描かれているのはニューヨークの深夜営業のレストランとそこに集う人々の姿。通りの闇の中に煌々と輝く店内の人工照明の強烈さが印象的で、それは私たちにも馴染みのある大都会の光景かもしれません。その光と闇のコントラストが、場面に孤独感や不安な感じを与えています。店の客の一人は寂しく食事、カップルの男女は手を微妙に触れ合わせていて、互いを求めあう気持ちとためらいとが入り混じったやりとりを連想させます。英語のタイトルは「ナイトホークス」といい、「夜更かしする人々」と訳せますが、獲物を狙う暴力的響きも持ちます。あるいはこの店には、今から強盗が押し入るような危険が迫っているのかもしれません。
アメリカ現代美術
シカゴ美術館
パブリックドメインで巡る世界の美術館
No.005パブリックドメインとは、著作権を有さない公共の知的財産のこと。世界には、そのような所蔵品をインターネット上で公開している美術館があります。パブリックドメインとなった所蔵品を取り上げ、その魅力をあらためて紐解きます。
パブリックドメイン(公共の知的財産)となった所蔵品をオンラインで公開している、世界の美術館を巡るシリーズ。第5回は、メトロポリタン美術館やボストン美術館と並びアメリカを代表する美術館、シカゴ美術館の作品をご紹介します。シカゴ美術館は古代から現代にいたるまで世界各国の美術品を幅広く所蔵しており、その数は30万点以上におよびます。前身は1866年に創設されたシカゴ・デザイン学校。本館は1893年のシカゴ万国博覧会で建設され、安藤忠雄設計の日本ギャラリー、レンゾ・ピアノ設計の新館「モダン・ウィング」など、建築そのものも魅力です。国立西洋美術館館長の田中正之さんに、シカゴ美術館の膨大な所蔵作品のなかから、アメリカ現代美術の名品をご解説いただきます。
エドワード・ホッパー《夜更かしする人々》1942年
グラント・ウッド《アメリカン・ゴシック》1930年
上部が尖った窓を特徴とする中世ゴシック様式の建築が19世紀のイギリスで流行した影響を受けて、アメリカでは地方の農村の家屋にゴシック様式が盛んに用いられるようになりました。そのような建築を、画家は「アメリカン・ゴシック」と呼び、それを農民たちの実直さや忍耐強さを象徴すると考えていたようです。家の前に立つ男女のいかめしい様子にも、そのような性格が表れています。二人は、そこに住む農民夫婦のように見せかけた男女で、実際の夫婦ではありません。服装も、この絵が制作された1930年代ではなく19世紀風のもので、画家が想像したノスタルジックな農村風景が、ここには描かれています。
アーチボルド・マトリー・ジュニア《ナイトライフ》1943年
1910年代半ばより、人種差別の続くアメリカ南部を逃れて大勢の黒人が北部に移住し、黒人人口が一挙に増したシカゴでは、郊外のブロンズヴィルを中心にアフリカ系アメリカ人の大衆文化が花開きました。ここに描かれているのも、その地のキャバレーです。酒瓶の並ぶ棚にある時計は午前1時近くを指していて、深夜の酒場で多くの人々がジュークボックスの奏でるジャズに合わせて踊っています。人々の激しい身振りだけでなく、いささかけばけばしい色彩もまた賑やかさを伝えているでしょう。画家マトリー自身も黒人で、ハーレム・ルネサンスの時代に大都市に暮らす黒人たちの生活を描いたことで知られています。
Text:田中正之(国立西洋美術館館長)
インフォメーション
シカゴ美術館
URL | https://www.artic.edu |
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住所 | 111 South Michigan Ave, Chicago, IL 60603 USA |