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聴く美術

音声ガイドのススメ

No.002
アプリ「聴く美術」(コンテンツ内有料)をダウンロードすると、自宅でも展覧会が楽しめる Photo: 齊藤幸子

シリーズ「音声ガイドのススメ」では、音声ガイドの制作者などにインタビューし、アートを「聴く」楽しみ方を掘り下げていきます。


第2回は、どこでも展覧会を耳で楽しめる、音声ガイドアプリ「聴く美術」。2019年に株式会社アコースティガイド・ジャパンがリリースしたこのアプリが、コロナ禍で展覧会が中止等に見舞われたことにより、美術ファンの注目を集めています。2021年秋からは「伝説の音声ガイド」と呼ばれた2016年開催の「ゴッホとゴーギャン展」の音声を期間限定で配信しています(2022年4月末まで)。そこにはどのような物語があったのでしょうか。このアプリの開発を担当した星埜聡美さん、「ゴッホとゴーギャン展」音声ガイドの制作を担当した上村夏実さん、各地で開催した「ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」の制作を担当した高橋茜さんにお話を伺いました。


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2022.04.18

自宅でも電車でも楽しめる、音声ガイド

――コロナ禍で展覧会を観に行くことが難しくても、自宅で作品のガイドを楽しむことができるアプリは、社会情勢に即した需要もあると思いますが、「聴く美術」はなぜ生まれたのでしょうか。

星埜  アプリ「聴く美術」の構想自体は、実はコロナ禍の前にさかのぼります。家や電車の中でも音声でアートを楽しめたらと、201912月にリリースしたサービスです。これまでも音声ガイド向けのアプリは制作してきましたが、一つのアプリの中で様々な音声ガイドを聞くことができるものを作る試みは弊社では初めてでした。

最初に配信したのは今も公開中の「おはなしゴッホ」。アコースティガイドのオリジナルコンテンツで、声優の小野大輔さんをフィンセント・ファン・ゴッホ役に迎え、ゴッホ自らが語る波乱万丈の人生を絵本の形式で楽しむことができます。

「おはなしゴッホ」アプリ画面イメージ(https://www.acoustiguide.co.jp/kiku-art/より)

上村  「おはなしゴッホ」からスタートしたきっかけは、2016年に開催された「ゴッホとゴーギャン展」(東京都美術館)の音声ガイドの反響が大きかったことでした。「聴く美術」のリリースと同じ頃に、上野の森美術館と兵庫県立美術館で「ゴッホ展」が開催され、そちらはゴッホの弟・テオの目線で、声優の小野賢章さんが語る音声ガイドを作りました。会場で聞く音声ガイドに呼応するようなオリジナルコンテンツを意識して、制作しました。

――リリース後の反響はありましたか。

星埜  音声ガイドを借りる経験がなかった方も、ご自身のスマホで気軽にダウンロードできますので、好きな時に自分のイヤホンで楽しめる点など非常に好評をいただいています。2021年に奈良国立博物館・東京国立博物館で開催された「聖徳太子と法隆寺」展など、歴史的な専門用語や聞き慣れない単語の多い展覧会では、「聴く美術」でまず予習をしてから会場にいらっしゃって、さらに家に帰ってからも図録を読みながら一緒に聴くというふうに、予習に復習に、盛りだくさんな楽しみ方をしているかたも多くいらっしゃいました。2021年の秋から開催している「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」(国立科学博物館、神戸市立博物館に巡回)のような科学的な展覧会ですと、家に帰ってからもお子さまと一緒に繰り返し聴かれる方もいるようです。こうした楽しみ方をお客さまから教わることも多く、もっとお子さまと楽しめるガイドを作っていこう! など、今後のコンテンツ作りのヒントにもなっています。

――アプリの開発にあたり、どのようなところを工夫されましたか。

星埜  「聴く美術」では美術鑑賞の邪魔をしないことを第一に、シンプルな機能にしぼっています。操作も直感的にわかりやすく、ボタンの大きさなど、細かいところでより多くの人がストレスなく使える工夫をしています。

伝説の音声ガイドを再び

――「聴く美術」では、基本的に展覧会の開催に合わせてコンテンツがリリースされるなか、2016年に東京都美術館で開催された「ゴッホとゴーギャン展」の音声ガイドが、202111月よりアーカイブ配信されています。なぜ再リリースとなったのでしょうか。

