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2年越しに開幕! まぼろしの展覧会を音声ガイドで支える

音声ガイドのススメ

No.003

シリーズ「音声ガイドのススメ」では、音声ガイドの制作者などにインタビューし、アートを「聴く」楽しみ方を掘り下げていきます。


新型コロナウイルスの影響により開催中止となった「ボストン美術館展 芸術×力」が、約2年の時を経てこの夏、開幕しました。2020年夏、緊急事態宣言を受けてあらゆるイベントが中止となる中、アプリ「聴く美術」で本展の音声ガイドが期間限定配信され、話題となりました。シリーズ第3回は、その舞台裏について、企画制作を担当した株式会社アコースティガイド・ジャパンの上村夏実さんに話を聞きました。


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2022.08.04

収録当日に「予定通りの開催ができないかもしれない」

――2020年4月に東京都美術館で開催予定だった「ボストン美術館展 芸術×力」ですが、開幕の約1ヶ月前に開幕延期が決定、その後、中止が決定されました。音声ガイドの準備も進められていた中だったと思います。

上村夏実(以下、上村):予定通り開催ができないかもしれないと聞いたのが、なんと音声ガイド収録の当日だったんです。収録のためにスタジオに入って、さあ収録に臨みましょう、というタイミングで、主催の方から聞きました。アメリカからの作品輸送が難しいということで、止むを得ない事情ではあるのですが……。

――その時どのようなお気持ちでしたか。そこで収録自体が中止になる可能性もあったのでしょうか。

上村:やはりショックでした。私たち音声ガイドのスタッフだけではなく、展覧会に関わるすべての方々が残念な思いでしたし、辛かったと思います。ナレーターを務めた声優の鈴村健一さんと櫻井孝宏さんにも、予定通り開催できない可能性をその場でお伝えしました。「今から収録の予定ですが、実は……」と。お二人はびっくりされながらも「いつかきっと展覧会が実現して、お客さんに届けられる日が来るから、収録を一緒に頑張りましょう」と励ましてくださり、救われる思いでした。今日収録してもお蔵入りになってしまうかもしれない、という不安もありましたが、お二人の言葉も後押しとなり、収録は実施しました。

アプリや音声ガイド機のUIデザインの打ち合わせ。右はプロジェクトマネージャーの上村夏実さん。左はデザイナーの田代祐子さん Photo: 齊藤幸子

開催中止にもかかわらず、アプリや動画での配信

――その後、開催中止が決定。収録した音声は約2ヶ月後にアプリでの音声配信やHuluでの動画配信がされました。

上村:たくさんの方々のご協力を得てアプリ「聴く美術」で配信しました。また、主催の日本テレビがボストン美術館で作品を撮影した映像がありましたので、音声ガイドと合わせて特別番組をつくりHuluで配信しました。自宅でも展覧会を楽しめるように、という思いで制作しましたが、展覧会が開催されず音声ガイドだけが配信されるケースは、私も初めての経験でした。

2020年に展覧会が休止後も「聴く美術」で音声ガイドだけは配信が続けられていた(配信期間:2020年6月20日~2021年1月17日)。現在、2022年度版を再び配信中

――配信の反響はありましたか?

上村:「中止はとても残念だったので、配信を楽しむことで美術館に行ったような気分が味わえてうれしかった。元気がでました」というお声を多くいただきました。2020年当時はイベントの中止や延期が相次いでいましたので、そんな日々の中の楽しみを生み出せたことがうれしかったですね。それまでは音声ガイドは会場限定で一過性のものでしたが、展覧会に行かなくても楽しめる、新たな可能性が広がったと思います。日常生活の中に音声ガイドが入っていくことができたのは、私たちにとっても小さな一歩でもありました。

