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会話がつくる新しい鑑賞体験 白鳥建二さん・佐藤麻衣子さん

SDGs × アート

No.003
白鳥建二さん(右)と佐藤麻衣子さん(左)。3331 Arts Chiyodaにて。

2023年3月、新しい美術鑑賞を提案する本『しゃべりながら観る』が上梓されました。著者は、全盲の美術鑑賞者として鑑賞会などの活動を行う白鳥建二さんと、白鳥さんと長年一緒に鑑賞を続ける友人でアートエデュケーターの佐藤麻衣子さん、通称・マイティ。これまで30以上の展覧会を観てきた二人の鑑賞スタイルは会話をしながら作品を観ること。作品を「しゃべりながら観る」、そのユニークな取り組みについて白鳥さんと佐藤さんにお話を伺いました。


一緒に観る相手で変わる

──お二人が一緒に鑑賞をするようになったきっかけは、水戸芸術館ですよね。

佐藤麻衣子(以下、佐藤):以前私は水戸芸術館現代美術センター(以下、水戸芸)で教育普及担当の学芸員をしていました。働き始めたばかりのころ、森山純子さんという上司が、新人スタッフと白鳥さんを一緒に鑑賞させる、研修のようなものをやっていたのですが、その一環で、ある日森山さんがセッティングして、一人で白鳥さんを案内することになりました。

白鳥建二(以下、白鳥):そうそう、その頃は水戸でマッサージの仕事をしていたのですが、森山さんがお客さんで来ていて「今こんな展覧会、やってるよ」と声をかけてくれて、ちょっと行ってみようかなっていう感じでその都度、誰かスタッフをセッティングしてくれて。そのときは、たまたまマイティだったんだよね。正直、最初の印象はおぼえていないのだけど……。

──白鳥さんからみて佐藤さんはどのような鑑賞をされるのでしょうか。

白鳥:思ったことをバンバン言う。あとは、ちょっと違う視点のことを言ってみようとか、深掘りしてみようとか、ウケをねらうときもある(笑)。

佐藤:私、沈黙が怖いんですよ。だから目に入ったものをバンバン言っちゃっているのかもしれません。でも白鳥さんがそれを受け止めてくれる安心感があるから、というのもありますね。

──白鳥さんは話しやすい雰囲気をつくるのが上手なのですね。

佐藤:白鳥さんって、聞き上手というか、相づち上手なのだと思います。

白鳥:実は流していることも結構あるけどね(笑)。大切なのは「聞いていますよ」という雰囲気を伝えることかな。

佐藤:作品を観ていてなんにも言葉が出てこないこともあるじゃないですか。そういうときも、白鳥さんはその状況を楽しんでいて。むしろ言葉が出てこない方が「この人、困っているな」ってニヤニヤしているというか(笑)。

白鳥:それを楽しみにしてるんだよ。

佐藤:誰かと鑑賞しているときも、白鳥さんは話すことを強要しないんですよね。だから安心感があるのかな。

──どんな作品かというよりも、一緒に観る人がどんな反応をするか、どんな話をするかというのを楽しみにされているんですね。いわゆる作品解説ではなく。

白鳥:そうです。それがどんな反応でもオッケーなんです。でも、せっかく誰かと会話しながら見るのだったら、壁に書いてある作品解説を読むよりも、一緒にいる人の言葉で作品のことを聞いた方がいいじゃない。

佐藤:相手によって言葉が変わる、それが面白いんですよね。白鳥さんはその人の素の言葉にヒットしているんじゃないかなと。

白鳥:時間が限られている中で、自分としてはどうしても作品解説って優先順位が低くなっちゃう。でもそれを嫌っているわけじゃなくて、読んでもらうこともありますよ。パターン化はしていないです。

──美術館での鑑賞には暗黙のルールがありますよね。会話は控えて、作品を前に感想を言い合うことも躊躇する人は多いと思います。たとえば美術館側が「この日は好きなだけ話していい」といったようにルールを決めるのはどうでしょうか。

佐藤:いろんな美術館があって良いと思いますが、裏を返せば、逆にその日以外は話してはいけない、というメッセージにもなってしまいかねません。子供が騒ぐからこの日しか美術館に行けない、となってしまうと残念ですし、美術館側にも多様性があった方がいいですよね。私たちも、多少会話していても注意されなかったり、逆に話すのがはばかられることもあったりと、館によってケースバイケースで楽しんでいます。

