東京のアートシーンを発信し、創造しよう。

MENU
MENU

芸術と科学がひとつになる時代へ 指揮者/西本智実 × 宇宙芸術家/森脇裕之

異分野×アーティスト

No.007
撮影(左):塩澤秀樹

芸術と科学。対極にも思われる2つの分野を融合する試みに取り組むアーティストがいます。クラシック音楽とメディアアートの世界を軸足に活躍するふたりがオンラインで対談しました。


Share
2023.06.06

クラシック音楽の指揮者として世界で活躍する西本智実さんは、2021年より国立研究開発法人 科学技術振興機構「ムーンショット型研究開発事業」に関わり、2022年より「ムーンショット目標9」のサブプロジェクトマネージャー兼Principal investigatorを務めています。「宇宙芸術家」の肩書きを名乗る森脇裕之さんは、2017年から開催されてきた「種子島宇宙芸術祭」の総合ディレクターを務めています。芸術と科学の掛け橋を構想するふたりが「宇宙」をキーワードに対談します。


ムーンショット型研究開発事業の一環として池袋西口公園のGLOBAL RING THEATREにて2021年6月に開催された「Tokyo Music Evening Yube」の様子(中央が西本さん)

音楽で心に安らぎと活力を

──西本さんは世界的指揮者としてご活躍される一方で、「ムーンショット型研究開発制度」で研究にも従事されています。

西本 「ムーンショット型研究開発制度」というのは内閣府が主導する科学技術イノベーションの事業で、「ムーンショット(前人未到の壮大な挑戦の意)」の旗印のもと100近くの研究開発が進んでいます。SDGsのように、現代日本が抱える社会課題を解決すべく9つの「ムーンショット目標」を設定し、各研究開発チームがそれぞれ目標達成に向けて取り組んでいます。

森脇 西本さんのチームでは、どの目標に向かって活動しているのでしょうか。

西本 「目標9」です。この目標は、2050年までに、心の安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会の実現を目指します。音楽の力を科学的に分析・活用することで目標を達成しようと邁進しています。

森脇 どういったチームでプロジェクトを進めているのですか。

西本 人文・社会科学と自然科学の研究者たちによる、融合と総合知を用いた研究開発を推進しています。

2022年7月の開催の「ムーンショット目標9 Music Edutainment Open Academy ワークショップ」の様子

森脇 ムーンショット型研究開発制度は科学技術開発の研究がベースにあると思います。現在、さまざまな科学分野の研究において、「よくわからない」ということが、解明されてきました。例えばダークマター(暗黒物質)について、何かが存在することは判明しましたが、その正体はわかっていません。それが宇宙の94%を占めていて、我々がわかっているのはたった6%なのです。

西本 同様に、人間は自分に備わる能力を一部しか発揮できていないとも言われますね。本来人間が持っている才能、それぞれがもつ感覚や感性を活かして、みんなが自分の未来をつくっていけるような取り組みにしたいと考えております。

森脇 科学的な研究では未だ解明されていないことにも、芸術の立場からはまた違ったアプローチが可能です。人間の秘めた能力を引き出すには、芸術が大きな鍵となると思っています。そこで、西本さんに白羽の矢が立ったということですね。

西本 音楽という非言語コミュニケーションは、自分でも気づかない内なる心の声や体の調子に作用します。つまり音楽による癒しの力、身体に与える影響を科学的なエビデンスをもとに、子どもたちも自ら音楽を使った予防や療法を活用できるようなことを目指しています。

音楽の力を科学的に解明する

2021年6月のとしま区民センターでのワークショップの様子。西本の指揮での演奏のあいだ、指揮者、演奏者複数名の顔画像から自律神経系の反応を測定、さらに脳波も計測した

森脇 人を元気づけたり癒したりする音楽の力に科学的なエビデンスを持たせて活用していくことが、これからの課題ということですね。具体的には、音楽に対してのどのような科学的な分析を追求しているのでしょうか。

西本 脳波、心拍、呼吸などの生体計測や質問紙他、フィールドワークとアウトリーチ研究を重ねているところです。何より教育現場の先生方と子どもちと一緒に音楽の不思議を共に体験することで、何が必要とされているのか現場からの声も収集し、この研究に反映させたいと考えています。

森脇 演奏家や研究者との実験だけでなく、子どもたちとのワークショップも行っているのですね。そうした検証の結果は、どのような方面で実を結ぶのか、なにか計画はありますか。

西本 義務教育の音楽の授業の中で、子どもたちが自ら活用できる音楽療法や音楽の科学的側面も盛り込んでいただけるよう、音楽の不思議を研究しています。これまでの音楽の授業は情操教育というイメージでしたが、今はSTEAM教育(Science、Technology、Engineering、Arts、Mathematicsを統合的に学習する教育手法)という言葉も聞かれるようになりました。まさにそういう中で音楽が果たせる役割は非常に大きなものになるでしょう。

