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和歌のテーマパーク 六義園〈後編〉

東京の静寂を探しに

No.014
ライトアップされた中の島 写真は櫛引典久『東京旧庭』(2020年、玄光社)より

写真家の櫛引典久さんによる写真と、東京都江戸東京博物館学芸員の田中実穂さんの解説で、東京都内の庭園の魅力を楽しく学ぶ連載。和歌の世界を再現した和やかな雰囲気の六義園ですが、その持ち主である柳澤吉保はどのような人物だったのでしょうか。後編では、時代や所有者によって変わる庭園の姿、その役割をみていきましょう。


写真:櫛引典久

お話:田中実穂(東京都江戸東京博物館学芸員)

協力:公益財団法人東京都公園協会


(前編はこちら)

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2025.03.18

柳澤吉保の人物像

五代将軍徳川綱吉に気に入られていた柳澤吉保は、30歳で将軍の側に仕える側用人、その6年後に幕府で政務を取り仕切る最高職の老中格と、異例のスピードで出世しました。時代劇では悪役になりがちですが実際はそうではなく、他の大名たちには重用ぶりが不自然に見えたか、驚かれていたのではないでしょうか。

「藤代峠」
『東京旧庭』より

この六義園には、しばしば幕府の将軍やその家族が御成りになり、さまざまな趣向を凝らしたおもてなしがされました。1703年に綱吉の長女・鶴姫が御成りになった際には、名前に鶴が入っていることから、お屋敷で歓待した後、庭に足を踏み入れた瞬間にパッとつがいの鶴が飛び立つような仕掛けを施しました。
また吉保は側室が公家の出身だったこともあり、宮中との交流もありました。当時の霊元上皇に六義園の絵を献上したところ、霊元上皇は園内でもとくに素晴らしい「十二境八景」を選んで臣下に和歌を詠ませ、それを贈り返しました。将軍の身分でもない吉保にとっては大変名誉なことですね。

宜春亭(ぎしゅんてい)の茶室
『東京旧庭』より

吉保同様、孫の信鴻(のぶとき)は、一刻も早く隠居して六義園に行きたいと願う程六義園が好きでした。けれど、柳澤家に生まれたからといって、全員が庭を好きなわけではありません。庭に関心のある人が藩主になれば世話をするし、関心がなければ空間は維持したままで放っておかれる。六義園も例外ではなかったようです。

岩崎彌太郎の六義園

多くの大名庭園は、江戸時代から明治時代への移行期に大きく姿を変えます。明治政府による上地(あげち)により、大名の領地は明治政府に召し上げられました。この時柳澤家は下屋敷地を手放したため、六義園は放っておかれたようです。

ツツジの古材を柱に使ったつつじ茶屋
『東京旧庭』より

その後、1878(明治11)年に三菱の創始者である岩崎彌太郎が別邸用地として六義園を購入しました。岩崎家による修復工事では、木を数万本単位で植え替えています。そうしなければいけないほど荒れていたかもしれませんね。清澄庭園の回でもお話しましたが、彌太郎は大の石好きでしたが、六義園では石の主張が強くありません。また、茶屋や蔵といった建造物が数カ所つくられましたが、庭全体の輪郭を崩すような改修はしていません。六義園のコンセプト、柳澤吉保の庭への想いを理解した上で庭園を維持してくれたのでしょう。

岩崎家は六義園だけでなく、周辺にある3つの大名家の土地を手に入れ、駒込別邸として整備しました。1905(明治38)年には日露戦争の勝利を記念した祝賀会も開かれ、6,000人もの賓客が招かれたと記録にあります。

シダレザクラ
『東京旧庭』より

六義園は1938(昭和13)年に岩崎家により東京市に寄付され、同年一般公開されます。その感謝を表す石碑も、好きな史跡のひとつです。2年後に国の名勝、1953(昭和28)年には特別名勝に指定されました。
シダレザクラは、昭和30年代に植えられました。高さ約15m、幅約20mもあり、ソメイヨシノより一足早く、例年3月下旬頃に開花します。寒い時期ですと花は咲いていませんが、枝振りがよく見えますね。庭園スタッフによると、シダレザクラのシーズンは1日約3万人も訪れたこともあったそうです。今では秋の紅葉とともに、六義園を代表する風物詩となっています。

シダレザクラの枝振りをみる話者(東京都江戸東京博物館 田中実穂さん)

庭園を未来へ残す

江戸時代にたくさんあった大名庭園も、そのときの持ち主が庭園に興味がないと荒れたまま放置されがちです。昔の新聞には、かつて名園と謳われた庭の木や石に値札が付けられて売りに出されたという記事もあります。そう考えると岩崎家が適切な管理をした上で東京市に寄付したおかげで、現代の私たちは江戸時代の面影を残した六義園を楽しめるのですね。

約8万㎡の広大な庭園
『東京旧庭』より
園内を散策する話者

変わりゆく時代や移りゆく季節のなかで庭園のコンセプトを守り維持していくには、長期的な視野と計画、大変な労力があると思います。屋外の文化財であるこれらの庭園を観るためには、どうしてもルールやマナーが必要になります。ガードが固いと思われることも、庭園という文化財としてのクオリティーを維持し、それを伝えていくために大切なことなのです。それも心に留めながら、四季折々の庭園の風景を思い思いに楽しんでいただきたいですね。

構成:浅野靖菜

六義園
住所:東京都文京区本駒込6-16-3
開園時間9:00-17:00(入園は16:30まで)
休園日:年末年始
入園料:一般300円、65歳以上150円
https://www.tokyo-park.or.jp/park/rikugien/index.html

櫛引典久(くしびき・のりひさ)
写真家。青森県弘前市出身。大学卒業後、ファッションビジネスに携わり、イタリア・ミラノに渡る。現地で多分野のアーティストたちと交流を深め、写真を撮りはじめる。帰国後は写真家としてコマーシャル、エディトリアルを中心に活動。著名人のポートレート撮影を多数手がけ、ジョルジオ・アルマーニ氏やジャンニ・ヴェルサーチ氏のプライベートフォトも撮影。都立9庭園の公式フォトグラファーを務めたのを機に、ライフワークとして庭園の撮影を続ける。第6回イタリア国際写真ビエンナーレ招待出品。第19回ブルノ国際グラフィックデザイン・ビエンナーレ(チェコ)入選。

田中実穂(たなか・みほ)
東京都江戸東京博物館学芸員。特別展「花開く江戸の園芸」を担当。江戸時代の園芸をはじめ、植物と人間との関わりをテーマとした講座や資料解説を手掛ける。また、都内における庭園の成り立ちを周辺地域の特徴から考える講座「庭園×エリアガイド」を行う。
講座の詳細については、江戸東京博物館ホームページ https://www.edo-tokyo-museum.or.jp/event/culture/をご覧ください。

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