映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』より  ©️ALPS PICTURES INC.
「6つの個展 2020」(茨城県近代美術館)より塩谷良太《物腰(2015)》、2015年

大事なのは、美術館の体験と記憶

──この本にもありますが、白鳥さんと美術館の出会いは大学生のとき、デートで行ったことがきっかけですよね。そのあと、全盲の自分も美術館を楽しめるかもと一人でトライアルを重ねていき、面白くなっていったということでしょうか。

白鳥:面白くなるっていうよりも美術館に知り合いができたんです。知り合いがいるから美術館にいく。そっちの方が先だったと思います。

──そのころは電話をかけて一人で行かれていたんですよね。とても勇気がいることだと思うのですが。

白鳥:結構エネルギーは使いましたね。でも最初は美術館に行って自分が何を楽しめるのかを確かめたかったので、その好奇心でできたことです。いつも気になっている喫茶店があったとして、なんとなく入りづらい雰囲気だけど思い切って入ってみる。それでコーヒーが美味しく飲めたら成功、みたいな。

──これまでお二人は数々の美術館に行かれていると思いますが、その中で特に印象に残った鑑賞体験を教えていただけますか。

白鳥:俺は群馬県立館林美術館ですね。

佐藤:蕎麦屋に行ったことしか覚えてないかも。どこが面白かったの?

白鳥:蕎麦屋は覚えてないけれど……。常設されているフランソワ・ポンポンのアトリエで、美術館のスタッフに話を聞いたんだよね。「この棚はフランスから持って来たものです」とか。

佐藤:館林美術館は、フランスの彫刻家、フランソワ・ポンポンのコレクションをたくさん持っているんです。代表作に白い大理石の彫刻で《シロクマ》があります。別館にポンポンのアトリエが再構成された部屋があって……。一つ、思い出しました。私、ポンポンのシロクマのブローチを昔買ってなくしちゃっていたんですけれど、館林美術館のミュージアムショップに同じものがあったので買うことができて。それで、白鳥さんも奥さんのユウコさんにお土産として買ったんですよね。作品のことじゃないけれど、そういうことは覚えているかも(笑)。

白鳥:そのブローチのこと、よく覚えてるね。

佐藤:こうやって思い出していくと、覚えていることがお互いに違ったりして、それでまた話が盛り上がるんですよね。これ、完全に普段私たちがやっている鑑賞後の飲み会のスタイルです(笑)。

会話型鑑賞って?

──今回の本『しゃべりながら観る』では白鳥さんは「会話型鑑賞」という言葉を使われています。対話型鑑賞はよく聞きますが、ニュアンスが少し違いますよね。

白鳥:簡単に言うと、作品の前で雑談しているだけ。美術教育をベースにした対話型鑑賞という言葉自体は知っていたけど、自分のやっていることとは違うようです。共通点はあるみたいだけど。最初は「ワークショップ」と呼んでいたときもありますが、それだと成果を持ち帰ることを求められる可能性もあって、それも違うなと。

佐藤:対話型鑑賞にはメソッドがきちんとあったりしますが、私たちがやっているのは雑談ベースの鑑賞で。でもいろいろなスタイルがあっていいと思います。美術館の中で、静かに観たい人もいれば子供連れの人もいて、いろんな楽しみ方があって、それぞれが好きな方法で観ることができるのが理想的ですよね。

『しゃべりながら観る』(白鳥建二・佐藤麻衣子著、アーツカウンシル東京発行、2023年)
撮影:高岡弘

──本には「白鳥流 会話型美術鑑賞のすすめ」として12個のポイントも紹介されています。たとえば「好きな作品を観る」とありますよね。

白鳥:一つの作品を観るのに時間がかかるから、展示されている全部の作品は見られないよね。だから、好きな作品や気になる作品を選んで観ていく。

佐藤:一つに15〜20分かかるから、一回の鑑賞会で鑑賞できるのは多くて3〜4点くらいかもしれません。そこにいろいろな人の体験が言葉で混ざると、抽象的な表現ですが、作品が立体的になるんです。全部の作品を見ても、結局何を見たかよく覚えていない、というよりはその方が豊かだなと思います。

