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アートの法律 困ったお客さんへの対処と対応[前編]

アート110番!法律の悩み、お答えします

悩めるアーティストのための駆け込み寺「アート110番!」。毎回さまざまな相談者に、法律家が答えます。法律は創作活動をしばるものではありません。正しい知識があなたをサポートしてくれます。

今回の相談は「困ったお客さんへの対処と対応」。個人情報を聞き出そうとしたり、しつこくつきまとったりというギャラリーストーカーの問題が近年顕在化してきました。作品は見てもらいたいけれど……。ギャラリーストーカーについての著書もあるジャーナリストの猪谷千香氏をゲストに、困ったお客さんへの対処と対応をお聞きします。


イラスト:赤池佳江子

協力・監修:弁護士ドットコム

構成:坂本裕子


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2025.01.14

レオ(画家)

こんにちは。美大の卒業記念に、友人とはじめて画廊で作品展を開くことになったのですが、先輩から会場で個人的なことを聞かれたり、つきまとわれたりという経験を聞いて、ちょっと怖くなって……。作品とともに、名刺やプロフィール、これまでのポートフォリオを用意しようと思っているのですが、どこまで個人情報を出すべきなのか、また、会場でいろいろ聞かれたときにどう対応すればよいでしょうか。

猪谷(ジャーナリスト)

初展覧会おめでとうございます。作家デビューの大事な機会ですね。作品を評価し、購入してくれるかもしれないお客さんとはつながりを持ちたいと思うのは当然ですが、携帯電話番号やメールアドレス、ましてや自宅やアトリエの住所を安易に知らせるのは、私はおすすめしません。どういう形で出すのがよいか、キャリアのある先輩に聞いてみるのもありです。また、在廊しているときの会話から聞かれることもあると思います。間に画廊の人や友人などに入ってもらうとか、その場では答えずに一旦預かって、その人がどのような人なのか、調べたり聞いたりしてから返答するという対応をとるのがよいでしょう。
展示会場や画廊で、作家のプライベートを聞き出したり、しつこくつきまとったりなど、その後の活動にまで影響する行為はギャラリーストーカーとして近年ようやく問題視されるようになってきましたが、学校ではこうした対応は教えてくれないところが多く、まだまだその被害の深刻さも十分理解されていない現状です。

マル海(弁護士)

そうですね。現在の「ストーカー規制法」は、恋愛感情や好意の感情によるつきまといが対象になります。そのほか悪意については「迷惑防止条例」が適用されますが、ギャラリーストーカーのケースでは適用されない可能性も高く、また、たとえばストーカー規制法に基づく禁止命令が下されても十分に機能しないことも考えられます。このため自宅を知られるのは絶対に避けた方がよいでしょう。負担がかかりますが、レンタル事務所などを契約してそこを連絡先にするくらいの予防策を講じても良いくらいです。

今回の法律キーワード

【ストーカー規制法】

特定の者に対する恋愛感情や好意の感情、またはその感情が満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、その人やその家族等に対して行われる行為を「つきまとい等又は位置情報無承諾取得等」として規制、違反者を処罰する法

【迷惑防止条例】

公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等を防止し、もって住民生活の平穏を保持することを目的とした条例。ただし、痴漢、盗撮、覗きなどの性犯罪は、2023年7月より、これらの条例ではなく、国の法律によってより厳しく罰せられるようになった

レオ

今回、貸画廊で画廊の人はいないのです。また、レンタル事務所なんて、制作と展覧会準備に精いっぱいでそこまでの金銭的余裕はないです……。

マル海

たしかに金銭的余裕のない方も多いでしょう。例えば連絡先を代表アドレスに設定して、連絡は第三者に、あるいは「第三者のふりをする」のでも構いませんので、必ずそこから返答するのがよいと思います。事前に「必ずしも返信できるとは限りません」などのご容赦の旨を提示しておくのもよいでしょう。要はオフィシャルとプライベートをしっかり分ける、対応を事務的にすることが大切です。また、在廊は必ず2人1組でなど、1対1にならないこと。これは防犯上も必要です。

レオ

事務的に対応すると、作品を購入してくれた人に失礼にはなりませんか? せっかく注目してくれたのに、機会を逃してしまったらと思うと。

マル海

事務的にするということは、邪険にすることではありませんよ。たしかにアート業界の構造の難しさがあります。作品には、モノだけではなく、作者の背景や文脈、その作品にまつわる要素が伴って価値となります。そこには内面とともに、外見的な若さや容姿も含まれうるでしょう。成功しているアーティストの多くは自身のキャラクターも含めて売り出していますね。どこまでのスタンスを取るか、セルフプロデュースを考え、学んでいかなければならないと思います。

猪谷

とはいえ、デビューしたてで、プロとしての覚悟をもつのは難しいですし、作品を買ってくれた人を無碍にできないという気持ちはよくわかります。気をつけたいのは、好意から始まった感情がだんだん執着に変わってエスカレートしていく、本人も無自覚なケースが多いことです。「なんか嫌だな」「危ないな」と感じたことをみんなが声を上げて、どういう行為がギャラリーストーカーなのか明文化し、シェアして理解していくことが大切です。

マル海

実際に被害にあった場合、たとえばストーカー規制法の要件である、相手の「主観」や「目的」を直接立証することはできませんので、法的には客観的な事実から、「恋愛‥感情を充足する目的」といった要件を判断します。内容や頻度から、そういった「主観」「目的」にあたるのか、その人の内面などを「推認する」のですが、その際に大切なのが証拠です。例えば 頻繁にSNSで連絡が来て気持ち悪いから削除するのではなく残しておく、日記に記載しておくなども有効です。

今回の法律キーワード

【推認】

証拠によって認定された間接的な事実を総合して、すでに分かっていることをもとに推測し、ある物事が事実であるらしいと認めること

猪谷

一部のギャラリーや主要な芸術系大学、学部などでは、展覧会に際して、作家の個人情報の聴取や連れ出し等を禁止する行動指標を掲示するなどの対応が始まっています。それらを参考に、画廊での注意事項をあらかじめ提示して相手に承認してもらうのもよいでしょう。

レオ

なるほど。個人情報は代表を通すという形で一度預かる、1人で在廊しない、あらかじめ注意事項を提示する、ですね。先輩や大学の学祭の時の注意書きなどを参考にしてみます!
あと、これも何人かから聞いた実際にあった出来事について、対応策があったら教えてください。

後編では、具体的なケースでの対応を考えていきましょう。

東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」
東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」は、東京都内で活動するアーティストやあらゆる芸術文化の担い手の持続的な活動を支援し、新たな活動につなげるプラットフォームです。オンラインを中心に、専門家等と連携しながら、お悩みや困りごとに対応する「相談窓口」、活動に役立つ情報をお届けする「情報提供」、活動に必要な知識やスキルを提供する「スクール」の3つの機能で総合的にサポートします。「芸術文化活動で受けられる公的な支援や民間の助成金を知りたい。」「確定申告の仕方や、著作権の考え方がわからない。」「ハラスメントのことで相談したい。」「団体の活動を継続的に行うためのアドバイスがほしい。」など、都内で活動するアーティストや芸術文化の担い手が直面するさまざまなお悩みや困りごとについて、芸術文化の知識・経験を持つ相談員が対応し、解決に向けてお手伝いします。ご相談の内容によっては、適切な関係機関におつなぎしたり、必要に応じて弁護士等の外部専門家を紹介します。
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