森脇 教育方針の転換には、科学技術の進め方に関する大きな枠組みの変化が背景にあるように思います。令和3年に旧来の科学技術基本法が改訂され、科学技術・イノベーション基本法が施行されました。いわゆる文理融合、科学技術と人文社会科学を融合させて技術開発を進めていく方向に、国策として大きく舵を切り直したのです。

西本 「中学数学3(2012〜2015年)」教科書に、僭越ながら私の巻頭メッセージが掲載されました。音楽はもともと科学的な側面をもつ芸術分野です。子どもたちが学校で科学的なエビデンスに基づいた音楽の効果を学び、それを家庭に持ちかえり、心身の健康に役立てることができれば、より多くの方たちが音楽による心の安らぎや活力の増大を実現できるのではないかと考えています。

芸術と科学をむすぶ総合知

森脇 最近は、科学技術の見地と人文社会科学の見地を総合的に扱う新しい研究分野に期待が寄せられています。これを「総合知」と研究者は呼んでいますが、音楽でいうと周波数と聴覚の科学的な研究などは、相性が良いのでしょうね。

西本 音楽学は広義で、すでにさまざまな方法で音楽に関する実験・検証がなされ、その効果が実証されてきました。森脇さんのおっしゃった「総合知」のなかには、そのように音楽が歴史的に積み上げてきた「伝統知」も含まれるということですね。

森脇 音楽の歴史といえば、ドイツのホーレ・フェルス洞窟の遺跡から約3万5000年前の後期旧石器時代に、マンモスの牙や鳥の骨で作られた世界最古の「フルート」が発掘されているそうですね。他にもそのような例があるとか。文字や言語があったかわからない時代に、原始の人類が言葉よりも先に楽器が確認されているのは象徴的です。近年の法改正や教育方針の転換により、初めて科学技術と人文社会科学が出会ったように捉えられるかもしれませんが、すでに大昔から音楽や美術といった芸術分野と科学は出合っているし、ともに歩んできた歴史もあるのですよね。

西本 これまでは音楽と科学は別物という既成概念がありましたが、音楽には科学的な側面がありますので、切り離すことはできません。

森脇 そうした既成概念に囚われることが、芸術においては一番あってならないことです。総合知や伝統知を踏まえてみれば、科学技術の概念も変わっていくし、音楽の概念も変わっていく。そう考えると、音楽の授業が変わるのも当然のように感じます。

JAXAと芸術祭

「時花(トキハナ)」(水戸芸術館現代美術センター、2001年)
「SPACE ODYSSEY 宇宙の旅」展 出展作品

森脇 西本さんの「ムーンショット目標」も私が関わってきた「種子島宇宙芸術祭」も、芸術と科学の融合を模索していく動きだと言えます。

西本 「種子島宇宙芸術祭」についてサイトで拝見しました。ロケットの発射台がある種子島を舞台にアートを展示するアイデアがユニークですね。

森脇 これは宇宙航空研究開発機構(JAXA)の声掛けがきっかけで始まった芸術祭です。JAXAのなかにも、宇宙時代において人々の生活や文化のことも考えていかなくてはという議論があって、2000年代に人文社会科学の研究会が立ち上がり、アーティストやキュレーターを中心にシンポジウムを行っていました。

西本 JAXAと芸術祭、とても興味深いです。

森脇 JAXAとの協働作業が始まる前に、私自身のことでいうと、テクノロジーとアートの問題は学生時代から関心があって、メディアアートの分野に取り組んできました。そのなかで宇宙は多くの展望を与えてくれるものと、直感的に感じていました。2001年の水戸芸術館現代美術センターでの「SPACE ODYSSEY 宇宙の旅」展に参加して以降、その想いは確信に近いものとなっていきます。その後JAXAの有志メンバーと、アーティスト、研究者、キューレータなどが集まって「宇宙芸術コミュニティ beyond」を発足し、宇宙芸術の研究活動を開始します。2014年に「ミッション[宇宙×芸術]-コスモロジーを超えて」展が東京都現代美術館で開催され、宇宙と芸術をつなぐ機運が高まっていきました。そして2017年に自然と芸術と科学の「共創の場」として「種子島宇宙芸術祭」が始まったわけです。

種子島宇宙芸術祭、プラネタリウム「星の洞窟」の様子(2017年)

西本 種子島宇宙芸術祭では、さまざまな取り組みがあったと思いますが、特徴的なものはなんでしょうか。

森脇 とくに話題になったのは海岸の自然洞窟のなかで開催されるプラネタリウム・イベントです。プラネタリウム・クリエイター大平貴之さんの開発した「MEGASTAR」というプラネタリウム装置を持ち込んだ「星の洞窟」は、全国的にも話題になりました。

