──上野さんはこれまでに数々のCDアルバムを出されています。2011年のオクタヴィア・レコードからのデビューCDは、2枚同時リリースでしたね。
上野 はい、1枚は『オペラ・ファンタジー』という、有名オペラを題材としたフルートのための幻想曲集で、もう一枚は『歌楽—イサン・ユン:フルート作品集』で、20世紀韓国人作曲家のフルート作品集です。私はバロックから現代ものまで、時代の垣根なく演奏していきたいと思っています。どの時代の作品も、真摯に作曲家と向き合って演奏していきたい。その思いを2枚同時リリースという形で実現できました。
──現代音楽への積極的な取り組みについて、そのきっかけや思いを教えていただけますか?
上野 現代音楽に初めてちゃんと出会ったのは高校生の時。デビューCDにも収めたイサン・ユンの作品を聴き、調性や拍子感などを超えた世界があるのを知って、人間の感情をなんと豊かに表現している音楽なのだろうと衝撃を受けました。イサン・ユンはアジア人でありながら西洋楽器の音楽を作曲している。私も日本人だけれど西洋音楽を学んでいる。そこにある問題意識のようなところにも共感できました。ことあるごとにイサン・ユンの作品を演奏するようになり、大学院の論文テーマは彼の作曲技法についてでした。
イサン・ユンは、韓国人ですがドイツで活躍した作曲家です。しかしスパイ容疑をかけられて、投獄されてしまいました。一時は死刑宣告まで受けましたが、著名な音楽家らが署名活動し、釈放されたという壮絶な過去を持っています。作品にもどこか苦しい思いが滲むというか、心から血が噴き出るような表現があります。
──イサン・ユンの音楽との出会いが、上野さんにとって一つの大きなターニングポイントになったのですね。
上野 そうですね。また、彼の音楽を研究し、演奏していたことがきっかけとなり、イサン・ユンにベルリンで師事されていた日本の作曲家・細川俊夫先生と、2013年に出会うことができました。世界的な作曲家である細川先生との出会いも、人生の大きな転機です。既に東京オペラシティのリサイタルシリーズ「B→C」で細川先生の「線I」という作品を演奏しておりましたが、その後、現代音楽の祭典である「武生国際音楽祭」や「サントリーホールサマーフェスティバル」などへの出演にお声がけくださり、細川先生の作品もよく演奏するようになりました。細川先生が「あなたは今後ぜひ現代作品をやってください」というお言葉をくださったのはとても嬉しかったです。