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トーキョー・アートビジョン
No.024 心のままに
漫画家 長尾謙一郎(ながおけんいちろう)氏

今年1月まで「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で連載されていた『ギャラクシー銀座』は、イメージの断片がヒントになって1本のストーリーになるような作品。その斬新な表現は、漫画の新たな境地を切り拓いています。今回は、『ギャラクシー銀座』の作者であり、『おしゃれ手帖』などのギャグ漫画でカルト的な人気を誇る漫画家、長尾謙一郎さんをインタビュー。漫画家になるまでのお話、創作のベースにあるもの、ギャグとはなど、漫画の源泉についてお話しいただきました。


大学時代、20歳で漫画家デビュー

 「古いのが好きね」って、小さいころ親によく言われていましたね。白黒の映像が大好きで、戦後の風景や長嶋の天覧試合とかをテレビで見るのがとにかく好きだった。人を笑わせることも好きでしたねえ。でもそれは何の役にも立たないと思ったし、シャイで前に出たくないっていうのがあって、教室のすみで人を笑わせるような感じ。将来なりたいものもなくって、言葉の響きだけで映画監督になりたいとか、デザイナーになるとか先生に言っていた。勘が悪いから結びつかなかったんだろうね、自我の部分に。自分の中のマグマは「こっちへ行け!」というのがあったんだろうけど、全く聴こうとしなかった。それでも高校の時には、授業中に落書き程度の漫画を描いていて、なかなか受けはよかったなあ。でもまだ漫画が描きたいとか、何が表現したいのかまださっぱりわかってなかった。

 大学の時、将来何になるかであみだくじをしたら、漫画家って出たからなったってよく人に言ってますが、それは照れかくしで。モヤモヤしつつも何か表現したいという気持ちで大学に入って、友達の家に行ったら、つげ義春さんとか林静一さん、永島慎二さんの漫画があって、何かピーンとくるものはあった。何でかわからないけどこっちに向かうような環境ができて、自分も漫画を描いて出版社に送っていた。3本目で新人賞、4本目でもまたとって。どうして1本目でいけなかったんだろうって思いましたけど、いま思えば勘違いも甚だしい時代ですね。それから1年くらい描かなかったんじゃないかな。その間に少し漫画を勉強して。漫画に基本なんてないんだけど、楳図かずおさんや上村一夫さんの漫画を参考にしてました。しりあがりさんと天久さんもヒーローだったな。久しぶりにまた漫画を描いたら、たまたま連載が始まって。一向にマグマは出せないんですが、若かったので、まあ自己顕示欲を満たすくらいの満足感はあった。ずっと続けるとは思っていませんでしたけどね。


創作のベースにある言葉、80年代という時代

 いまだに漫画というこだわりはなくて、表現方法は何でもいいというか。ただどこかで、締め切りのペースが速くて常に時間に追われてきついんだけど、どんどん表現できるから、自分の中に湧き上がってくるものをどんどん紙の上に出せていいなっていうのはあるんですよね。以前「何で長尾さんは、人から好かれたいと思うことを描かないんですか?」と聞かれて、そんなこと言われてもなあと思ったことがあります。そうした方が売れるとは思うけど…、まあ、「ここちよくあってはならない。芸術はいやったらしく。」と言った岡本太郎さんが悪い(笑)。河合隼雄さんも、芸術家に対して「もっと、めちゃくちゃやりなはれ」って言うじゃないですか。そんな言葉に感銘を受けたから、こんなことになってしまったのかなあ…。まあいいや。

 時代もありますね。80年代、90年代を通過してきた人間って、洒脱なことしか言わない。キャッチコピーの時代、芸術が死んでいた時代、バブルの時代。まじめな顔を一瞬たりともしたくないというか、自分もしたくないし実際何も言わずにサラサラっと生きたいんだけど、上っ面だけの感じが最近嫌になってきたところがある。それでも80年代的なものが好きな理由は、自分が生きてきた時代だから。ロバート・クラムの50sや、ダニエル・クロウズの60sへのこだわりみたいなもんです。まさか20年以上経って、テクノとかダサいの象徴だった80年代のファッションが戻ってくるとは思わず、描いていてビックリしましたけど。少なくとも竹之進のあのキャラを考えた時、デカイサングラスもカリアゲもありえないもんでしたが、あんなヤツ、いま街にいるもんねえ?

