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西堂行人のトーキョー・シアター・ナビ
No.011
[アングラとは何か②]アングラの始まり
1960〜70年代、既存の演劇のあり方に反し、前衛的で実験的な表現に過激に挑戦した「アングラ演劇」。「アングラ」の思想的“ルーツ”を取り上げた第1回に続き、今回は「アングラ」という言葉が広まったきっかけを紹介します。

2018.11.21

状況劇場『腰巻お仙 忘却編』(1968年)ポスター(横尾忠則作)
状況劇場『腰巻お仙 忘却編』(1968年)ポスター(横尾忠則作)

「アングラ」という言葉はいつ頃から世間に認知されるようになったのだろうか。
この言葉が一般化したのは音楽畑からである。1967年に奇妙なレコードが世間を賑わした。京都の大学生だった3人組が「卒業記念」に制作し、それが関西系のラジオで放送されてから火がついた。やがて東京のメディアに進出し、全国に広まった。そして、あろうことか、200万枚以上も売り上げてしまったのである。それは「ザ・フォーク・クルセダーズ」というグループで、曲名は『帰って来たヨッパライ』。飲酒運転により交通事故で亡くなった青年が天国から送るメッセージなのだが、設定を裏切るふざけた歌詞で、一種のナンセンス・ソングだ。それ以上に驚きだったのは、レコードの回転数を変えて声を変調したことである。この曲は「アングラ・フォーク」と呼ばれ、この言葉を世に広めた走りである。
「アングラ」のもうひとつのルーツは、ニューヨークで自主制作されていた「アンダーグラウンド・シネマ」と呼ばれた映画群である。今で言う「インディーズ」を指したものだが、これを縮めて「アングラ映画」と命名したのは映画評論家の佐藤重臣(さとう・しげちか)である。それを新たに勃興していた現代演劇に転用したのが「アングラ演劇」の始まりとなった。主にスポーツ新聞などで揶揄的に使われたのが最初で、そのきっかけになったのは1967年、新宿花園神社に出現した唐十郎(から・じゅうろう)率いる「状況劇場」のテント劇場だろう。六角形の子宮を象った紅テントに立ちこめる異様さは、良俗とは程遠いインパクトを与えた。都市の風景を切り裂く異化作用を、この仮設劇場は発信していたのだ。

演劇実験室◎天井桟敷『大山デブコの犯罪』(1971年)ポスター(横尾忠則作)
演劇実験室◎天井桟敷『大山デブコの犯罪』(1971年)ポスター(横尾忠則作)

ほぼ同時期に、同じ新宿の末広亭で奇妙な舞台が上演された。『大山デブコの犯罪』である。作・演出は寺山修司。彼は1967年に「演劇実験室◎天井桟敷」を結成し、旗揚げ公演『青森県のせむし男』で本格的に演劇界に参入した。歌人として出発した寺山は、やがて詩人、エッセイスト、映画作家と多角的な才能を発揮し、最後にたどり着いたのが演出家であり劇団主宰者だった。

寺山の劇作家デビューは案外早かった。劇団四季の浅利慶太の勧めもあって、初戯曲『血は立ったまま眠っている』を発表したのが1960年。路上に放り出された若者の行く当てのない魂の叫びがそこにあった。以後彼は求めに応じて新劇団に戯曲を執筆したが、それらは文学的な香りの高い作品だった。だが、彼が主宰する天井桟敷はその正反対の作品を発表した。「見世物の復権」を唱え、第2作『大山デブコの犯罪』では“百キロ以上のおデブさん募集”といった新聞広告を出し、悪ふざけと見まがうばかりスキャンダリズムをまき散らしたのである。
唐、寺山のふたりが発する匂いは、従来あった演劇のイメージをはるかに凌駕し、60〜70年代を代表する演劇となった。彼らは非合法性と犯罪すれすれの想像力を喚起し、時代を挑発した。観客もまたそれに刺激を受け、共犯者的に彼らを支持したのである。
この2劇団の唐、寺山と、早大出身の学生劇団から開始した「早稲田小劇場」の鈴木忠志、俳優座養成所の研究生を母体とした「演劇センター68/71」(通称「黒テント」)の佐藤信は、合わせて「アングラ四天王」と呼ばれた。
従来の新劇とまったく異なった新しい演劇は、その始まりにおいて放った強烈なインパクトが「アングラ」という言葉に集約されたのである。〈続〉

西堂行人(にしどう・こうじん) 演劇評論家。明治学院大学文学部芸術学科教授。1954年東京生まれ。78年より劇評活動を開始し、アングラ・小劇場演劇をメインテーマとする。主な著書に『演劇思想の冒険』『韓国演劇への旅』『[証言]日本のアングラ』『唐十郎 特別講義―演劇・芸術・文学クロストーク』(編)など多数。最新刊は『蜷川幸雄×松本雄吉 二人の演出家の死と現代演劇』。

西堂行人(にしどう・こうじん)

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