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トーキョー・アートビジョン
No.040 250キロ完走したら、生き方を考えます
語り手:アーティスト 若木くるみさん

第12回 岡本太郎現代芸術賞 岡本太郎賞受賞作品 《面》 2009
第12回 岡本太郎現代芸術賞 岡本太郎賞受賞作品 《面》 2009

7月15日から募集開始となる公募「岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)」は、これまで多くの若手作家を輩出しています。今回は、注目のアーティスト、第12回岡本太郎賞の若木くるみさんをご紹介。学生時代に専攻していた版画や、数々のマラソン完走歴がパフォーマンス・アートの構成要素になるなど、今までにない表現活動を展開している若木さん。異色のアスリート系アーティストにとって受賞はどんなきっかけになったのでしょうか? 貴重なコメントをいただきました。


悪寒も走った、奇跡の太郎賞受賞

川崎市岡本太郎美術館での《面》展示・パフォーマンスの様子
川崎市岡本太郎美術館での《面》展示・パフォーマンスの様子

 わたしが応募した第12回(2008年)岡本太郎現代芸術賞の選考時分、世の中は小室哲哉さんの詐欺事件で持ちきりでした。人の転落していく姿ってこうなんだと、騒動を傍観していましたが、自分の受賞をきいた瞬間から彼を他人だとは思えなくなってしまいました。わたしはこれから小室哲哉になるのかと思うと両親に申し訳なく、悪寒がしました。部屋の壁に、彼の華やかだった当時を回想する言葉「暴走列車に乗っている気分」が見出しの新聞記事を貼りだし、今も日夜眺めています。受賞直後に審査員の先生方と初めて顔を合わす機会があったのですが、その時も完全に上の空。「若木くるみ、ただ今暴走列車に飛び乗りました!」と、心の中は小室さんになりきる実況中継で盛り上がっていました。受賞作は万事「たまたま」の積み重ねで奇跡のように叶った作品だったので、意識してネガティブにならないと賞の重みに耐えられなかったのだと思います。

 太郎賞の公募システムは、書類審査を通過した時点で入選となり、入選作は3か月後美術館で展示される運びとなります。そこではじめて審査員に実物を見ていただき、受賞者が決まるわけです。わたしは書類審査を、「土に埋まる」という屋外展示プランで提出しました。実際の受賞作とは全く異なる企画です。友人の「出展料いらないし太郎賞出してみたら?」の勧めを受け、適当に「出す出すー」と流していたら、締切当日にまだ出していないことがバレてしまい、友人に嫌われたくない一心で泣きながら書類を作成しました。展示室は競争が激しいだろうけど、おまけ的な扱いで、屋外展示ならお目こぼしをいただけないかなあ、というちゃっかり気分から出発した「土に埋まる」に、一体どんなコンセプトをねじ込んだのか今となっては全く思い出せません。恐ろしいですTARO賞! 審査員どんだけ遊び心あんだよ、と思ってちょっとイラっとしてしまうくらい、まさかまさかの入選でした。それはもう不意をつかれて、なんだか悔しくすらありました。

鑑賞者によって、若木さんの頭に描かれた「面」
鑑賞者によって、若木さんの頭に描かれた「面」

 入選の発表後につくりあげた《面》は、作品にかかわってくださった方々の暖かい親切に支えられ誕生した、自分の能力を遥かに超えた作品だったので、太郎賞受賞の瞬間は入選の時よりずいぶんショックが軽かったです。審査の時、先生方がすごくウケてくださったので、笑いがとれたしもうそれで十分というか……自分の最大の目的は果たせたと思いました。授賞式で、岡本太郎記念館館長の平野先生が「これから活躍してもらわないと僕たち審査員の顔が立たないからね」と、励ましの言葉をすごい笑顔でおっしゃるのですが、全然冗談に聞こえず、ただただこわかったです。こっちは必死で、熱にうかされたようにひたすら「みなさまのおかげです」と繰り返していました。お願いですからわたしに期待しないでくださいという懇願をこめて、とにかく何を問われても「みんなのおかげ」の一点張りです。はじめは好感度を上げる目的もまああったのですが、あまりに多用したものでいつの間にか言葉が体に染み込んでくるのですね。今では人参を切っている時も自転車に乗っている時も「みんなのおかげ」というフレーズがごく自然に、頻繁に頭に浮かぶようになりました。


