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フルート奏者 上野由恵インタビュー〈前編〉

アーティストが語る 私のターニング・ポイント

No.004
上野由恵さん。東京文化会館小ホールにて

第一線で活躍しているアーティストにこれまでのキャリアと転機について語っていただくインタビューシリーズ。今回は、バロックから現代作品まで、幅広いレパートリーを縦横無尽に演奏し続ける、フルート界のトッププレーヤー・上野由恵さんにお話をうかがいます。

数々のコンクール優勝歴を誇る“若手”から、審査員を務める“中堅”へと歩みを進め、後進を育てながら自らも新しい世界へとチャレンジを続けている上野さん。この秋は作曲家・野平一郎さんがプロデュースする新プロジェクト「フェスティヴァル・ランタンポレル Festival de l’Intemporel~時代を超える音楽~」にも出演します。前編では国内外で活躍する新進アーティストを数多く輩出している東京音楽コンクールへの挑戦について語っていただきました。


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2024.10.16

8歳でフルートに一目ぼれ。2年かけて親を説得

──上野さんがフルートに出合ったのは何歳のことでしたか?

上野 8歳の時に、母に連れられてモーツァルトのフルート協奏曲をコンサートで聴いたのが出合いでした。香川県の高松市民会館という歴史のあるホールでの公演です。その時の強烈な印象は今でも忘れられません。どのあたりの席でどんな角度から聴いていたか、すべて覚えています。それがフルートに一目ぼれした瞬間で、情景が脳裏に焼き付いています。
母がピアノ教室をやっていたこともあり、ピアノは2歳から始めていたのですが、なぜかそれよりも心掴まれてしまった。すぐに「フルートを始めたい」と親に言いましたが、なかなか習わせてはもらえず。自分が本気だということを猛アピールするために、毎朝早起きして新聞を取ってきて、フルートに関する記事があれば赤ペンでグルグルっとマークをしたり、フルートが出る番組があれば録画して大音量で流し続けたり、フルート貯金箱を作って祖父母の家に行くたびに「お願いします」とお小遣いを入れてもらったりと、あの手この手でしたね(笑)。それを2年間やり続けました。

──すごい情熱ですね! では、2年後にようやく念願叶って始められたのですね。

上野 はい、10歳でようやく「これは本気だ」ということで、習わせてもらうことができました。先生を探し始めたところ、香川県はわりと芸術が盛んで、すぐに良い先生に出会えました。その先生の教えは、今振り返っても私の原点といいますか、とても大事なことを伝えてくださいました。たとえば「夕焼け小焼け」を吹くなら、まずは「夕焼けってきれいだなぁ」と感じる心を大切にしようね、という教育。「技術的な力はあとからでもつけられるから、感じる心、表現したいという思いを育てよう」というお考えのもと、指導してくださったのです。幼い頃、母がよく歌を歌ってくれていたので、馴染みのある童謡などから習い、とてもスムーズに入っていけましたね。とにかくフルートが大好きで大好きで、「もう練習やめなさい」と言われるまで吹き続けていました。

上野さん

表現意欲が爆発していた青春時代

──その後、東京藝術大学の附属高校、大学へと進まれます。

上野 8歳でモーツァルトの協奏曲を聴いた瞬間から、「私はああいう人になる!」と決めていましたから、そうなるためにはどうしたらいいか、フルートの専門誌などを見ながら探っていました。東京藝術大学というところに行けば、「ああなれる」と思い、受験を決めて勉強し高校から東京へ行きました。

──15歳で一人暮らしですね!

上野 東京に出たはいいものの、やはり上手な人はたくさんいて、挫折からのスタートでした。高松で感性を育ててもらいましたが、まだまだ技術が足りない。高校時代からコンクールを受け始めましたが、当時は「表現したい」欲求が爆発してしまっていて、なかなか結果につながらない。「音程がなっていない」「技術が足りない」といった指摘を受け、「そんなに技術、技術というなら、『技術コンクール』っていう名前にすればいいのに!」なんて不貞腐れたこともありましたね。若気の至りです(苦笑)。それではダメだとはわかっていたので、自分で一つひとつ考えながら、回り道しながら、技術を習得していって、やっと真っ当に吹けるようになりました。当時の私を知る人たちはみんな「苦労してたよね」って言うと思います。

──それでも着実に技術と表現力の両輪を固めて、大学時代には日本音楽コンクール、東京音楽コンクール、日本木管コンクールで優勝されています。上野さんにとって、コンクールとはどのような意味を持つものでしょうか。