西本 洞窟内に星空が投影される作品ですね。

森脇 科学館などの施設で上映されるプラネタリウムと違って、洞窟内では海岸からの風、潮の音、足下の砂の感触などを受けとめながら宇宙が展開していきます。まさに種子島宇宙芸術祭のテーマである「自然と芸術と科学の融合」を象徴するような企画となりました。

西本 種子島だからこそ実現した企画だと感じます。

森脇 人間の感覚に忠実に身体的な芸術の実践によって、科学理論を越えたものを感じることができる。その手応えは西本さんが音楽の世界で追求しているものと通底するところがあると思います。

種子島宇宙芸術祭プレイベント「星空イルミネーション 宇宙はみんなでできている」ワークショップ(2013年)
「星空イルミネーション 宇宙はみんなでできている」展示の様子(2013年)

森脇 また種子島宇宙芸術祭では、宇宙を身近なものとしてこどもたちに体験してもらう「こども宇宙芸術」ワークショップを行ってきました。これは次世代につなぐ教育的活動ですが、知識の伝承ではなくこどもたちの創意工夫を引き出してゆくなかで、我々が情熱を持って取り組んでいる宇宙へのチャレンジ精神を、将来に繋げて欲しいと願ったものでした。

西本 そうなのですね。私もムーンショット目標という国の研究プロジェクトに多くの子供たちが参加できるよう、今後も取り組んでいきます。

宇宙で無重力コンサート

森脇 現在は、日本航空宇宙学会で「宇宙人文・社会科学研究会」の活動を行っています。これも科学技術の側面からの宇宙開発が行き詰まりをみせていくなかで、これからは人間を深く理解する人文社会的な要素を取り入れていかないと進展しないという共通認識の流れがあって発足した会です。

西本 「ムーンショット目標」とも共通する理念がありそうですね。

森脇 はい、問題意識は共通するでしょう。私たちは「地球/月圏での人間社会の構築に向けた人文・社会科学研究活動の構築」を目標に、科学者や芸術家、企業の方も参加されています。そのメンバーの一人、鹿島建設の社員の方が、宇宙建築という仮想プロジェクトの構想を進めています。ものを回転させると遠心力によって外向きに重力が生まれますよね。この原理を利用して人工重力をつくり出して、そこで暮らすという壮大な計画です。

西本 宇宙空間で建築物を回転させることで、地球と同じ環境を再現できるのですね。

森脇 同じ建築内でも外側は地球上と同じ重力ですが、中心にいくに従って重力が弱くなり、中心部分は無重力になります。その中心部をみんなが集まる広場にして、無重力空間にプカプカ浮かびながらコンサートやイベントを楽しむこともできるのではないかと話していました。それを聞いて、真っ先に西本さんの顔を思い浮かべました。

西本 実はムーンショット目標以前のミレニア・プログラムの段階で、どこか地球とは違う惑星で、アバターのようなものを通じて宇宙音楽祭ができればと考えたのです。コロナ禍の閉塞感から、宇宙のような大きな世界で実現したいと提案させていただきました。

森脇 宇宙で音楽祭、すごく夢のある話ですよね。この構想は夢物語ではなく、あと数十年もすれば実現できるレベルで検討しているそうです。芸術と科学が融合する時代が確かにやってきているのですね。

宇宙建築のイメージ。画像提供:鹿島建設

構成:竹見洋一郎+浅野靖菜
協力:小室敬幸

撮影:木村直軌

西本智実
Tomomi Nishimoto

世界各国を代表するオーケストラ・名門国立歌劇場・国際音楽祭より招聘。ハーバード大学ケネディスクール修了。ダボス会議YGL、「ムーンショット目標9(サブプロジェクトマネージャー兼Principal Investigator)」、広島大学特命教授、大阪音楽大学客員教授、ビューティー&ウェルネス専門職大学客員教授ほか。Fondazione pro Musica e Arte Sacra「名誉賞」、ニューヨークUS国際映像祭、ワールドメディアフェスティバルなど受賞多数。2015年・2016年G7サミットでは海外向け日本国テレビCMに起用。日本を代表する芸術家として、ドキュメンタリー番組がCNNインターナショナル、ZDF、独仏共同テレビArteなどで放送。

https://www.tomomi-n.com/ja/

森脇裕之
Hiroyuki Moriwaki

1964年、和歌山県生まれ。宇宙芸術家、多摩美術大学情報デザイン学科教授。筑波大学大学院芸術研究科デザイン専攻修了。LEDの技術を活用したライト・アートで作品を展開。コロナウイルス感染症拡大前の2017年から2019年まで毎年開催されてきた「種子島宇宙芸術祭」で総合ディレクターを務める。1995年、名古屋国際ビエンナーレARTEC'95(準グランプリ受賞)。1998年、第2回ロレアル アーツ アンド サイエンス ファンデーション「ロレアル奨励賞」受賞。

公式アカウントをフォローして
東京のアートシーンに触れよう!