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歌舞伎のイヤホンガイドができるまで

音声ガイドのススメ

No.005
歌舞伎座の2階席から稽古の様子を眺める横出葵さん

音声ガイドの制作者などにインタビューし、アートを「聴く」楽しみ方を掘り下げる本シリーズ。今回は歌舞伎の舞台を音声で解説する「同時解説イヤホンガイド」について、東京・東銀座にある歌舞伎座の「七月大歌舞伎」夜の部でイヤホンガイド解説を担当する横出葵(よこで・あおい)さんにお話を伺いました。


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2024.07.19

日本の伝統芸能のひとつである歌舞伎は江戸時代に作られた演目も多く、台詞や所作の意味など、初心者はもちろん、何度も歌舞伎を観たことのある方にとってもわかりにくい事柄がたくさん出てきます。そんな時に助けとなるのが、出演俳優の紹介、あらすじ、衣裳、道具、音楽、時代背景など、歌舞伎特有の決まりごとを解説してくれるイヤホンガイドです。「生物(なまもの)」とも言われる舞台の進行に合わせて放送される音声ガイドは、どのように作られているのでしょうか。

イヤホンガイド解説者になるには?

イヤホンガイドを制作しているのは、歌舞伎座の近くに拠点を構える株式会社イヤホンガイドです。1976年に歌舞伎座で本格的に放送が開始され、現在では歌舞伎にとどまらず、文楽、能、オペラ、ミュージカル、バレエなどさまざまな舞台芸術のためにイヤホンガイドや字幕を提供しています。
歌舞伎や文楽の公演で活躍しているイヤホンガイド解説者は約30名(うち日本語の解説者は約20名)おり、今回お話を伺った横出さんもそのひとり。舞台についての知識はもちろん、ガイドの利用者に分かりやすく説明する視点や、聞きやすい声の質も重視されるオーディションを受けて、10年ほど前から解説者を務めています。

東京・東銀座にある歌舞伎座の前に立つ横出さん(★)

横出さんは20年ほど前、知人に連れられて初めて歌舞伎座を訪れ、歌舞伎のあまりの面白さに翌月から自分でチケットを購入して通うようになったそう。「普段から伝統芸能に触れているわけではない自分でもこんなに面白いと思えたということは、きっと誰もがそう感じるはず。歌舞伎好きの仲間を増やしたい!」と、解説者のオーディションを受けることにしました。「歌舞伎を観てみたいけれど、難しそう。でもイヤホンガイドがあるのなら安心」と感じてもらえるよう、とくに若い世代に親しみやすい解説を意識しているそうです。

イヤホンガイドができるまで

月ごとにさまざまな演目が上演される歌舞伎ですが、イヤホンガイドの制作は、上演予定の演目に合わせて、イヤホンガイド社で適任な解説者を選ぶことから始まります。
解説者は演目の下調べをし、台本が届くと解説原稿を執筆します。イヤホンガイド社の制作スタッフがその原稿を確認した後、解説音声を録音、編集します。
解説の収録は公演初日の3〜4日前に行われますが、その後の稽古で確認し、想定と違う部分は原稿を修正、再度録音、編集して初日の上演に間に合わせます。すべてのコメントを録り直すこともあり、スピーディーな進行が求められます。

稽古では、自身の解説を聞きながら台詞のタイミングなどを確認し、台本に書き入れる

「何度も演じられた古典であっても、俳優によって演じ方が違ったり、同じ俳優でも台詞のテンポが上がったりと、事前に準備していた解説が使えないこともあります」と横出さん。
7月の公演で横出さんが解説を担当する「千成瓢薫風聚光 裏表太閤記(せんなりびょうたんはためくいさおし うらおもてたいこうき)」は、豊臣秀吉を主人公に据えた作品で、43年振りの上演となります。映像を含め当時の資料はほとんど残っていないそうですが、「台本を読んでいると、こんなふうに演じられるのだろうなと場面が浮かんで、ここに5秒くらい間がありそうだからこの解説を入れようとあらかじめ考えておき、お稽古が始まったら答え合わせをします」と制作工程を語ってくれました。

まるでリアルタイム放送!?

こうして制作される解説ですが、イヤホンガイドを利用されたことがある方の中には、解説がお芝居にぴったりと合っているので、解説者が劇場にいて生放送していると思う方もいるのではないでしょうか。実は録音されたコメントは、解説者が台本に書き入れた「きっかけ」(どこでどのコメントを出してほしいという指示)に沿って、担当のスタッフが毎日、オペレート室で舞台の間合いを読みながら一回ずつボタンを押して放送しています。
初日はゆっくりと演じられていた場面でも、公演日数を重ねて俳優さんがお芝居に慣れてくるとテンポが速くなることや、日によってアドリブの演技が変わることもあり、放送のオペレーションを担うスタッフも日々タイミングを調整しています。

解説の音声を放送するオペレート室。窓から舞台の進行を見ながら操作する

また、公演期間中に当初あった演技がなくなったり、表現の仕方が変わったりと、解説コメントと合わなくなることもあり、その都度、解説者と相談してコメントをカットしたり、録音し直して調整を続けるそうです。こうやって舞台という「生物(なまもの)」に寄り添ったイヤホンガイドが作られているのです。

理想のイヤホンガイド

初心者にとって心強いイヤホンガイドですが、歌舞伎座では一公演につきおよそ40%の観客が利用するとのこと。人気のある演目は繰り返し上演されることも多く、特に古典作品はこれまで何十、何百回と上演されているため、横出さんは「初心者にはわかりやすく、歌舞伎通の方にも自分なりの新しい内容を入れた解説となるよう」心がけているそうです。

劇場で貸し出ししているイヤホンガイドの機器

「SNSを見ていると、『イヤホンガイドで色々と聞いたけど忘れちゃった』と書いている人がいますが、私はそれがイヤホンガイドの理想だと思っています」と語る横出さん。「解説が面白かったと感じるということは、芝居に集中できていなかったということ。芝居を楽しめたので、イヤホンガイドを借りたけれど解説の内容は覚えてないと言っていただくのが一番よいのではないでしょうか。ひとりでは理解しにくいけれど、イヤホンガイドがあったから見える世界が広がって楽しかったという体験をしていただけるような案内を目指しています」。

筆者は取材後、初日にイヤホンガイドを利用して7月大歌舞伎の夜の部を鑑賞しました。「裏表太閤記」は一人で複数の役を演じる俳優も多い演目ですが、横出さんの解説のおかげで筋を混乱することなく安心して観ることができました。本物の水を使った滝や舞台全体を覆うほど大きな船など、初心者も楽しめる迫力の演出で、暑気払いにもぴったりの公演です。ぜひガイドとともにお楽しみください。

Text: 澤口えりか
Photo: 栗原諭(★以外)

「同時解説イヤホンガイド」は、歌舞伎や文楽など、伝統芸能をわかりやすく解説する音声サービスです。劇場での貸し出しのほか自宅で楽しむ音声コンテンツも提供しています。
https://www.eg-gm.jp/e_guide/

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