一人飯には、自分で考えて挑戦するドキドキ感がある |
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――マンガ『孤独のグルメ』は、『月刊PANjA』で1994年〜96年に連載され、97年に単行本化。2008年に『週刊SPA!』誌上で不定期連載が再スタートし、同年に発刊された新装版の単行本も、ドラマとの相乗効果で今も根強い人気ですね。振り返っていかがですか?
描き始めた19年前は、女性の一人飯も、食べ物を撮影してブログなどに挙げるような風潮もなかったですね。最近では、雑誌やテレビのつくり手もインターネットで調べることが多いのかもしれませんが、僕は必ず街を歩いて、マンガのモデルになる店を探しています。「ここ、おいしい店なんじゃないか」と感覚を頼りに挑戦してドキドキしたり、失敗したりしてこそ、オリジナルな喜びも、残念な気持ちにもなる。そうした感情の動きがないと、面白いマンガにならないですから。僕自身は、『ガロ』でのデビュー作『夜行』(単行本『かっこいいスキヤキ』に収録)で描いたトレンチコートの男が夜行列車で駅弁を食べる話から、ずっと変わってないんです。
――そういえば主人公は一人でいることが多いですね。
話し相手がいれば感想を言い合って安心するけれど、一人で食べると、黙っていても、自分の頭でいろいろ考える。一見ちゃんとした大人なんだけど、考えていることは情けなかったり、余計なことだったり、人に見られたら恥ずかしいじゃないですか(笑)。そこが面白いんですよね。
0点以下から100点越えまで。量も質も多様な東京の店 |
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――台東区山谷の定食屋、浅草の甘味屋、北区赤羽の鰻のうまい居酒屋など、店にはそれぞれの街の雰囲気も感じられますが、東京ならではの飲食店の魅力ってありますか?
触れ幅や多様性かな。蕎麦屋だけどラーメンがうまいとか、1軒の店のなかにもおいしいものとおいしくないもの、高いものと安いものがある。東京色というのは意外になくて、全国の人が集まっているから、いろんな地方の塊みたいですよね。
東京では、あまり有名じゃない店にも、常連客も初めての客もいる。100点越えのようなおいしい店も、0点以下のまずい店も共存できる。地方だったら0点以下の店はつぶれちゃうし、100点越えでも値段が高ければ行く人がいないけれど、東京だったらカキ氷1000円でもおいしければ行く人がいますからね。
――取材をベースにどのように構想しているのですか?
この店に主人公を置いてみたらどうなるか、お店の人とどんなふうに話すかなど想像します。一度にたくさん食べられないし、谷口さんに作画してもらうために写真をたくさん撮るので、1軒につき2、3回行きますね。

第4話「東京都北区赤羽の鰻丼」より (c)久住昌之・谷口ジロー/扶桑社
――「池袋のデパート屋上のさぬきうどん」をはじめ、店の選択が幅広いですね。
あの話は、「デパートの屋上ってずいぶん行ってないな」と思い、4か所くらい回って決めたものです。屋上でサボテンも売っていたので、昔会った流行作家の話を組み合わせて。
――井之頭五郎はたくさん食べますね。
好きに頼んで、昼飯に4000円もかかっているときがあっても、マンガやドラマには夢があったほうがいいでしょ? 弱点もあったほうがいいから、下戸なんです。

第16話「東京都豊島区池袋のデパート屋上のさぬきうどん」より (c) 久住昌之・谷口ジロー/扶桑社
――テレビドラマは、マンガとは店や内容を変えているんですよね?

『孤独のグルメ Season3』テレビ東京系列にて9月25日まで毎週水曜夜11:58〜 主演/松重豊
http://www.tv-tokyo.co.jp/kodokunogurume3/index.html
ドラマ化にあたり、店に迷惑をかけたくないので、マンガのモデルになった店は使わないようお願いしたんです。制作スタッフが新たに探していますが、思うような店がなかったり、撮影を断られたり、苦労しているようです。ドラマは、プロデューサーが10年前からドラマ化したいと言い続けて、昨年やっと実現したんですよ。僕は音楽と、脚本を読んで井之頭五郎のセリフを直しています。ドラマ本編後の「ふらっとQUSUMI」では、初めてお店におじゃましています。あれで、いつも酒を呑んでいる人だと思われるようになって(笑)。1日に数軒撮影するので、呑んでいるのはカメラを回すときだけなんですよ。
――放映の後、お店に行列ができたりしていますね。
常連さんが入れなくなっちゃうのは申し訳ないですね。うれしかったのは、DVD特典映像で、店の方々が「いやあ、まいりましたよ」と言いながら笑っていたこと。お客も、五郎のように静かで礼儀正しいそうで。五郎はうんちくを語らないでしょ。今、ブログなどで評論みたいなのが多いけれど、店に入ったらその店に従うのが「旅行者」の礼儀ですから。
平日の昼間に楽しみたい近場の温泉、銭湯 |
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『昼のセント酒』、『ちゃっかり温泉』(カンゼン)
――久住さんが北千住の大黒湯や銀座の金春湯など銭湯に行く『昼のセント酒』、高井戸温泉や深大寺温泉などに行く『ちゃっかり温泉』。どちらのエッセイも明るいうちに湯に入って一人酒という、後ろめたさもありつつ自由ですね。
多くの人が働いている時間に遊ぶというのが楽しいんじゃないかな。こういうことやりたい、あったらいいなということを実際にやってみる。後で時間がなくて泣くこともありますが(笑)。
――東京の湯は、どんなところに惹かれますか?
いろんな人がいること。今は朝湯を取材しているんですが、御徒町の燕湯は朝6時からやっていて、サラリーマンが出勤前に入って行ったり、営業前にひとっ風呂浴びてから出かけて行ったり。女湯はどうなのかわからないから、今度、女性のマンガ家さんと組んで書くかもしれないです。
――街なじみの銭湯では新参者はちょっと緊張しますが、『孤独のグルメ』のように「いざ勝負」という気持ちにもなりますね。
何も勝負じゃないのにね(笑)。口に出さずとも心の中で思ってしまうのが可笑しい。遠くに行かなくても、近くに面白い場所がまだまだあると思いますよ。
インタビュー・文/白坂ゆり