上野 プロのフルーティストとして生きていく上で、コンクールは通過点に過ぎないと思っていましたから、賞を取ることがゴールとは捉えていませんでしたね。むしろ、スタート地点に立つために頑張るのがコンクール。
優勝するとありがたいのは、副賞としてコンサートに出演する機会がたくさん与えられ、いろいろな方に聴いていただけて、出演のお声がけをいただけるようになることです。やはり演奏家にとっては、経験こそ命です。どれだけいい本番を積み重ねていくかが大事なのです。
その意味で東京音楽コンクールには、1位を受賞したあともすごく育てていただきました。このコンクールが素晴らしいのは、「フルート部門」ではなく「木管部門」として開かれているところ。つまり、フルート以外の木管楽器の先生や作曲家の方にも審査していただけるのです。フルートに特化したことのみならず、音楽的なところを聴いていただけるコンクールです。私が受けた頃は、作曲家の三善晃先生も審査されていました。実は2回受けていまして、最初は2位でしたが、次は、どうしても優勝したいと思ったからではなく、そういうことよりも、もっと自分の音楽を聴いていただきたい、別の曲でも評価していただきたいという素直な気持ちからの再チャレンジでした。結果、2度目は優勝でしたが、真剣に作品や作曲家の思いと対峙し、その世界にのめり込んだときこそ、高く評価されるように思います。「賞を取ってやろう!」と思うときほど、あまり結果にはつながらないものです。
当時、東京音楽コンクールには「聴衆賞」はありませんでしたが、日本音楽コンクールや日本木管コンクールでは「聴衆賞」も受賞できたのはとても嬉しいことでした。やはり、「人に音楽を伝える」ことこそ、私の人生の目的でもありますから。

2024年に22回を迎えた東京音楽コンクール。上野さんは第21回で審査員を務めた
写真提供:東京文化会館
Ⓒ 堀田力丸

若いフルーティストに大切にしてもらいたいこと

──上野さんは今、審査される側から審査する側のお立場となりました。コンクールの審査員を務めるにあたり、どんな思いで臨んでいますか?

上野 やはり、お客様に作品の魅力を伝える表現力を評価しますね。その人の演奏家としての可能性、将来性も。私自身も苦労した技術的なところは前提として聴かせていただきますが、もっとも重視するのは、作品の様式感を逸脱していないか、そのあたりをしっかり勉強しているかということです。とくに音楽の三要素と言われる、リズム、メロディー、ハーモニーのうち、ハーモニーの感覚が弱い人が多い。フルートは旋律楽器なので、どうしてもメロディーだけに着目しがちです。しかし、ハーモニーにこそ作曲家の重要なメッセージが託されていると思います。ハーモニーの緩急などは、作品の様式理解にもつながるポイントですので大事ですね。

──洗足学園音楽大学や個人でもレッスンをされています。学生さんたちに「ハーモニー」の感覚を身につけてもらうために、どのような指導をしているのでしょうか。

上野 同じ「ラ」の音の吹き方でも、ハーモニーとして、ファラドなのか、ラドミなのか、ラレファなのか、どのハーモニーの中の「ラ」なのかをしっかり捉えてほしいので、レッスンではピアノ・パートを弾いて伝えています。メロディーだけを見ていてもダメで、とくにベースラインはしっかり頭に入れるようにと伝えることが多いですね。よく「演奏に“答え”はない」などと言いますが、言語にも基本の文法があるように、音楽にも押さえるべき語法、ある種の答えはちゃんとあるのです。そこを押さえなければ、人に伝わる演奏にはなりません。例えばピカソは、自由に表現しているように見えますが、絵画の基本を身につけ写実もできる人だからこそ、人に伝わるものが描ける。音楽にも基本の語法はありますから、作品に沿った演奏ができるように育てたいですし、私自身もそれを目指しています。
教育は、片手間でできるものではありませんし、片手間でやってはいけないと思っています。ただ、自分が歩んできて得てきたものは還元していきたい。伝えられるものは伝えていきたいと思っています。

広島交響楽団とのコンチェルト、2024年3月、下野竜也指揮
©三浦興一

Text:飯田有抄
Photo:栗原論
撮影協力:東京文化会館

上野由恵
Yoshie Ueno

東京藝術大学をアカンサス音楽賞を得て首席卒業。同大学院修士課程修了。
第76回日本音楽コンクール第1位、併せて岩谷賞(聴衆賞)を含む4つの特別賞を受賞。第2回東京音楽コンクール第1位。第15回日本木管コンクール第1位、聴衆賞。
ソリストとして、国内外多数のオーケストラと共演の他、ドイツ、オーストリア、フランス、ロシア、アメリカ、韓国、中国、台湾に招かれ演奏。2005年と2016年には皇居内にて御前演奏の栄に浴す。
これまでに、オクタヴィア・レコード等より計13枚のCDをリリース。2021年にウィーンのレーベルからリリースした『細川俊夫フルート作品集』は、ヨーロッパの各メディアで絶賛される。
2016年よりワシントンとパリに拠点を移し、アメリカ及びヨーロッパ各国で活動。2018年には『S&Rワシントン賞』を受賞し、NYカーネギーホール等で演奏。帰国後も、国内外での精力的な演奏活動を続けている。

フェスティヴァル・ランタンポレル Festival de l’Intemporel~時代を超える音楽~
会期:2024年11月27日(水)~12月1日(日)
※11月27日 プラチナシリーズ第2回  レ・ヴォルク弦楽三重奏団 et 上野由恵(フルート)
会場:東京文化会館 小ホール
主催:東京都/公益財団法人東京都歴史文化財団 東京文化会館
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ/公益財団法人日仏会館
協力:l’intemporel(ランタンポレル)
https://www.t-bunka.jp/stage/Intemporel/index.html

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