――今日は冨永さんご出演の東京文化会館「モーニングコンサート納涼スペシャル〈夜〉」を、蓮沼さんに鑑賞してきいただきました。いかがでしたか?
東京文化会館 モーニングコンサート納涼スペシャル〈夜〉
アーティスト/蓮沼執太さん×ピアニスト/冨永愛子さん[前編]
異分野×アーティスト
No.001音楽が生まれ、奏でられ、人々に届くとき、
そこでは何が起きている?
異なるフィールドで活躍する2人が、率直に語り合います。
アーティスト/蓮沼執太さん×ピアニスト/冨永愛子さん[前編]
東京文化会館 モーニングコンサート納涼スペシャル〈夜〉
ピアニストの冨永愛子(とみなが・あいこ)さんは幼いころからクラシック音楽の研鑽を積み、いま大きな注目と期待が集まる存在。一方の蓮沼執太(はすぬま・しゅうた)さんは、音大などとは異なる世界から独自の音づくりへ進み、既存の枠組みに収まらない創作で知られる音楽家。初対面となるお二人の新鮮な対談をお届けします。
蓮沼 初めて冨永さんの演奏を聴いて、すごく物語的、映像的だと感じました。一曲ごとに表情が変わるコントラストが素敵で、マリンバ奏者の岩見玲奈さんとのステージはパフォーマティブでもある。音だけでは伝わらない魅力がありました。
冨永 生演奏ならではの魅力がお届けできたとしたら、すごく嬉しいです。
蓮沼 この東京文化会館は前川國男の設計で、小ホールは独特の音響空間や距離感も良いですよね。ピアノとマリンバが織りなす豊かな響きがフワっとこちらに届くようで、まさに視覚的な感じで楽しめました。
冨永 ありがとうございます。蓮沼さんもピアノや鍵盤楽器をよく弾いてらっしゃいますよね。
蓮沼 ただ、僕の音楽の入口はフィールドレコーディングだったんです。あちこちに出かけて環境音を録るんですね。そうしてこの世界にある音を、曲の一部にするような試みが出発点。なので音楽を「つくる」意識のほうが強く、冨永さんのような演奏家の前では「ピアノ弾いてごめんなさい」みたいな感じも。
冨永 いえ、そんな(笑)。ただ、私たちにとってはまず大前提に楽譜があります。そこから自分のフィルターを通して、作曲家が表現したかったものを考え、演奏につなげる。そこは蓮沼さんとは全く違いますね、きっと。
蓮沼 そうした際も、プログラムづくりは作曲家の意図と別に、コンサートごとにあると思うんです。今日の選曲はどのように考えたのですか?
冨永 この「モーニングコンサート」シリーズは、クラシック初心者にも楽しんでいただける企画です。内容も、500円という料金もそうですね。そこで、必ず親しみやすい曲を入れることが求められます。今回ならクライスラーの「愛の悲しみ」「愛の喜び」がそうですね。
蓮沼 ラストは意外にも、現代音楽の一柳慧(いちやなぎ・とし)さんがクラシックの有名曲をモチーフにした「パガニーニ・パーソナル~マリンバとピアノのための~」でした。これも「親しみやすさ」の変化球? 切れ味の鋭いフォークみたいな。
冨永 (笑)。クラシック好きな方にも、玄人ならではの楽しみ方をしていただけたらと思って。コンサートにおけるプログラムの流れは、コース料理の考案にも似ている気がします。
蓮沼 料理ですか?
