――「聴く美術」では、基本的に展覧会の開催に合わせてコンテンツがリリースされるなか、2016年に東京都美術館で開催された「ゴッホとゴーギャン展」の音声ガイドが、2021年11月よりアーカイブ配信されています。なぜ再リリースとなったのでしょうか。
高橋 「ゴッホとゴーギャン展」の音声ガイドは反響が大きく、お客さまに「伝説の音声ガイド」といっていただいています。「あのときのゴッホとゴーギャンのガイドが良かったよね」と、5年ほど経ったいまでもSNSで感想をいただくこともあり、スタッフたちと「またみなさんに聴いていただけたらいいね」と話していたのですが、今回満を持して、「ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」の開催記念としてアーカイブ配信が叶いました。
――なぜ「伝説の音声ガイド」といわれたのでしょうか。
上村 一番に「ゴッホとゴーギャン展」の展覧会がすばらしかった、ということがあります。作品があって、展覧会があって、そのうえで音声ガイドができあがりますから。ゴッホとゴーギャンの2人を取り上げ、お互いが関係することでどのように作品や人生が変わっていくのかを主題にした展覧会はこれまでなかった切り口で、話題になりました。音声ガイドも2人を主人公にしたドラマ仕立てで作りました。最近では声優や俳優に役をあてたストーリー仕立てのガイドはよくみられますが、当時は珍しい試みでした。
――そのアイデアはどのようなところから生まれたのでしょうか。
上村 展覧会では2人の人間性にも焦点を当てていたので、音声ガイドでできることを考えた結果、ゴッホとゴーギャン役をそれぞれ立てることを企画しました。ゴッホとゴーギャンは、師弟でも友人でもあり、ライバルでもあり、兄弟のような存在で、お互いに影響し合います。そのつながりを感じられる人を起用したいと、主催者さまとも相談して、たびたび共演経験もある声優の小野大輔さんと杉田智和さんにお願いしました。台本はゴッホとゴーギャンの当時の手紙などをもとに作っていますが、原文からさまざまな翻訳書まで、あらゆる文献から耳に心地よい言葉を選んでいきました。
――音声ガイドの収録をするなかで大事にしていること、小野さんや杉田さんとの心に残るエピソードなどあれば教えてください。
上村 ゴッホやゴーギャンが生きていた時代と、描かれた作品を観るお客さんの間には100年以上の時間が流れているわけですが、音声ガイドでは、音を通してその時間をいかに埋めるかということを意識しています。かつて、手を動かしてその絵を描いた人がいたことを、立体的に感じてもらえたらとても嬉しいです。
小野さんや杉田さんともご相談しながら収録しました。例えば、ゴッホとの別れの場面でゴーギャンが「心からの握手を。あなたの、フィンセント」と言うセリフがあります。これは実際の手紙から引用した言葉ですが、「『あなたの、』の『、』を意識して読んでほしい」と収録のときに小野さんにお伝えしました。「、」のブレス(息継ぎ)が入ることで、言葉の深さがまったく違ってきます。またゴーギャンの場合は、はじめはゴッホとすれ違い、冷たい温度感の声からはじまります。ですがゴッホが亡くなったあとゴーギャンが1人で語るときには、まろやかで温かみのある声に変化しているように、杉田さんに声のトーンを変えていただきました。