東京国立博物館で開催された「ポンペイ」展(2022年1月14日~4月3日)。音声ガイドでは、ポンペイの街角で出会った二人の若者、マルクスとリベリウスに扮した声優の小野賢章さんと小野友樹さんが展覧会をナビゲートします。制作を担当する藤原由美さん、高橋茜さん、会場で音声ガイド機器の貸し出し等のオペレーションを担当する江川いずみさんに話を伺いました。
音声ガイドってどうやって作っているの?
音声ガイドのススメ
No.001美術館や博物館では定番となった音声ガイド。アート鑑賞のひとときをより贅沢で豊かなものにするツールですが、最近では人気の声優や俳優などを起用したり、会場に行かずともガイドを聞くことができるアプリが開発され、ますます進化し、人気を博しています。
コラムの新シリーズ「音声ガイドのススメ」では、音声ガイドの制作者などにインタビューし、アートを「聴く」楽しみ方を掘り下げていきます。第一弾は、年間50本近くの音声ガイドを制作する株式会社アコースティガイド・ジャパンに、音声ガイドをどのように作っているのか、制作の裏側を伺いました。
作品を耳で楽しむ
――お二方の声優が当時の若者に扮し、2000年前のポンペイの街をめぐるという設定により、スッと展覧会の世界に入り込むことができました。今回の音声ガイドを例に、制作のプロセスをお伺いしていきたいのですが、どのようなチームで動かれているのですか。
藤原由美(以下、藤原) 当社では、原稿制作から音声収録まで主に一人で担当しています。今回のポンペイ展では高橋が担当しました。
高橋茜(以下、高橋) 展覧会開幕の3〜4ヶ月前くらいに依頼をいただいて、それからどのようなガイドにしていくか、ナレーションは誰にするかなど、主催者と協議しながら企画をたてます。「ポンペイ」展では、東京国立博物館の研究員さんや朝日新聞社、NHKプロモーションなどと企画を詰めていきました。
――今回は約20作品分の解説で、時間にするとトータルで約35分。短期間で仕上げられていることに驚きました。
高橋 音声ガイドは展示ありきのものですが、展覧会のテーマや軸、見どころがある程度固まった状態でないと動き始められないところがあります。早くても展覧会開幕の半年〜3ヶ月前に始まることが多いです。
――ナレーターは、どのように決めていくのですか。
高橋 何かしら展覧会のテーマと接点がある方を起用したい、というのはあります。今回の場合は、最初の段階でストーリー仕立ての演出とすることや、二人のキャラクターを立たせる計画がありましたので、そこからナレーションをどなたにお願いするかを主催者と考えていきました。過去に小野賢章さんがポンペイを舞台にした作品に出演されていたことや、仲の良い友人同士のキャラクターが掛け合いをする設定なので、何度か共演経験がある小野友樹さんにお願いしたい、ということでお二人にお声がけしました。最近はナレーターさんを想定して台本を当て書きすることも多くなっています。
目ではなく、耳に届けるコンテンツを作る
――そこから構成や台本を作られていくのですね。図録に掲載される原稿や、展示の作品解説などを参考に土台を作られるのでしょうか。
高橋 図録や作品解説を参考にしながらも、まったく同じにならないよう独自にリサーチした情報を織り交ぜて作ります。それがおよそ展覧会開幕の2~3ヶ月前です。原稿のベースを、展示の分野に詳しいライターさんに書いてもらい、そこから肉付けをしたり文献と照合し、より充実した内容となるよう調整を重ねます。できた原稿は博物館の担当研究員や監修の先生に校正していただき、整えていきます。
――どの作品に音声ガイドをつけるかは、展覧会場の配置や動線とも関係しますよね。
高橋 ガイドをつける作品は展覧会の担当研究員や主催者が選びますが、こちらが提案することもあります。ガイドにクイズを盛り込むこともあり、「ポンペイ」展では東京国立博物館の担当研究員の方々が考えてくださいました。
――台本を作る上で心がけていることはありますか。それぞれの解説が端的にまとめられていて、難しい内容も理解しやすいように工夫がされていました。
高橋 文字として読む原稿とは、気をつけるポイントがかなり違うのではないかなと思います。耳で聴くと同じ音に聴こえる同音異義語を使うことを避けたり、なるべく耳馴染みのある言葉を使うようにしたり。主語に修飾語が多いとわかりにくいので、長くならないよう区切ったり。声に出して読んだときのリズムにも気をつけています。
