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東京ステージ
No.011
先人が妖怪伝承に託したメッセージ
『災害と妖怪―柳田国男と歩く日本の天変地異』 作家、編集者 畑中章宏さん
河童や天狗、ダイダラ坊などの妖怪伝承。そこには、地震や飢饉、干ばつや洪水といった災害、疫病などに遭った人々の、自然への畏怖や大切な人を失った悲しみなど、民衆の心が反映されています。柳田国男や今和次郎らの民俗学や民間伝承を専門とする作家で編集者の畑中章宏さんが、柳田の著作をもとに取材した『災害と妖怪―柳田国男と歩く日本の天変地異』のなかから、東京に残る怪異伝承についてお聞きしました。
『災害と妖怪―柳田国男と歩く日本の天変地異』(亜紀書房)

 柳田国男が採集した、絵には描けない妖怪譚をたどる

――『災害と妖怪』の執筆に至った経緯を教えてください。

東日本大震災の後、社会学や歴史学、工学系の学者たちの間で、なぜ震災を防げなかったのか、あるいは今後どうしたら防げるのかという議論が交わされましたよね。そのとき、柳田国男の弟子の山口弥一郎が1943年に著した『津浪と村』で、「漁業を生業としている人たちは、何十年かに1回の津波に遭って一度高台に移住しても、やはり漁がしやすい海沿いにまた降りてくる」といったことを書いているのを思い出し、自然のなかで生きる民衆の生活を記録した民俗学が一番語れる領域ではないかと思ったんです。民俗学はいわゆる日常的なサイクルを対象としていますが、突発的な事故や災害といった非日常的な事象に対して人々がどうしたかも記録されているんじゃないかと思いました。
それで、柳田国男や今和次郎、折口信夫や南方熊楠、宮本常一ら民俗学者が災害などの天変地異についてどう考え、民俗譚をどう取り上げてきたかを調べ、『柳田国男と今和次郎―災害に向き合う民俗学』を2011年11月に刊行しました。
その執筆中に、妖怪や、狼や狐などの霊獣が起こすという怪異現象と、災害の経験や記憶とが深く結びついているのではないかと思い、続編として2012年に『災害と妖怪』を刊行したのです。柳田の『遠野物語』『一目小僧その他』『妖怪談義』を資料として、あらためて自分の足でたどり直しました。

――現代人が想起しやすい、ユーモラスな妖怪像とは違いますね。

近年、水木しげるの再評価で妖怪がブームになりましたが、柳田が著した妖怪は、絵に描けるようなものではないんですね。災害が起こる予兆や、災害の記憶をどう後世に伝えていくか、民衆の複雑な心のありようが反映された、まがまがしくて、もやもやとした実体のないものなんです。

 代田橋のダイダラ坊と隅田川の河童

――柳田民俗学を参照しているので東北の伝承が多いですが、江戸・東京の妖怪譚についても書かれていますね。

スタジオジブリのアニメーション『もののけ姫』に登場する「シシ神」の別名「ディダラボッチ」で耳馴染みかと思いますが、「ディダラボッチ」とか「ダイダラ坊」と呼ばれる巨人伝説は、東京にも数多くあります。例えば京王線の代田橋駅から10分ほど歩いた守山(まもりやま)小学校の一角に、柳田が「ダイダラ坊の足跡」だと認めた窪地があります。池は埋め立てられ、今は住宅地が続くだけですが、地形の面白さに由来する土地の創世譚だとわかります。ダイダラ坊は富士山に向かって歩いて行ったといわれていて、小田急線沿いに伝承が多い。柳田が成城に住んでいたために発見が多いともいえます。
事八日といわれる旧暦の12月8日と2月8日には、日本各地でさまざまな神や妖怪の来訪が伝えられ、一目小僧の巨人に対抗して、目がいっぱいあるざるや籠を竿に括り付けて高々と掲げるという風習がありました。疫病や争いごとを防ぐという意味があります。

――河童伝承は、東京の河川にもありますか?