──「後からジワジワくる」というのもいいですね。鑑賞時にピンとこなくても気にしないというコツです。

白鳥:そうね、答えを急がない。作品を楽しめるか、深められるかどうかは、一つの側面にしか過ぎないもの。

──作品を観ているときって、何かを感じなきゃというプレッシャーがあったりします。でもそこじゃない。何を目的にするか、ということですね。

白鳥:俺の場合は、美術館での体験自体が大事だからかな。

──ちなみに佐藤さんは、白鳥さん以外の人と美術館に行くときもしゃべるんですか。

佐藤:しゃべるときはしゃべります。「しゃべりながら観る」ことが通常な体になってきてしまって。

──「しゃべりながら観る」の方法だと、たとえば図録を広げてあれこれ話しながら、というのも成立しますよね。でもやはり美術館での鑑賞とは違いますか。

白鳥:似たようなことはできるけれど、俺が求めているのは体験なんですよね、きっと。だからたとえば彫刻に触れるとしても、触っただけでは鑑賞にならないわけです。触って、それが特別な体験になるためには何かが加わらないといけない。最近は野外彫刻が好きなんですけれど、その場所に詳しい人と一緒に行くと「この作品は遠くから見るとこんなふうに見える」「光が当たると見え方がこんなふうに変わる」とか、その人の体験にもとづいた話が聞けるんですよね。そういったときに、「ああ、いい体験ができたな」って思うんです。

佐藤:美術館に行くまでの道、周りの環境、一緒にいる人の話し方のトーンとか、さっきの蕎麦屋やブローチの話みたいに作品に関係ないことも含めて楽しみたい、ということだよね。

白鳥:それで知り合いが増えるとその人に会うために行く、ということにもなってくるんです。

──本のなかで白鳥さんは「美術が好き」ではなくて「美術館が好き」と書かれているのですが、体験を重視されているということですね。

白鳥:俺は美術には関心がないんですよね。「アートの力」とかってよく聞くけど、そういう言い回しが自分には合わないなあと。

佐藤:私は美術館も美術も好きですよ。美術って同じものを見ていても、違う反応が出る。それぞれのバックグラウンドによって見方が変わる。でもそれが対立につながるわけではなくて、「そう見えるんだね」と話すことができるところが面白いですよね。

撮影:高岡弘

──この本をどんな人に読んでほしいでしょうか。

佐藤:美術館は自分とは関係ないとか、情報や知識がないから面白くないと思っている人でも、言葉にしてみると、案外作品を観るのが楽しくなったりします。以前、親子でしゃべりながら観る鑑賞会に参加されたお母さんが、自分の子だけれど普段とは違う話や知らない話ができたと言っていました。作品を介して、一緒にいる相手の違う側面を観るきっかけにもなるんですよね。

白鳥:自分は誰に読んでほしいとか、そういうのがまったくないんだよね。

佐藤:最初の打ち合わせでも「自分たちもぜんぜんスタイルないから、本になんてなるのかな」と言っていたよね。でも、話しているうちに責任編集の森司さん(アーツカウンシル東京)に「それがスタイルなんだよ」って言われて。

白鳥:そうそう。以前、マイティと水戸芸でプログラムをつくっていたときも、マニュアル化したくないって言っていたよね。その時々でスタイルはどんどん変わっていくものだし、自分たちも変わっていきたいから。

──この本を読んで、自分なりのスタイルに変えることで、さらに新しい美術館の楽しみ方が生まれるかもしれませんね。

白鳥建二
Kenji Shiratori

1969年千葉県生まれ。全盲の美術鑑賞者。生まれつき強度の弱視で、12歳のころには光がわかる程度になり、20代半ばで全盲になる。そのころから人と会話しながら美術鑑賞をする独自の活動を始める。以来20年以上、年に何十回も日本各地の美術館を訪れている。水戸芸術館現代美術センターをはじめ、いくつもの場所で講演やワークショップのナビゲーターを務めている。好きなものは音楽とお酒。

佐藤麻衣子
Maiko Sato

水戸芸術館現代美術センターで教育普及担当の学芸員(アートエデュケーター)を経て、2021年よりフリーランスで活動。令和3年度文化庁新進芸術家海外研修制度研修員。オランダのアムステルダムを拠点に美術館教育の調査研究、執筆、レクチャー、プログラムコーディネーターを行う。あだ名はマイティ。好きなものは星野源とビール。

Text:佐藤恵美
Photo:池田宏

『しゃべりながら観る』(白鳥建二・佐藤麻衣子著、アーツカウンシル東京発行、2023年)は下記よりPDF版ならびに文字情報を音声化するためのテキストデータがダウンロードできます。
https://tarl.jp/archive/shaberimi/

劇場版ドキュメンタリー
『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』

※上映・劇場情報は公式サイトよりご確認ください
https://shiratoriart.jp/

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