冨永 今回だと、最初の曲は軽めで耳なじみもよい「マリンバ・ソナタ」(ピーター・タナー)。マリンバという楽器がモーニングコンサートに初登場なので、その魅力をしっかり届けたかったんです。続くサン=サーンスの曲は、本来はヴァイオリンをフィーチャーしたものに、ピアノとマリンバで挑みました。私のソロでお届けした「愛の悲しみ」「愛の喜び」はヴァイオリンの有名曲ですが、今回のラフマニノフ編曲による強烈なピアノ・バージョンは余り知られておらず、難度も高いものです。ラストの一柳さんの曲は、いわば鮮烈な創作料理の趣きでしょうか
蓮沼 演奏する側にも、チャレンジがある。
冨永 はい。演奏家もスリルを楽しんでいる、そんな音楽を届けたくて。さらに今回は、音大時代の同級生で、存在感も強烈な岩見さんとの共演なので、互いのキャラクターをぶつけ合おうとなりました。「納涼」と冠していただいたのはあえて忘れ(笑)、火花をバチバチ散らしたいというか。
蓮沼 火花が花火になって……結果的に納涼?
冨永 あ、そうか(笑)。良かったです!
蓮沼 そうしたシーンで「人となり」が伝わってきますよね。それが音の響きと重なり合う光景に、僕らも導かれるような場面が幾度もありました。ライブでは演奏側はもちろん、観る側にもコンディションがある。お客さんもノッてくると、曲の微細なところを豊かに感じられるようになったりします。オーディエンスがひとつになっていくなか、僕もアンコールの見せ場では、「おお~っ」となりました。
冨永 私も皆さんの反応を感じました。あと、たまに笑い声が聴こえると「岩見さんが面白いことやったな」とか(笑)。そうした響き合いも「演奏」の一部なのでしょうね。特にピアニストは、演奏環境のみならずピアノも会場ごとに変わるので、曲が一緒でも演奏は違うものになります。そのなかで毎回、作曲家の世界観を自分なりに伝えたいという気持ちで臨んでいます。
蓮沼 (うなずきながら)そうなると、クラシックとはいっても「いま」生まれ、「いま」鳴っている音楽になる。とてもコンテンポラリーなアプローチですよね。その蓄積がクラシック音楽という世界を作っている。改めてそのことを感じました。「モーニングコンサート」も今年末に100回を迎えるそうで、長く続くなかでも今回のように挑戦的な試みができると、より充実していくのではないでしょうか。
冨永 ちなみに今回の企画は、もともと岩見さんと自主企画で始めたものを東京文化会館の方が聴いてくださり、実現した経緯もあるんです。挑戦的な試みといえば、今度は蓮沼さんの展覧会を私が観に行かせてくいただくことになり、今から楽しみにしています。そのときにまたぜひ、お話の続きを!
――次回は冨永さんが蓮沼さんの作り出す「音楽の展覧会」を聴きに行きます。
構成:内田伸一
東京文化会館
1961年に開館。以来、オペラ、バレエ、クラシックコンサートなどを開催。2005年から始まった「モーニングコンサート」は公演回数が100回に迫る人気シリーズ。東京音楽コンクール受賞者による演奏を500円で聴くことができる。クラシック初心者でも気軽に楽しめるプログラムが工夫されている。
http://www.t-bunka.jp
冨永愛子(とみなが・あいこ)
1987年、神奈川県生まれ。東京音楽大学ピアノ演奏家コース卒業、ドイツ国立エッセン・フォルクヴァンク芸術大学・プロフェッショナルパフォーマンスコース(修士課程)修了。2008年、第6回東京音楽コンクールピアノ部門 第1位。レパートリーはバロックから現代まで幅広い。
蓮沼執太(はすぬま・しゅうた)
1983年、東京都生まれ。コンサート公演をはじめ、映画、演劇、ダンス、音楽プロデュースなどでの制作多数。近年では、作曲という手法を様々なメディアに応用し、映像、サウンド、立体、インスタレーションを発表。最新アルバムに『メロディーズ』(2016)、シアターピース『TIME』(神奈川芸術劇場・KAAT)。主な個展に『have a go at flying from music part3』(東京都現代美術館 ブルームバーグ・パヴィリオン 2012)など。
http://www.shutahasunuma.com