早稲田大学 早稲田キャンパスを奥に進んでいくと、木の庇(ひさし)がたなびく早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)が見えてきます。かつては政治経済学部の校舎と渡り廊下で繋がっていた校舎でした。隣にある早稲田大学坪内博士記念演劇博物館も、学生時代に村上さんが映画のシナリオを読んでいた思い出の場所なのだそう。
リノベーションを手掛けたのは、建築家の隈研吾さん。2016年にアンデルセン文学賞の受賞記念講演のためデンマーク・オーデンセを訪れた村上さんは、同じくアンデルセン博物館のプロジェクトのために現地を訪れていた隈さんに出会いました。隈さんはかねてから村上さんのファンで、ふたりはすぐに意気投合して交流が始まりました。
早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)で出合うアートワールド
新しいアートスポット
No.014今年4月には6年ぶりの長編小説『街とその不確かな壁』も発表し、世界中にファンをもつ小説家の村上春樹さん。2021年、村上さんの母校である早稲田大学に、新しい施設が誕生しました。早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)は「物語を拓こう、心を語ろう」をコンセプトに、村上作品の日本語版・他言語版をはじめとする7,000冊もの蔵書と村上さんから寄贈、寄託された執筆関係資料、インタビュー記事、作品の書評や蒐集したレコードなどの資料を所蔵。村上文学・国際文学・翻訳文学の研究・発展に寄与する文学資料館であり文化交流施設です。
トンネルを抜けて異世界に落ちる
隈さんは村上さんの小説について「日常から洞窟の穴に落ちて異世界に連れて行かれるようだ」と評して、それを建築で表現しました。洞窟の入口を模したファサードを抜けると、2階から地下1階までの吹き抜けにある階段本棚が来館者を出迎え、まるで村上さんの小説世界に落ちていくようです。
この階段本棚をはじめとした館の蔵書は村上作品のほか、ブックディレクターの幅允孝(はば・よしたか)さんが選書を務め、「村上作品とその結び目」「現在から未来に繋ぎたい世界文学作品」を軸にセレクトされています。川上未映子さんや古川日出男さんといったゲスト選者による書籍も配架されています。
村上春樹のアートワールド
1階のギャラリーラウンジには、村上さんのデビュー作から近作までの小説・エッセイの初版本、本棚には著作の他言語翻訳版がずらりと並べられています。
村上さんは作品の装丁にこだわりがあり、特に装画はこれまで佐々木マキさん、安西水丸さん、和田誠さんといった名だたるイラストレーターが村上ワールドを表現してきました。
文学館広報の西尾昌樹さんに伺うと、翻訳版の装丁は現地の出版社の差配によるもので、初期の頃は日の丸や東洋の女性をあしらったような、本文とは関連の薄いデザインでした。さらには現地の読者が読みやすいように、削除や順番の入れ替えなど、本文の改変もあったそうです。しかし、村上作品の人気の高まりとともに内容を表現する装丁に変わっていき、原典に忠実に翻訳されるようになりました。いまや村上さんの著作は約50もの言語で翻訳されています。
デザイン性の優れた美しい装丁からは、日本と海外の文学交流を促した村上さんの軌跡や日本文学の広がりを窺い知ることができます。
学生時代にジャズ喫茶「ピーターキャット」を開いたほど音楽好きの村上さん。同じ階のオーディオルームは、ジャズやクラシックのレコードを聴きながら読書ができる贅沢な空間です。レコードプレーヤーやスピーカーは村上さん好みの機器が設置され、レコードは村上さんが昔よく聴いていた旧蔵のもの、さらに「ピーターキャット」で使われていたものには直筆のマークやサインが書かれています。
国際文学館には、"村上春樹を"かたちづくるアートの数々がそこかしこに散りばめられています。
交流から物語が始まる
2階はイベントのためのスペースがメインのフロア。展示室では村上文学や世界文学、所蔵品をもとにした企画展が開催され、スタジオではラジオの収録と放送、ラボでは毎月のようにワークショップやセミナーが行われています。
特に文学や音楽を通じた交流には力を入れており、作家の朗読イベント「Authors Alive! ~作家に会おう~」や「キャンパス・ライブ」は、村上さん自ら企画を担当しており、たびたび村上さんも出演しています。これまでにゲストとして小川洋子さんや村田沙耶香さん、又吉直樹さん、ギター奏者の村治佳織さんなど多数の作家やアーティストが登場しています。
地下1階は、村上さんの書斎を採寸して仕事場の雰囲気を忠実に再現した「村上さんの書斎」、カフェと交流スペースとなっています。
「村上さんの書斎」にも趣味が窺い知れるアイテムが点在しています。パソコンやプリンター、音響機器などはご本人が実際に使用している機器と同じものです。
カフェ「橙子猫 -Orange Cat-」は、その開放的な雰囲気から留学生や海外からのお客さんにも人気。学生結婚をして在学中にジャズ喫茶「ピーターキャット」を開いていた村上さんですが、このカフェも現役の早稲田大学生が運営しています。
「村上ファンならばすぐにわかる見所がたくさんあります。そうでなくても、静かに本を読むにはとてもいいところだと思います」と西尾さん。2021年の開館当初はファンの来館が中心だったそうですが、最近は学生の利用も増えてきて、国内外からの来館者と学生たちの交流の場にもなっているそうです。
村上さんと隈さんの出会いから生まれた国際文学館。村上さん自身が交流のある多彩な分野のクリエイターを中心に、文学や音楽・イラストレーション・建築などさまざまな芸術分野のエッセンスが詰まった施設になっています。2階イベントスペースでのイベント、季節ごとの企画展示もあり、文化の発信拠点としても注目です。
Text: 浅野靖菜
Photo: 中川周(外観以外)
早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)
住所:東京都新宿区西早稲田1-6-1 早稲田大学国際文学館
開館時間: 10:00–17:00
休館日:水曜
入館料:無料
※オープンキャンパスなど大学行事開催時は、開館時間が変更となる場合があります
https://www.waseda.jp/culture/wihl/