ではなんと言いますか?」といった投書を見つけた時にはちょっと笑っちゃうとともに驚きましたね。『撃ちてしやまむ』とは開戦当初の標語なんです。
また、女中がどの家にもいたので、雑誌に「我が家の女中自慢」というコラムがあったんですよ。「宅の女中は、女学校を出ていて息子に勉強を教えてくれます」「料理が上手です」といった奥様の投書が毎月掲載されているんです。いい女中のコツを見つけると「これはタキちゃんにやらせよう」と拾い集めました。八百屋の紙袋を風呂の焚き付けにせずにきれいにたたんで返すと、いい女中だと思われて野菜を多く持ってきてくれるとかね。

――映画にも、御用聞きが融通してくれるシーンがありますね。

具体例をたくさん盛り込んでいるので、ご高齢の方に「この通りだった」「あの頃を思い出す」と言われるとうれしいですね。戦時中のことを記した「私の少年時代」といった回想録からは、小学生の恭一坊ちゃんが日の丸弁当に怒るくだりに使っています。弁当のおかずは梅干しひとつと国で決められているんだけど、友達のお母さんはご飯の下におかずを忍ばせていたという。そんな話は全国で多々あって、あの時代を生きた人の食べ物への悔しさが、ちょっと可笑しくもあるんです。

――赤い三角屋根の家にはステンドグラスがはめ込まれた扉、蓄音機、和洋折衷の調度品など昭和モダンの文化を再現した映画美術はいかがでしたか?

おうちの間取りやインテリアも好きですし、着物や洋装も素敵でした。現代の日常生活では着物を着ることはほとんどないですが、夏の着物の場面もいいですよね。

 音楽や美術など祝典イベントにあふれた昭和15年

――歌舞伎座での「紀元二千六百年奉祝楽曲発表演奏会」に招待された時子さんが、夫が仕事で行けなくなって憤るシーンも印象に残りました。この後、芸術を愛する板倉さんにますます惹かれてしまいますし。

昭和15(1940)年は神武天皇即位から2600年に当たるとされて多くの祝典行事が行われました。それは、かつてのきめ細かく豊かであった庶民生活が、長引く日中戦争で統制されていく不満をそらすためでもあったんですね。玩具会社に勤める旦那様(片岡孝太郎)は、金属供出などでひっ迫しているのですが、心が豊かになるものを愛する時子さんは腹が立っちゃう。どこの家庭にもありそうな夫婦喧嘩の可笑しさもあって、小説でも映画でも好きなシーンです。松たか子さんは、時子さんのちょっと困った感じとか、感情の揺れを隙なく丁寧に演じていらっしゃいましたね。

――原作には美術雑誌『みづゑ』の「紀元二千六百年奉祝美術展覧会」の特集号も登場します。

国会図書館のマイクロフィルムで見たのですが、梅原龍三郎や藤田嗣治など有名な作家ばかり約100名が参加していました。戦時中、雑誌は薄く、紙も粗悪になっていくんですが、この『みづゑ』の3分の1くらいは美しいカラーなんです。昭和15年は、東京と札幌のオリンピックが開催予定だった年でもあります(日中戦争などの影響から昭和13年に中止)。真珠湾攻撃の前年です。

 普通の暮らしに、いつの間にか忍び寄る戦争の足音

――杉並のお生まれだそうですが、東京とのかかわりを教えてください。

3歳で埼玉県和光市に、15歳で八王子に引っ越しているので、辺境で育ってはいるんですが、東京が経験した歴史は、自分が書くものにしばしば現れるテーマだと思います。田山花袋の『蒲団』を題材にした処女作『FUTON』では、関東大震災についても書かれた田山花袋のエッセイ『東京の三十年』にちなんで「東京の百年」、明治時代に『蒲団』が書かれてからの東京の推移というのが頭にありました。

――山田監督がおっしゃっていますが、現代は昭和初期に似ていると思われますか?

関東大震災の後、治安維持法が制定され、その後日中戦争が起こるわけで、今の情勢に嫌な空気を感じていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。『小さいおうち』を執筆中に、普通に楽しく暮らしていたところにひたひたと戦争が始まって、気をつけていないと同じようなことになる怖さがあるなと思ったんです。この映画を楽しんでくださるとともに、いろいろと考えていただく契機になるといいと思います。

取材/文 白坂ゆり

映画『小さいおうち』
2014年1月25日 全国ロードショー
出演/松たか子、黒木華、片岡孝太郎、吉岡秀隆、妻夫木聡、倍賞千恵子 原作/中島京子「小さいおうち」(文春文庫刊) 監督/山田洋次 脚本/山田洋次・平松恵美子 音楽/久石譲 製作/「小さいおうち」製作委員会 制作・配給/松竹株式会社 http://www.chiisai-ouchi.jp サイト内「special 1 小さいおうち〜昭和モダンな世界へご案内!〜」では、家のセットを立体的に紹介。

中島京子(なかじま・きょうこ)

1964年、東京都生まれ。出版社勤務、フリーライターを経て、2003年『FUTON』でデビュー。06年『イトウの恋』、07年『均ちゃんの失踪』、08年『冠・婚・葬・祭』がそれぞれ吉川英治文学新人賞候補になる。著書に『平成大家族』『女中譚』『エルニーニョ』『花桃実桃』『東京観光』『眺望絶佳』『のろのろ歩け』『妻が椎茸だったころ』など。ほかエッセイ集に『ココ・マッカリーナの机』、訳書に『地図集』(著/董啓章、共訳/藤井省三)がある。

中島京子(なかじま・きょうこ)

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