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現代美術アーティスト/EAT&ART TARO×画家/今井麗[前編]

異分野×アーティスト

No.005

誰にとっても身近な「食」を通じたアートの可能性とは?

対照的なふたりが互いの魅力を探ります。


現代美術アーティスト/EAT&ART TARO×画家/今井麗[前編]

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2019.08.21

人におごることだけができる「おごりカフェ」をはじめとして、食をテーマに新しい体験をつくるアーティスト、EAT&ART TAROさん。新鮮な果実やバタートーストなど日常のモチーフを、軽やかなタッチと瑞々しい色彩で描く画家、今井麗(うらら)さん。表現方法は違えど、身近な「食」を表現に活かすふたりが言葉を交わし、互いのアートについて語ります。

前編では今井さんの活動をメインに紹介します。


――TAROさんと今井さんは初対面とのこと、そこでまずは自己紹介をお願いできますか? TAROさんは、食をめぐって人々を巻き込むようなプロジェクト型の作品を手がけ続けていますね。

TARO  僕はもともと調理師学校を卒業後、飲食店で働いていたのですが、アートと関わりたい気持ちがずっとあったんです。それで、まずギャラリーや美術館などでケータリング(会場で食事の配膳・提供等を行うサービス)を始めました。さらにそのうち、自分で食にまつわるアートプロジェクトとしての作品を発表するようになって、今に至ります。

今井   ユニークな経歴ですね。最初はどんな作品から始めたのですか?

TARO  2008年、つくばエクスプレスの柏の葉キャンパス駅前にゴールデンウィーク限定で開いた「おごりカフェ」です。新路線と共に開発されたこのエリアで、新しい街づくりの一環で何かやらない?と誘われたのがきっかけでした。このカフェの特徴は、誰かに「おごる」ことしかできない点です。メニューから好きなものを選び、お金を払うまでは普通です。ただ、そこで受け取るのは前のお客がオーダーした食べものや飲みもの。そして自分がオーダーしたものは次の来店者に提供されます。

――とても楽しそうですが、どんな意図があったのでしょう?

TARO  おごる行為って、普通は仲良しじゃないとしませんよね。一方、プロジェクトの舞台となった新しい街は、各地から多様な人々が集い、共に地域をつくっていく状況でした。だから、ここでおごり/おごられ合うことで、互いの関係性や距離感をかき混ぜるようなことができたら、と思ったんです。

今井   自分の得意な、食にまつわるところからアートにつなげていったのですね。

TARO  父が絵画を描いていたこともあり、美術はずっと身近かつ好きなもので、進学も料理と美術、どちらにするか迷ったほどでした。でも結果的に美大で学んだわけでもなく、絵や彫刻もつくれない。だから、自分が使えるツールといえばやはり料理しかない!という感じです(笑)。でも、やはり食は誰にとっても馴染み深いから、僕のプロジェクトは気構えなく参加してくれる方が多いと感じます。遠くに住む知らない人同士が食べものを宅急便で送り合うプロジェクト「食通」(2012)などもあります。これはいわば「文通」の食バージョン。たとえば高松(岡山県)と氷見(富山県)とで10人くらいが一年この「食通」を続け、最後に高松の人たちが氷見の人たちに会いに行きました。初対面だけど、その人の送ってくれた食べものを1年間頂いてきたという体験は、ちょっと不思議で面白いですよ。そんなふうに、食をとっかかりに、新しい状況や体験をつくる。僕の作品にはこうしたものが多いです。

料理を通して、今まで知らなかった⼈と⼈との間に関係性をつくってきたTAROさん

キッチンや食卓から、新鮮な美を見出す絵画

――一方、今井さんは油彩画という表現方法で、身近な生活空間から、ホッとするようなあたたかさと、同時にハッとするような鮮やかさのある絵画を描いています。特に、食べものをモチーフにした作品群は印象的です。

今井  お皿に載ったバタートーストやマスカットなどは、それらの持つみずみずしさに興味を惹かれて描いています。多くは食卓でのことだし、いまは育児中でもあるので、あっ!と思ったものはまずスマホで写真に撮って、子供たちを学校や保育園に送り出した後、自分の時間に描いています。私自身が感じた驚きのようなものが描ければと思っていて、下描きはせず一気に描きあげる感じです。丸ごと売っていたパイナップルを食べた後の残りを、もともと入っていた透明な袋に戻したときに、ハッと美しさを感じて描いてみたこともあります。

TAROさんも気になったパイナップルの絵を⼿にする今井さん
今井麗《PINE APPLE》2019 31.8×41cm 油彩にキャンバス
写真提供︓今井麗

TARO  今日は作品の実物を見せてもらえて嬉しいです。どの絵もすごく素敵ですね。どうしてこういうモチーフを良く描くようになったのですか?