――台本ができてナレーションを収録するとき、現場で調整することもありますか。
高橋 実際に読んでもらって、ナレーターさんの声の雰囲気や間の取り方が台本にあっていないときは、その場で調整することもありますね。
――音声ガイドには音楽や効果音も入っていて、すっかり世界に没入してしまいます。こういった音は、ナレーション収録のあとに入れるのでしょうか。
藤原 音声の編集や音楽の挿入などをミックス作業と呼んでいますが、それがだいたい展覧会開幕の数週間前です。設営中に展示内容が変わることもありますので、対応できるようにも作業しています。BGMや効果音を入れるタイミング、間の取り方、音の大きさなど、細かい調整をしています。
――ミックス作業を経て、いよいよ音声ガイドが完成するわけですね。
江川いずみ(以下、江川) 最終チェックは展覧会の会場で行います。音声ガイドの番号と作品番号を照合し、齟齬がないかをチェックします。展覧会の内覧会か、その前日におこなうことが多いですね。
深まっていく、展覧会の楽しみ方
――コロナ禍で音声ガイドの利用状況に変化はありましたか。
江川 以前は、上野ですと博物館と動物園をはしごする方がいたり、六本木だったらお買い物のついでにふらっと美術館に寄ったりという方も多かったと思います。ですが、コロナ禍で展覧会の入場者数が制限されたり、あらかじめ予約しなければならなかったりするので、展覧会だけを目的に来られる方が多くなりました。音声ガイドを聴きながらじっくり展示を楽しんで、そのあとはグッズを買ったりお茶を飲んだり。1日美術館でゆったり過ごすお客さんが増えたように思います。
――制作のお仕事の醍醐味について伺えたらと思うのですが、これまで担当されたガイドのなかで特に印象に残ったものはありますか。
藤原 私はどのようなコンテンツになったら面白いかなと、企画を練るのが好きです。「大英博物館 ミイラ展」(2021~22年)では、「6体のミイラから紐解く、6つの物語」をテーマに、それぞれの物語に合うエスニックな音を探したり、ナレーションの演出を考えるのも楽しかったです。会場や展覧会によって、来場されるお客さんも変わってきますので、どんな方が聴いてくださるかなとイメージしながら、展覧会の個性に合わせて考えていきます。
―歴史や科学、美術、サブカルチャーなど扱われる分野もいろいろですよね。ご専門によって担当が分かれることもありますか。
藤原 スタッフの得意分野も活かしていますが、必ずしも専門に分かれてというわけではありません。私が最近担当したものだと、「ハリー・ポッターと魔法の歴史展」(2021~22年)や「ボストン美術館所蔵 THE HEROES 刀剣×浮世絵」展(2022年)など、ジャンルも様々です。
――江川さんと高橋さんはいかがでしょうか。
江川 都内に限らず、2、3ヶ月の間隔でいろいろな会場を回り、機器の貸し出しや運営を担当しています。さきほど藤原も言っていましたが、展覧会によってお客さんの層も変わってきますので、日々いろいろな方と接することがとても楽しいですね。
高橋 私は、作った台本が声になった時が嬉しいですね。「ポンペイ」展はキャラクターを設定するなど大きな演出をしていますが、逆に淡々と作品を解説していくようなオーソドックスなスタイルを好まれる方もいますし、ニーズはさまざまです。以前担当した「国宝 鳥獣戯画のすべて」展(2021年)は、ナビゲーターとキャラクターの会話形式のガイドでしたが、年配の方にも楽しんでいただけました。固くならないようなガイドにしたいと思いながらも演出に頼るばかりではなく、作品の情報や背景をきちんと伝えていけたらと思っています。
藤原 展覧会に来られない方や、帰ってからも楽しみたい方のために「聴く美術」というアプリも用意しています。会場で聴けるガイドのほか、例えば「ポンペイ」展だとボーナストラックとして、キャラクターのサイドストーリーをお聴きいただけます。画面に作品の図版も出ますので、好きな場所で展覧会を楽しんでいただければ嬉しいです。コロナ禍で大変なこともありますが、新しい展覧会の楽しみ方も生まれてきていますね。
Text: 佐藤恵美
Photo: 齊藤幸子
株式会社アコースティガイド・ジャパン
1957年にアメリカで創業した、音声ガイド・マルチメディアガイドをプロデュースするアコースティガイド社の日本支社。1998年に設立。