カール・ラーションの自宅の居間、アイビーのからむ南向きの大きな窓にはカーテンがなく、スンドボーンの川がみえる明るい窓辺には、さまざまな植物の植木鉢がおかれています。部屋の床より一段高いステージの上で水をやるのは長女のスサンヌ、やさしい彼女は成長してもラーションのよきモデルでした。
この《窓辺の花》を含む水彩画のシリーズを印刷した画集『わたしの家』(1899年)は、ラーションを一躍人気画家にしました。スウェーデンのダーラナ地方の村、スンドボーンにある彼の家にみられる建築や室内装飾、ライフスタイルそのものが新しいスウェーデンスタイルの模範となり、多くの人々の共感を得て普及したからです。
妻カーリンの両親から譲りうけた別荘をラーションと、やはり画家であったカーリンは、長い年月をかけてリノベーションしていきます。画集『わたしの家』は、そのリノベーションとラーション夫妻、そして子どもたちの成長の記録となっています。
スウェーデン国立美術館 カール・ラーションが描く北欧の暮らし
パブリックドメインで巡る世界の美術館
No.009パブリックドメインとは、著作権を有さない公共の知的財産のこと。世界には、そのような所蔵品をインターネット上で公開している美術館があります。パブリックドメインとなった所蔵品を取り上げ、その魅力をあらためて紐解きます。
パブリックドメイン(公共の知的財産)となった所蔵品をオンラインで公開している、世界の美術館を巡るシリーズ。第9回は北欧スウェーデンを代表する19世紀の国民的画家、カール・ラーションの作品を、ストックホルムのスウェーデン国立美術館コレクションからご紹介します。スウェーデン国立美術館はラーションの壁画で飾られ、油彩や水彩画など多くのコレクションを収蔵していますが、その中からとくに重要な作品3点について、中部大学教授の荒屋鋪透さんに解説していただきます。
カール・ラーション《窓辺の花》 1894年
カール・ラーション《ネーム・デイのお祝い》 1898年
スウェーデンの人々は誕生日と共に「名前の聖人の日(ネーム・デイ)」を祝う、キリスト教の習慣をもっています。ラーションの子どもたちに、早朝に祝福されているのはメイドのエンマ。男装した長女スサンヌが大きな紙に書いた自作の詩を朗読し、となりにダーラナ地方のレトヴィークの民族衣装で女装した長男ウルフが朝食をはこんできました。朝の草原でつんだ草花の冠をかぶるのは次女リスベートと四女チェシュティ、階段をあがるチェシュティは今日の主役である、エンマのイニシャルの入った花輪を手にしています。
この部屋は青と赤の鮮やかなコントラストをもち、天井にはカーリンお手製の天蓋の布がさがり、赤いストライプとケルト文様の鳥の図柄で装飾がほどこされています。
見逃してはいけないのは、画面左下の扉口で弦楽器を弾く奏者の描き方。顔の部分をあえてかくす技法は、日本美術の浮世絵の影響です。ラーションは北欧随一のジャポニスム(日本趣味)の画家としても知られています。
カール・ラーション《大きな白樺の下での朝食》 1896年
冬の長い北欧の人々は夏の日々を明るい戸外で過ごします。ラーションの家族が朝食をとるのは白樺のある自宅の庭。ラーションの子どもは全員で8名、4人の女の子、4人の男の子(1人は生後間もなく亡くなってしまいます)ですが、ここでは制作年から、正面中央の妻カーリンの左に長女スサンヌ、後ろ向き左から次男ポントゥス、長男ウルフ、次女リスベート、三女ブリータの5人。そして右にラーションの絵のモデルの女性、カーリンの右には愛犬カポもいます。
白樺の幹にハートの矢のあるカーリン(K)とカール(C)・ラーションのイニシャルがみえます。子どもたちはラーションのモデルとして、多くの絵画に登場することになりました。
画集『わたしの家』の原画の水彩画の多くは室内画ですが、この絵にはスンドボーンの家のユニークな特徴のひとつが描かれています。スウェーデン家屋の伝統色の赤褐色の壁には、伝統からは逸脱した色彩である、緑色の窓装飾と花台がつけられていることがわかります。
Text:荒屋鋪透(中部大学 教授)
スウェーデン国立美術館
16世紀の国王グスタフ1世が収集した作品が収蔵品の基礎をなしており、1794年に王立美術館として設立。1866年に現在のルネサンス様式の建物に国立美術館として開館した。代表的な収蔵品は17、18世紀のオランダ絵画、フランス絵画。また17世紀から現在のスウェーデンの絵画や工芸品も多く収集している。2015–18年の工事期間を経て、さらにより多くの人々にひらかれた美術館を目指し、入館料が無料となった。
https://www.nationalmuseum.se/
https://collection.nationalmuseum.se/eMP/eMuseumPlus
住所:Södra Blasieholmshamnen 2, 111 48 Stockholm, スウェーデン
入館料:無料