高橋  「ゴッホとゴーギャン展」の音声ガイドは反響が大きく、お客さまに「伝説の音声ガイド」といっていただいています。「あのときのゴッホとゴーギャンのガイドが良かったよね」と、5年ほど経ったいまでもSNSで感想をいただくこともあり、スタッフたちと「またみなさんに聴いていただけたらいいね」と話していたのですが、今回満を持して、「ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」の開催記念としてアーカイブ配信が叶いました。

――なぜ「伝説の音声ガイド」といわれたのでしょうか。

上村  一番に「ゴッホとゴーギャン展」の展覧会がすばらしかった、ということがあります。作品があって、展覧会があって、そのうえで音声ガイドができあがりますから。ゴッホとゴーギャンの2人を取り上げ、お互いが関係することでどのように作品や人生が変わっていくのかを主題にした展覧会はこれまでなかった切り口で、話題になりました。音声ガイドも2人を主人公にしたドラマ仕立てで作りました。最近では声優や俳優に役をあてたストーリー仕立てのガイドはよくみられますが、当時は珍しい試みでした。

――そのアイデアはどのようなところから生まれたのでしょうか。

上村  展覧会では2人の人間性にも焦点を当てていたので、音声ガイドでできることを考えた結果、ゴッホとゴーギャン役をそれぞれ立てることを企画しました。ゴッホとゴーギャンは、師弟でも友人でもあり、ライバルでもあり、兄弟のような存在で、お互いに影響し合います。そのつながりを感じられる人を起用したいと、主催者さまとも相談して、たびたび共演経験もある声優の小野大輔さんと杉田智和さんにお願いしました。台本はゴッホとゴーギャンの当時の手紙などをもとに作っていますが、原文からさまざまな翻訳書まで、あらゆる文献から耳に心地よい言葉を選んでいきました。

――音声ガイドの収録をするなかで大事にしていること、小野さんや杉田さんとの心に残るエピソードなどあれば教えてください。

上村  ゴッホやゴーギャンが生きていた時代と、描かれた作品を観るお客さんの間には100年以上の時間が流れているわけですが、音声ガイドでは、音を通してその時間をいかに埋めるかということを意識しています。かつて、手を動かしてその絵を描いた人がいたことを、立体的に感じてもらえたらとても嬉しいです。

小野さんや杉田さんともご相談しながら収録しました。例えば、ゴッホとの別れの場面でゴーギャンが「心からの握手を。あなたの、フィンセント」と言うセリフがあります。これは実際の手紙から引用した言葉ですが、「『あなたの、』の『、』を意識して読んでほしい」と収録のときに小野さんにお伝えしました。「、」のブレス(息継ぎ)が入ることで、言葉の深さがまったく違ってきます。またゴーギャンの場合は、はじめはゴッホとすれ違い、冷たい温度感の声からはじまります。ですがゴッホが亡くなったあとゴーギャンが1人で語るときには、まろやかで温かみのある声に変化しているように、杉田さんに声のトーンを変えていただきました。

収録風景

――細部までこだわってつくっているのですね。小野さんの声で、ゴッホのイメージが少し変わりました。

上村  ゴッホ役とゴーギャン役が反対のイメージだった、という利用者の感想もありました。ゴッホは「炎の人」「情熱的な人」というようなイメージをもつ方もいらっしゃると思いますが、創作や周囲の人に対して、とてもまっすぐでピュアな心を持っていたのかもしれません。この音声ガイドでは、そういったゴッホの姿を小野さんに表現していただけました。開催中の「ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」では、また違ったゴッホの側面も楽しめると思います。

――「聴く美術」で、今後リリースする予定のコンテンツを教えてください。

高橋  大阪中之島美術館で202249日より開催の展覧会「モディリアーニ──愛と創作に捧げた35年」の準備をしています。そのほかも続々配信予定です。ぜひ楽しみにしてください。

Text: 佐藤恵美

公式音声ガイドアプリ「聴く美術」

https://www.acoustiguide.co.jp/kiku-art/

「ゴッホとゴーギャン展」
20224月末まで期間限定配信中!(有料)
ゴッホ役:小野大輔/ゴーギャン役:杉田智和
作品解説:堀井美香(TBSアナウンサー)※2016年制作当時
そのほか、期間限定のコンテンツが多数ありますので、お早めにチェックを!

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