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フルート奏者 上野由恵インタビュー〈後編〉

アーティストが語る 私のターニング・ポイント

No.005
上野由恵さん。東京文化会館小ホールにて

バロックから現代作品まで、幅広いレパートリーを縦横無尽に演奏し続ける、フルート界のトッププレーヤー・上野由恵さん。この秋は作曲家・野平一郎さんがプロデュースする新プロジェクト「フェスティヴァル・ランタンポレル Festival de l’Intemporel~時代を超える音楽~」にも出演します。後編では、音楽人生のターニングポイントとなったアーティストたちとの出会いをじっくりと語ってもらいました。


(前編はこちら)

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2024.10.16

イサン・ユン、細川俊夫との出会い

──上野さんはこれまでに数々のCDアルバムを出されています。2011年のオクタヴィア・レコードからのデビューCDは、2枚同時リリースでしたね。

上野 はい、1枚は『オペラ・ファンタジー』という、有名オペラを題材としたフルートのための幻想曲集で、もう一枚は『歌楽—イサン・ユン:フルート作品集』で、20世紀韓国人作曲家のフルート作品集です。私はバロックから現代ものまで、時代の垣根なく演奏していきたいと思っています。どの時代の作品も、真摯に作曲家と向き合って演奏していきたい。その思いを2枚同時リリースという形で実現できました。

──現代音楽への積極的な取り組みについて、そのきっかけや思いを教えていただけますか?

上野 現代音楽に初めてちゃんと出会ったのは高校生の時。デビューCDにも収めたイサン・ユンの作品を聴き、調性や拍子感などを超えた世界があるのを知って、人間の感情をなんと豊かに表現している音楽なのだろうと衝撃を受けました。イサン・ユンはアジア人でありながら西洋楽器の音楽を作曲している。私も日本人だけれど西洋音楽を学んでいる。そこにある問題意識のようなところにも共感できました。ことあるごとにイサン・ユンの作品を演奏するようになり、大学院の論文テーマは彼の作曲技法についてでした。
イサン・ユンは、韓国人ですがドイツで活躍した作曲家です。しかしスパイ容疑をかけられて、投獄されてしまいました。一時は死刑宣告まで受けましたが、著名な音楽家らが署名活動し、釈放されたという壮絶な過去を持っています。作品にもどこか苦しい思いが滲むというか、心から血が噴き出るような表現があります。

──イサン・ユンの音楽との出会いが、上野さんにとって一つの大きなターニングポイントになったのですね。

上野 そうですね。また、彼の音楽を研究し、演奏していたことがきっかけとなり、イサン・ユンにベルリンで師事されていた日本の作曲家・細川俊夫先生と、2013年に出会うことができました。世界的な作曲家である細川先生との出会いも、人生の大きな転機です。既に東京オペラシティのリサイタルシリーズ「B→C」で細川先生の「線I」という作品を演奏しておりましたが、その後、現代音楽の祭典である「武生国際音楽祭」や「サントリーホールサマーフェスティバル」などへの出演にお声がけくださり、細川先生の作品もよく演奏するようになりました。細川先生が「あなたは今後ぜひ現代作品をやってください」というお言葉をくださったのはとても嬉しかったです。

『細川俊夫:フルート作品集』2021年

──2021年には『細川俊夫:フルート作品集』のアルバムもリリースされました。

上野 ウィーンのレーベルから出したものですが、ヨーロッパのいろいろなメディアで評価していただけました。ヨーロッパでは日本の現代音楽が今、すごく受け入れられているのです。昨年11月には、ケルンとベルリンで、イサン・ユンと細川先生の作品のリサイタルをさせていただきましたが、最後の音が消え入るまで、みなさん集中して聴いてくださっているのがわかりました。アンコール曲は、細川先生がアレンジされた「五木の子守唄」を演奏しましたが、涙を流して聴いてくださる方もいたくらいです。
細川先生の作品は、心の奥底に流れる歌のようなものに深く共感します。激しい部分にも、美しい部分にも、深いところに静かで美しい歌が流れていると感じています。先ほども言及した「線I」という作品は、書道の毛筆をイメージできる作品で、筆先のザザザザという線や、墨がポタポタとしたたるような音のテクスチュアが見事で、芸術に向き合う日本人の精神性がとてもよく表現されています。こういった作品をコンサートで演奏すると、日頃クラシック音楽を聴き慣れてない方々にも喜んでいただけます。