(c)長尾謙一郎 『ギャラクシー銀座』(小学館)より、主人公の竹ちゃん(本名、竹之進)

逸脱を恐れずに、全体で自分の心を表現する

 自分の表現の方向性はふたつあって、笑えるものと、よくわからないドロドロとしたものなんですが、どっちもやらないと満足しない。一度、笑いをどうでもいいもの、喜怒哀楽のひとつだと思った時があったんです。でも、どうも違うみたい。笑うっていう感情は特別で、深い何かにポンと行き着くようなところがある。笑わせようとしている人は、ひとつの恐ろしい深淵なものを中和しているのかなと思うなあ。ただ、テレビ番組がロジックで笑わせようとするように、誰かを楽しませようと描く漫画にも「これが面白いんでしょ?」という意識が働くと上っ面なものになってしまう。それは違うなと。タモリとかビートたけしなんかは、その辺がわかってやってたんだと思っています。レニー・ブルースみたいな感じ。因習打破的な姿勢はかっこいいです。

 笑いとギャグの関係というか、「ギャグって、面白いもの、笑えるものですよね?」と言われた時は、よくこう答えています。「新しいものが、ギャグっていう意味なんですよ。新しくなかったら、意味がないんです」。相手は、ああそうなんですかと。「でしょ?」と、もっともらしい顔してたら、とたんに口からでまかせも正論になる。まあ、そんなもんなんですよ。はっきりしたものなんてないんですよ、この世は。『ギャラクシー銀座』では、ギャグの解釈を拡張させたというか、ギャグ漫画を壊してしまったというか。これが失敗なのか成功なのかわからないけど、ギャグには突っ走るっていう力があって、それが失敗であっても成功であってもそれでいいわけです。誰かがこれによって触発されて、意識を拡張してもっといいものができるかもしれないですし。ほんと言うと自分は、ギャグ漫画って思ってないんです。ただ「漫画とは何か」と聞かれても…よくわかりませんなあ。何でもいいと思う。しっかし、このインタビュー真面目だねえ? 最後に薬師丸ひろ子のものまねでもしよか? あ…いらない。なるほど。

掲載画像全て(c)長尾謙一郎『ギャラクシー銀座』(小学館)より
掲載画像全て(c)長尾謙一郎『ギャラクシー銀座』(小学館)より

次回は…
セクシュアリティをテーマに作品を発表している写真家、鷹野隆大さんをインタビュー。
4月15日からの個展「EARLY MONOCHROME」に展示される初期作品のお話とともに、制作の原点などについてお聞きします。[4月23日(木)アップ予定]


 
長尾謙一郎(ながおけんいちろう) 写真
 
長尾謙一郎
(ながおけんいちろう)

1972年、愛知県生まれ。大阪芸術大学卒業。漫画家。大学在学中の1993年に『アンダースローは終着駅だ』でデビュー。主な著書に『ビバ!思春期…』(全1巻/講談社)、『バカ田バカ助の挑戦』(全1巻/白夜書房)、『おしゃれ手帖』(全10巻/小学館)、平成20年度(第12回)文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品『ギャラクシー銀座』(全4巻/小学館)等がある。2007年には、映画『ユメ十夜』の「第八夜」(監督/山下敦弘)の脚本を執筆。現在「QuickJapan」で『バンさんと彦一』、「Zipper」で『超大内Z順子の世界LaおしゃれTheおしゃれ通信』を連載中。

http://ameblo.jp/theken16/

『ギャラクシー銀座』1〜4巻(デザイン/宇野亜喜良)







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