今回の法律キーワード
【過失割合】
当事者双方にどれぐらい責任があるかを数値で表したもの。
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今回の相談は「個展会場で作品が壊れたら」。鑑賞者が作品を破損してしまった場合、補償はどのように考えればよいのでしょうか。
イラスト:赤池佳江子
協力・監修:Arts and Law
構成:竹見洋一郎
こんにちは。ガラスで作品をつくっているタマ子といいます。いま個展を開催しているのですけど、きのうショックなことがあって……。
タマ子(ガラス作家)
マル山(弁護士)
どうされましたか。
オープニングでお客さまの一人が作品を手にとって鑑賞していて、混んでいたこともあったのですが手を滑らせて作品を落としてしまいました。作品は木っ端みじんに。故意ではありませんし、その方に弁償してもらうのも違うかな、と。かといって私が泣き寝入りするのも嫌です。
タマ子
マル山
なるほど。つらいアクシデントでしたね。
カク田(弁護士)
いっしょに検討していきましょう。こういう場合にはまず「過失割合」を考えます。
今回の法律キーワード
【過失割合】
当事者双方にどれぐらい責任があるかを数値で表したもの。
割合というと、だれがどれくらい責任があるかということでしょうか。
タマ子
カク田
会場となったギャラリー、破損した人、作家の3者が関係するとして、鑑賞者の手が滑って、ということでしたけれども、そもそも作品に触ってよい状況だったのでしょうか。
会場の入口に「作品にお手を触れないでください」と書いてありますが、個々の作品には注意書きはしていませんでした。
タマ子
マル山
それでしたら作家側の過失はないとして、今回はギャラリー側と、鑑賞者との過失割合で考えてよいのではないでしょうか。ただ、基本的にはギャラリー側には作品を安全に保守管理する義務があるだろうと思います。その前提で考えていきましょうか。
ギャラリー側は補償に及び腰なんです。不運だったねという態度で。そうすると、壊した人に弁償を請求できるものでしょうか。
タマ子
カク田
ギャラリー側への対応はあとでもう一度考えるとして、壊した人に直接請求すること自体は法的にも問題ないです。その場合、認められる限度がどれくらいか、ですね。全額が返ってくることは通例ないと思ってください。
壊れた作品は販売価格を50万円。売れた場合の私の取り分(卸価格)は25万円にしていました。
タマ子
マル山
作品の価値づけを高めたいのでしたら、「逸失利益(いっしつりえき)」を考えてもよいかもしれません。その作品が将来的にどれだけの利益を生むのか、将来発生するだろう利益まで奪われたという考え方です。カク田さん、今回は逸失利益に相当しますかね。
カク田
私はむずかしいと思います。逸失利益で一般的なのは、例えば交通事故で後遺障害が残ってしまったケース。その事故がなければ仕事でどれくらい稼働できてどれくらいお金を稼げたかが逸失利益になります。しかし、今回はタマ子さんの失われた著作物を使ってこれからいろんなビジネスができたはず、と言えるかどうか。たらればの話になるので説得力を持たせるのはむずかしいでしょう。
マル山
むずかしいのは、どのような額を請求するにしても、損害を主張するタマ子さんの側が資料を用意して説明しないといけないところですよね。なぜ50万円なのか。
カク田
請求された側からの反論として考えられるのは、「私が壊さなかったとしても、売れなかっただろう」という言い分でしょうね。
えー、ひどい!
タマ子
カク田
ただ現に物理的に壊れているし、そこに対して要した労力があるのは間違いがない。1週間かけて作ったのでしたら、1日の日当を平均いくらと割り出すとか、かかった費用ベースで考えるとか。でもそれが販売価格を満たすのはむずかしいのでは。
アーティストの立場からすると、作品の価値って時給換算じゃないですし、原材料の価格によるものでもないんですよね。ほかのアーティストの作品で、画鋲を画用紙にいっぱい刺して作品としたものもあったし、タンポポの綿を接着剤で固めた作品もあるし、それを原料費で価値を測るのは絶対に違うと思います。
タマ子
カク田
そうすると市場での実績ですね。
私はまだ駆け出しで、そんなに販売例もないです。どうしましょう。
タマ子
マル山
であれば、相場で考えてみるのはどうでしょう。例えばキャリア、過去のコンペでの受賞。あとは最近であればSNS。アーティストとして発信した直近の投稿にどれくらい「いいね」されたかなどです。
ええっ、SNSもですか?わたし、Twitterをやってます。
タマ子
マル山
たとえばタマ子さんに1万フォロワーがあるなら、同じジャンル、同じくらいのフォロワー数のアーティストの作品価格は参考になるのではないでしょうか。
カク田
立証の仕方はいろいろありますね。ただ弁護士としてそういう主張はできるということで、あくまで判断するのは裁判官。しかしアートの価値は非常に難しく、裁判官も判決でいくらと書くのは嫌でしょうね。実際には、「なんとか仲直りできないですか、譲歩できませんか」という話になってくる気がします。
裁判で仲直りを促されることもあるのですね。
タマ子
マル山
裁判官の仕事は、双方が出した資料や証拠に基づいて判断することです。絶対的な価値について、証拠がないものは判断できないということになると思います。後編では今回の事故で検証する別のこととして、会場のギャラリーとタマ子さんとの関係をもう少し考えてみましょう。
Arts and Law
Arts and Law(AL)は、弁護士・弁理士・会計士など有資格の専門家の協働による、芸術・文化・創造的な活動への無料相談窓口を始めとする支援プログラムを企画運営する非営利の任意団体です。
https://www.arts-law.org