「東京六人組」の2024年9月公演。上野さんに加え、オーボエ:荒絵理子、クラリネット:金子平、ファゴット:福士マリ子、ホルン:福川伸陽、ピアノ:三浦友理枝という実力派揃い
©松尾淳一郎

──上野さんが参加されている木管五重奏とピアノからなるアンサンブル「東京六人組」も意欲的な活動が続いていますね。

上野 これまで2年おきにCDをリリースしていまして、今年も5月に『Our Favorites』という楽しい小品集のアルバムをリリースしました。メンバーは同世代の仲間たちです。普段はそれぞれソロやオーケストラで活動していますが、「東京六人組」として集まるたびにそれぞれの成長をいつも実感できるのが嬉しく、刺激にもなります。みんな若手から中堅となり、音楽の解釈に深みが増してきていると感じています。我々は来年で結成10周年を迎えます。全国各地の音楽ホールなどからお声がけをいただき、たくさんのコンサートを予定しています。

──この秋には、東京文化会館にて、音楽監督で作曲家の野平一郎さんがプロデュースする音楽祭「フェスティヴァル・ランタンポレル Festival de l’Intemporel~時代を超える音楽~」にもご出演されますね。現代作品のみならず、伝統的なクラシック音楽も演奏されるという内容で、上野さんのご活動とも重なるコンセプトですね。

上野 私が出演する11月27日のコンサートは、フランス人の現代作曲家・フィリップ・マヌリさんの作品と、ベートーヴェンの弦楽三重奏曲がピリオド楽器で演奏されるプログラムとなっています。私はレ・ヴォルク弦楽三重奏団のヴィオラ奏者・ロト=ドファンさんとの共演で、マヌリの「Silo アルトフルートとヴィオラのための」という作品を演奏します。さほど長い曲ではありませんが、キラキラとした躍動感があり、メシアンやブーレーズのようなフランス現代音楽の生命力を感じさせる作品です。ぜひ多くの方にお聴きいただきたいです。会場でお待ちしています!

Text:飯田有抄
Photo:栗原論
撮影協力:東京文化会館

上野由恵
Yoshie Ueno

東京藝術大学をアカンサス音楽賞を得て首席卒業。同大学院修士課程修了。
第76回日本音楽コンクール第1位、併せて岩谷賞(聴衆賞)を含む4つの特別賞を受賞。第2回東京音楽コンクール第1位。第15回日本木管コンクール第1位、聴衆賞。
ソリストとして、国内外多数のオーケストラと共演の他、ドイツ、オーストリア、フランス、ロシア、アメリカ、韓国、中国、台湾に招かれ演奏。2005年と2016年には皇居内にて御前演奏の栄に浴す。
これまでに、オクタヴィア・レコード等より計13枚のCDをリリース。2021年にウィーンのレーベルからリリースした『細川俊夫フルート作品集』は、ヨーロッパの各メディアで絶賛される。
2016年よりワシントンとパリに拠点を移し、アメリカ及びヨーロッパ各国で活動。2018年には『S&Rワシントン賞』を受賞し、NYカーネギーホール等で演奏。帰国後も、国内外での精力的な演奏活動を続けている。

フェスティヴァル・ランタンポレル Festival de l’Intemporel~時代を超える音楽~
会期:2024年11月27日(水)~12月1日(日)
※11月27日 プラチナシリーズ第2回  レ・ヴォルク弦楽三重奏団 et 上野由恵(フルート)
会場:東京文化会館 小ホール
主催:東京都/公益財団法人東京都歴史文化財団 東京文化会館
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ/公益財団法人日仏会館
協力:l’intemporel(ランタンポレル)
https://www.t-bunka.jp/stage/Intemporel/index.html

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