受賞後に襲ってくるプレッシャーと太郎鬱

 受賞作を川崎市岡本太郎美術館に展示する「岡本太郎現代芸術賞」展の2か月間は、美術館に自分の居場所がありますし、スタッフのみなさまにも支えられ、張り詰めた気持ちで毎日を送ることができたのですが、会期が無事終了して京都に戻ってからわかりやすく糸が切れ、廃人のごとく眠り続ける日々が続きました。わたしはこれを「太郎鬱」と呼んでいるのですが、自意識過剰によるプレッシャーにのまれて気力がちっとも起こらないのです。怠惰な毎日を2か月ほども送り続けたある日、何気なくパソコンに「死にたい」と打ち込んでみたら、あるわあるわ、物凄い数の「死にたい」がヒットしてしまって、はっきり言って全然ロマンチックな気持ちじゃなくなりました。みんな死にたい人ばっかりなんですよー。

 「死にたい度チェック」なんていうのもあるのですが、わたしは死にたい度レベル最低で、全然死にたくない現実を思い知らされました。ネット万歳です。すっかり太郎鬱を卒業した今は、いけ好かない人と意見がぶつかった時など、にっこり笑いながら内心「じゃあお前太郎賞とったことあんのか」と相手を罵って優しい気持ちをキープしています。高みに立っていられるって本当に気分がいいものです。もしできるのならば、今すぐにでも太郎賞を凍結してほしいと本気で思っています。今後も毎年太郎賞作家が増え続けていくなんて考えるだに胸くそ悪いです。どこかでばったり出会ったかわいい女の子が太郎賞作家だったりしたら、今度こそ太郎鬱から抜け出せなくなってしまいそうです。

太郎の言葉「危険な道を選べ」の実践

岡本太郎記念館でのパフォーマンス 《お面》 2010
岡本太郎記念館でのパフォーマンス 《お面》 2010

 わたしが岡本太郎さんがどんな方だったのかきちんと知るようになったのは、受賞後のことでした。もちろんお名前は存じていたのですが、有名な人だよね、くらいの認識しかありませんでした。川崎市岡本太郎美術館で太郎さんの作品に出くわして、彫刻サイコー! とは思いましたが、一方で平面のほうはどうもピンとこず、ふーんこれがすごい絵なのか、と腑に落ちないままでいました。それが1年後、岡本太郎記念館での「太郎のいきもの」展で、太郎のお面をかぶって太郎の絵画を顔に模写するという太郎尽くしのライブ・パフォーマンスをするうちに、太郎さんに完全にノックダウンされてしまいました。太郎さんの描いた「いきもの」に囲まれていると、そのどれをも分かちがたく、強烈に愛おしく思えてくるのです。うおーこの線は本当に体全部をつかわないと描けないんだなあ、なんていうことがバシバシ体感でき、実に刺激的かつ贅沢な岡本太郎体験をさせていただきました。川崎の美術館での滞在展示では、作品の性質上ずっと壁を見ていなければならなかったので、太郎さんの絵とじっくり向き合うゆとりがなかったのです。

ハーフミラー越しに、太郎の面と向かい合う鑑賞者
ハーフミラー越しに、太郎の面と向かい合う鑑賞者

 太郎さんの絵画に近寄りがたい印象を持っている方には、できるだけ長い間作品のそばにいてもらえたらと思います。わたしは青山の記念館で1週間太郎さんの絵と対峙し、ようやくその世界と衝突できたような気がしました。以来他の美術館やギャラリーで偶然岡本太郎作品に出会うと、懐かしさの入り混じった多幸感でいっぱいになります。わたしの多幸感には、残念ながら「200万円ありがとう、太郎さん!」的な邪念も含まれていそうですが、太郎さんの絵を大好きになれて幸せだなあ、という純粋な気持ちは、パートナーの敏子さんこそがかみしめておられたのだろう、と思い巡らしたりします。