今井   私も、父親がやはり画家なんです。父は裸婦をずっと描いてきた人で「いちばん難しいモチーフは人物だ」と言われて育った私は、予備校でも美大でも真面目に人物を描きまくってきました。ただあるとき、ヨーロッパの美術館を訪ねたのをきっかけに、静物画に惹かれるようになりました。たとえば、パリのオルセー美術館にあるマネの《アスパラガス》(1880)。描き込みは少ないけれど、アスパラガスのフレッシュさを見事に表現していることに感動しました。もちろん美味しそうでもあったけれど(笑)、それだけではなくて。食べ物の絵を見て胸をわし摑みにされるような体験もあるんだなと思ったのです。「感じたことをそのまま表現できるかどうかなんだ」と感じさせてくれたのが、これらの静物画だったんです。

TARO  今井さんの絵も、たとえばトーストにのせたバターの綺麗で滑らかな感じなど、実際の魅力がすごくよくわかる気がします。ステンレスの調理台の上に乗った野菜なども、美しいですよね。食べ物が美味しそうな瞬間って、意外と短いことも多い。そのなかで、自らの得た感覚を新鮮なままに絵に描くというのも、何だか料理そのものに似ているようで興味深いです。

今井麗《BUTTER TOAST》2019 15.8×22.7cm 油彩にキャンバス

今井   さっきTAROさんが自分のツールは「料理しかない」というお話をしていましたが、私は油彩以外では絵が描けないんですね。これまで別の手法もいろいろ試してみたけれど、結局、アタマと手先が直につながる感覚が得られるのは油絵だけだったんです。

TARO  そうなのですね。僕の作品って「これを見て!」というような、かたちあるモノではないことがほとんどです。だから今のお話は想像でしか理解できないけれど、それだけに興味深いです。

今井   究極的には、私は描く対象を「絵になるかどうか」で選んでいると思う。スーパーに買い物に出かけても、その目線で選んでいる自分に気づくことがあります(笑)。私には姉がいて、彼女は世の中の流行に敏感なタイプだけど、私はそういうところに鈍感というか、興味が湧かない。そのかわり、自分の身の回りにあるもので表現する感じですね。食べ物以外では、家族が寝付いた夜中に人形たちを食卓に座らせて、ちょっとシュールな情景を描くようなこともしています。そうして私の身近な世界から生まれた絵が、誰かの暮らしを少しでも照らすようなものになれたら、とも思いつつ描いています。

〈後編に続く〉

今井麗《MUSCUT》2019 15.8×22.7cm 油彩にキャンバス

構成:内田伸一

Photo:千倉志野

取材協力:社食堂
東京都渋谷区大山町18-23 B1F
TEL:03-5738-8480
営業時間:11時~21時
定休日:日曜日・祝日
https://www.facebook.com/shashokudo
https://www.instagram.com/shashokudo/?hl=en

EAT&ART TARO(イート・アンド・アート・タロウ)

1979年、神奈川県生まれ。現代美術アーティスト。調理師学校卒業後、飲食店勤務を経てギャラリーや美術館などでケータリングを始める。やがて自ら食をめぐるユニークなアートプロジェクトを展開。2019年は瀬戸内国際芸術祭2019において、ランチを食べながら瀬戸内のおいしさを知る料理ショー「瀬戸内ガストロノミー」を展開する。

http://eat-art.info

今井麗(いまい・うらら)

1982年、神奈川県生まれ。画家。多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻卒業、多摩美術大学大学院美術研究科博士課程満期退学。シェル美術賞、本江邦夫審査員奨励賞受賞(いずれも2012年)。各地での個展、グループ展で作品を発表し、2018年には初の作品集『gathering』(Baci刊)を出版。植本一子『かなわない』(タバブックス、2016)や椰月美智子『明日の食卓』(KADOKAWA/角川書店、2016年)などの装画や、『暮しの手帖』2019年8-9月号の表紙絵、『虎屋』広告などでも知られる。

https://ulalaimai.jimdo.com/

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