歌川広景(ひろかげ)の《江戸名所道戯尽(どうけづくし)二 両国の夕立》という錦絵があるんですけど、師匠である歌川広重の《大はしあたけの夕立》のパロディなんです。河童が水中に引き込もうとしている、あるいは雷様の尻小玉(魂、内蔵)を抜き取ろうとしている。安政大地震から間もない安政6年に描かれており、両国には無縁仏を弔う回向院があるので、僕の見方ですが、地震や水害で亡くなった人を河童として描いているのではないか、あるいは飢饉で子どもを間引かざるを得なかったことの後ろめたさが河童という形になったのではないかとも思います。

長さ約百間(約182m)の片足で踏みしめたという代田橋のダイダラ坊伝説跡地。今はすっかり住宅地だが、窪んで傾斜した地形がそう思わせる 撮影/畑中章宏
長さ約百間(約182m)の片足で踏みしめたという代田橋のダイダラ坊伝説跡地。今はすっかり住宅地だが、窪んで傾斜した地形がそう思わせる 撮影/畑中章宏

 祖師ケ谷大蔵の狼、下北沢や表参道の天狗

――安政年間には地震が何度もあり、台風による暴風や高潮なども江戸のまちに被害をもたらしていますね。

安政5年には欧米から持ち込まれたコレラが大流行しました。コレラは悪狐の仕業とされ、これを退治する憑物落しとして狼信仰が広まります。狼信仰は、狼=山犬を祭神ヤマトタケルの眷属(けんぞく)として祀る埼玉県秩父の三峯神社、青梅市にある武蔵御嶽神社などが有名です。三峯神社の分社は祖師ケ谷大蔵や千駄ヶ谷にもあり、社殿の前には、狛犬ではなく、狼の石像が置かれています。

――天狗信仰はどうでしょうか。八王子にある高尾山の話が書かれていましたね。

天狗は、山のなかで起こる不思議な現象を例えたもので、例えば、人が住んでいないのに山火事はなぜ起こるのか、それは天狗の仕業だというわけで、天狗である飯縄権現や秋葉権現を火伏(火除け)の神として祀りました。下北沢の一番街商店街で節分の時期に「しもきた天狗まつり」が催され、高さ3メートルの天狗面の山車が出ますが、普段は、下北沢駅からほど近い大雄山真龍寺(小田原大雄山最乗寺の分院)に飾られています。また、表参道駅のすぐ近くには「秋葉様」を祀った秋葉神社があります。気づいている若い人は意外と少ないかもしれませんが。

――都会の街並からは想像しにくいですけど、繁華街や身近な住宅地にも妖怪伝承や民間信仰の足跡があるんですね。

それだけ災害を怖れ、単なる神頼みではなく、災害が起こらないように常に意識して気をつけていたといえますよね。妖怪や霊獣という形に仮託しながらも、災害のリアリティを現代人より強く感じていたのではないか。迷信や俗信、民間信仰だからとないがしろにせず、その痕跡を訪ね、意味を受け取ってほしいと思います。

左は、祖師ケ谷大蔵にある三峯神社の、狼をかたどった狛犬。右は、下北沢にある大雄山真龍寺の境内に飾られている天狗面 2点とも撮影/畑中章宏

左は、祖師ケ谷大蔵にある三峯神社の、狼をかたどった狛犬。右は、下北沢にある大雄山真龍寺の境内に飾られている天狗面 2点とも撮影/畑中章宏

左は、祖師ケ谷大蔵にある三峯神社の、狼をかたどった狛犬。右は、下北沢にある大雄山真龍寺の境内に飾られている天狗面 2点とも撮影/畑中章宏

取材/文 白坂ゆり

畑中章宏(はたなか•あきひろ)

1962年、大阪生まれ。作家、編集者。多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員、日本大学芸術学部写真学科講師。著書に『日本の神様』(イーストプレス)、『神社に泊まる―日本全国癒しの宿坊ご案内』『災害と妖怪―柳田国男と歩く日本の天変地異』『津波と観音―十一の顔を持つ水辺の記念碑』(ともに亜紀書房)、『柳田国男と今和次郎―災害に向き合う民俗学』、『ごん狐はなぜ撃ち殺されたのか―新美南吉の小さな世界』(晶文社)がある。

畑中章宏(はたなか•あきひろ)

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