「見る」を尊重した音声ガイド

「ボストン美術館展 芸術×力」が東京都美術館にて2年振りについに開幕

――今回の音声ガイドの内容としては、一つの作品に対して、「オモテガイド」「ウラガイド」といった2種類の解説があるという珍しい構成ですよね。

上村:オモテガイドを鈴村さん、ウラガイドを櫻井さんが担当されています。オモテガイドでは、まずはわかりやすい見どころや、作家や制作された時代などの基本的な情報をしっかりとお伝えしています。そのあと「チリンチリン」という音のあと、ウラガイドでは作品に隠されたストーリーを聴くことができます。
たとえば、青と黄色のとても美しい中国の宮廷服「龍袍(りゅうほう)」には、その名の通り、龍などの様々な文様があしらわれています。オモテガイドでは、「龍袍」とは何か、その色が持っている意味は何か、といった情報を鈴村さんが説明すると、ウラガイドでは「龍はどこに何匹隠れているでしょうか?」など、パッと見ただけではわからない情報を問いかけています。鈴村さん、櫻井さんのお2人は共演されたご経験も多く、同じ事務所。全く違う声質ですが、調和する声質でもあり、オモテとウラという構成にピッタリだと思いお声がけしました。鈴村さんの声はとても聴きやすく、スッと情報が入ってきますし、また櫻井さんの声は優しくもどこか「ウラ」感がありますよね(笑)。

「ボストン美術館展 芸術×力」(東京都美術館)の会場の様子

――オモテとウラの両面で紐解くという構成は、どのように思いつかれたのでしょうか。

上村:今回の展覧会のテーマは「芸術×力」です。150年ほど前に設立されたボストン美術館の膨大なコレクションのうち、それらを築いた権力者やパトロンに焦点を当て、なぜこうした美術品がつくられたのか、集められたのか、名品に秘められたストーリーが主軸です。パッと見ただけではわからないけれど、確かにそこにあった歴史やものがたり。それらを来場者のみなさんに感じていただくために、まずはオモテの解説で作品をじっくり見ていただき、そのあとにウラの解説でプラスアルファの情報を語りかけることで、作品について考えていただく余白をつくることができたらと思いました。

――収録時には、お二人に何かリクエストをされましたか。

上村:ほとんどありませんが、鈴村さんのパートはしっかりと情報を伝えていただくことをお願いしました。櫻井さんの方は物語が多いので、柔らかく語りかける感じや、ユニークさも出していただきました。

伝 狩野永徳《韃靼人朝貢図屏風》桃山時代、16世紀後半 ボストン美術館蔵

――2年越しの展覧会開催にあたり、音声ガイドも再収録などはあったのでしょうか。

上村:作品の変更が若干生じたので、その部分は再収録しています。また、アプリ「聴く美術」だけで聞いていただけるボーナスコンテンツを新たにつくりました。

――初めて聴く方も、すでに配信で聴かれた方も楽しめる内容になっているのですね。最後に、音声ガイドの企画制作を通して、今後の展望などをお願いします。

上村:展覧会が中止になる中で音声ガイドの配信をし、反響をいただいた経験は「音声ガイドには何ができるんだろう」と考える機会になりました。近年、音声ガイドは「展覧会の作品解説」という役割を超えて、新たなエンタテインメントとしても発展しています。また、アプリなど、技術が発達してみなさまの手元に届けやすくなり、コンテンツのあり方も変わってきました。
ですが、やはり軸にすべきは作品や展覧会。そこから離れず、いかにみなさんにより身近に感じていただけるか、聞く意味のあるものにできるかが、私たちの腕の見せ所。その部分を決して怠たらないよう、心を込めて制作していきたい、と考えています。

株式会社アコースティガイド・ジャパン 上村夏実さん    Photo: 齊藤幸子

Text: 佐藤恵美

ボストン美術館展 芸術×力
会期:2022年7月23日(土)〜10月2日(日)
会場:東京都美術館
開室時間:9:30-17:30、金曜は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)
休室日:月曜、9月20日(火)※ただし8月22日(月)、29日(月)、9月12日(月)、19日(月・祝)、26日(月)は開室
※日時指定予約制
https://www.ntv.co.jp/boston2022/

音声ガイド「ボストン美術館展  芸術×力」
オモテガイド:鈴村 健一(声優)                                          ウラガイド:櫻井 孝宏(声優)
番外編:要 潤(俳優)本展オフィシャルサポーター
※展覧会開催期間中はアプリ「聴く美術」でも配信!
https://www.acoustiguide.co.jp/kiku-art/

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