 受賞をきっかけに太郎さんの生き方にも興味が湧きました。とりわけ彼の残した「危険な道を選べ」という言葉は影響が大きく、日々の生活で早速実践に移しています。お味噌汁の椀をわざとテーブルからはみ出して置いたり、自転車の鍵のかけ忘れを習慣づけたり、わりにどきどきします。危険な道を選ぶことがどうおすすめなのかまだよくわかりませんが、スリリングな結末にその都度一喜一憂できるので、少なくとも死にたいとか思う暇はなくなりました。


真のアスリートになってから作家宣言

若木くるみ展[モーターさま]  ART SPACE 其の延長でのパフォーマンス 2010
若木くるみ展[モーターさま]  ART SPACE 其の延長でのパフォーマンス 2010

 わたしの今一番の目標は、来年250キロマラソンを完走することです。今年辛くも140キロマラソンを完走できたので、1年間トレーニングを積んで、真のアスリートを目指したいです。精神の弱さを体力でごまかしてここまでやってきました。250キロを走りきれたら「作家」の肩書きを名乗る覚悟もできそうな気がします。何も今にはじまったことじゃないのですが、次の作品のネタが全くありません。参ったなあ。「どうしたらいいですか?」なんて太郎さんにきくと、「やめちまえ!!」ってはじきとばされてしまいそうなので、とにかく250キロをゴールしてから、どう生きるか考えることにします。

 せっかく乗った暴走列車、このスピードを緩めてしまってはつまらんなあと思うのです。太郎賞という素晴らしい賞をエンジンに、もっともっと暴走できたら。急ブレーキを踏んで思い切り脱線するのか、それともまだ加速の余地はあるのか、どちらにせよ、とにかく来るべき瞬間に死力を尽くせる自分でいられるよう、エネルギーをしっかり蓄えておかなければと思っています。

若木くるみ展[モーターさま]
2010年6月6日まで京都のギャラリー、ART SPACE 其の延長とギャラリー恵風の2会場で開催されていた個展。上の写真は、発電機に改造したルームランナーの上を、わらじをはいて走る若木さん。ルームランナーは版木、わらじはバレンの役割を果たし、走った分だけロール状の布に版が印刷される。また、走ることで発電された電力を電池に蓄積し、もうひとつの会場、ギャラリー恵風ではエネルギーの視覚化が試みられた。

鑑賞者は、ギャラリー恵風の入口に置かれた電池にART SPACE 其の延長でつくられた電力を充電。展示作品それぞれに電池を設置し、反応を試すことができる。電気を流すと羽が回転する《ドライヤー》の先には、若木さんがマラソンではいていたという靴下がぶら下がっていた。

人間の体に蓄積された脂肪を走ることで燃焼し、エネルギーへと変える。その力で動く展示作品について「無駄の重なりで生まれたおもちゃ」という作家。右の版画《エアー空気入れ》は、個展のタイトル「モーターさま」が象徴された作品。

Information

若木くるみさん参加予定のイベントのお知らせです。

■わくわくKYOTOプロジェクトより「わくわく立誠小学校」

会場/元立誠小学校 京都市中京区蛸薬師通河原町東入備前島町310-2
会期/8月20日(金)〜8月29日(日)
時間/15:00〜20:00

次回は…
トーキョーワンダーウォール2010受賞者をご紹介します。[8月12日(木)アップ予定]

 
若木くるみ(わかきくるみ) 写真
 
若木くるみ
(わかきくるみ)

1985年、北海道生まれ。2008年、京都市立芸術大学美術学部版画専攻卒業。同年「第12回岡本太郎現代芸術賞」岡本太郎賞受賞。版画制作や、自身の身体をつかい、版画の転写行為を拡張させるようなライブ・パフォーマンスを展開する一方、マラソンランナーとして、様々なマラソン大会に参加している。主な個展に、2008年「うしろに顔のあるパラパラの上手なガチムチの女の子」(ART SPACE 其の延長/京都)、2009年「水陸両用 かのぎょ」(Gallery Jin/東京)、2010年「若木くるみ展」(岡本太郎記念館/東京)、「モーターさま」(ギャラリー恵風、ART SPACE 其の延長/ともに京都)など。現在、京都在住。

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