完成までのプロセスを重視。意外な提案で顧客の心を動かす
――私は以前、展覧会で壁に無造作に貼られていたドローイングを購入し、ギャラリーを通じて額装していただいたことがあります。作品が映えて、ウキウキしながら壁に掛けました。
かつてはシンプルな、あるいはオーソドックスで無難な額装が好まれていたのですが、今は自分なりのこだわりや要望を持つ方が増えてきています。そのため、その人だけの1点ものの仕様を目指してカスタマイズしていく、ゴールまでのプロセスが重要なんですね。額の構造や仕様の打ち合わせでは、中に入れるマットや布など額以外の素材を含め、イメージしやすいようにサンプルをあてながら決めていきます。価格も含めてマニュアルでは対応しきれないですね。
――では、お店には額に入れたい絵を最初から持参した方がよさそうですね。
 iPadも額装してしまう
額装に必要なパーツのサイズを正確に把握され、額も決めていらっしゃる場合には、絵がなくても決められますが、実際には「初めての額装で何を選んだらいいのかわからない」というお客様もいれば、イメージはあっても具体的にどうすれば効果的なのかわからないお客様もいて、解決を求めて店にやってきます。そうした多様なニーズに応えるためには、一から額縁をつくりあげていく必要があるのです。作品のサイズもさまざまですし、立体を入れることもあるんですよ。立体の時は、額縁のなかにどのように空間をつくるかも考える必要があります。美術作品だけでなく、ヴィンテージのもののデニムやユニフォーム、ワイン、iPadなど、どんなものでも額装します。
――客層も幅広そうですね。
はい。額を必要とするあらゆる方がお見えになります。アーティスト、美術館やギャラリー、出版社や印刷会社、美術展を主催する新聞社または企画会社、店舗の設計・デザイン関係の方から、既成商品をカタログから選ぶような方法では探し切れず、「ここだったら希望がかなうかも」と駆け込んでくるような個人の方まで、マーケットは広いですね。
――アドバイスするうえで最も大切にしていることは何ですか?
個人で1点ものの場合には、オーソドックスなものよりも個性の際立ったチャレンジングな額装を勧めます。同じデザインで数が必要な場合ももちろんありますが、アートなので、「え、これもあり?」という意外な発見や心の動きが大切だと思うんですね。いい額装をすれば人に見せたい気持ちもさらに湧くでしょうし、写真を撮ってフェイスブックに載せることもあるでしょう。お勧めする時は、一瞬の勝負でだいたい決まりますね。
 モールディングの数々。スライドパネルを動かして見ることができる
大使館や外国人のお客様も大勢いらっしゃいますが、彼らは冒険的なサンプルを試すので、私自身がそれに鍛えられた部分もあります。「それを持ってくるとは、やるねぇ」と思わされ、思わせる、緊張感を持った居合抜きのような掛け合いも楽しいものです。ですから、誰も使えないだろうと思われる額も、イタリアやスペインなどからあえて買い付けてきます。ヨーロッパのバイヤーたちは、見本市が終わると、まっさきに私の元に持ってきてくれます。質感がとても好きなので、思わず匂いを嗅いだりもしますし、身体感覚で選び、いいとか悪いとか率直に言い合うので、数年の間に変わり種たちが何百種と揃いました。
――多種多様なモールディング(額縁の棹)がありますね。
「銀鏡反応」という化学変化で額の表面に純銀を析出させたもの、布やレザーのような質感をもったもの、陶器のような「滑り」のあるもの、細密な彫刻に下地を施し箔で仕上げたものなど、他店にはないようなものばかりです。高度な加工を施した形、「一口に赤といってもこの赤は他にない」など、眺めるだけでも楽しいと思いますよ。
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