今回の法律キーワード
【供託】
金銭や有価証券などを国の機関である供託所に提出してその管理を委ね、最終的には供託所がその財産をいずれかに取得させることで、一定の法律上の目的を達成しようとするために設けられている制度
アート110番!法律の悩み、お答えします
悩めるアーティストのための駆け込み寺「アート110番!」。毎回さまざまな相談者に、法律家が答えます。法律は創作活動をしばるものではありません。正しい知識があなたをサポートしてくれます。
今回の相談は「困ったお客さんへの対処と対応」。ギャラリーストーカーについての著書もあるジャーナリストの猪谷千香氏をゲストにお招きして悩みを解決します。後編では困ったお客さんによる具体的なケースから、対処と対応を考えていきます。
イラスト:赤池佳江子
協力・監修:弁護士ドットコム
構成:坂本裕子
レオ(画家)
ギャラリーですごく作品に感動してくれた人が「ぜひスタジオに行きたいのですが」と言ってきた場合、どのように対応したらよいでしょうか。
猪谷(ジャーナリスト)
最初にお話ししたように、信頼関係ができないうちは、自宅やアトリエを知られることは避けましょう。制作中は基本的には1人なことが多いわけですし。キュレーターやギャラリストの方から言われたら嬉しいですし、機会を逃したくないでしょうが、それも相手をよく知るまでは控えた方がよいです。
マル海(弁護士)
その場では答えずに、「検討します」として、後で連絡がよいでしょう。その間に相手のことを調べたり、評判を聞いたりするなどの対策が取れますし、アトリエに複数人がいる時に合わせることも可能です。この時もなるべく事務的に対応するのがポイントです。
レオ
食事に誘われた場合はどうですか? 今回会場を貸してくれたギャラリーの人は、パイプ作りには有効だよ、と言っていたのですけど……。
猪谷
作品を購入してくれた人だと断りにくいですよね。その場でどうしてもの時は、「21時には予定があるので、それまでなら」など、あらかじめ時間を決めておくのがよいでしょう。そして、食事に行くことを周囲の人に知らせておくこと。これはもしも何かあった時に証拠にもなります。そしてお店はなるべく多くの人眼があるところにしてもらうのがよいです。
マル海
2人きりにならないように、他の人も同席していいか聞いてみるのがよいでしょう。その反応によって相手の考えが読めるかもしれません。ギャラリーのスタッフがいた場合は、その場で打診して相手の対応を見ることもおすすめです。
レオ
贈り物をくださる人がいます。お花だったり、食べ物の差し入れだったり、あるいは制作にあててください、と現金を持っていらっしゃる人もいるとか。それぞれどのように対応すべきですか?
猪谷
お花はギャラリーに置くことで会場も華やぎますし、よいのでは、と思います。ただし自宅には持ち帰らないこと。食べ物については、基本的にお断り、あるいは受け取っても食べないようにしましょう。対策をしているギャラリーでは食べ物を作家には渡しません。異物が混入されている可能性があるからです。また、贈り物も、ファンがプレゼントのぬいぐるみにGPS機器をつけていたというアイドルの事例があるなど、何が入っているかわかりませんので、受け取らないのが賢明です。よく知っている人や友達からの差し入れは問題ないと思いますが、一方で受け取り、一方で受け取らないのは、「不公平だ」といって相手の不興を買うおそれがありますので、すべてお断りとしておいた方が無難だと思います。
マル海
お金については、基本的には受け取るべきでないと思います。弁護士ですら、お金の問題で依頼者とトラブルになるケースがたくさんあります。とにかくお金を受け取るのはとても危険なことだということは理解しておいた方が良いと思います。
ただ、制作を続けるためにどうしても受け取りたいという方もいらっしゃるでしょう。その場合には、少額でも契約書を作るべきです。そのお金の目的を明記しておいた方がよいからです。事後でもよいので、弁護士に相談するのがよいでしょう。大金の場合は、絶対に契約書が必要です。用途をきちんと明記し、それ以外の要求はないことを明らかにしておく必要があります。「せっかく好意でしているのに」と相手が不快感を示すなら、内容についてはすべて弁護士のせいにすればいいんです。また、問題が起きたら返金することも考えてほしいです。返金を受け取ってもらえない場合には、「供託」という法律上の制度もあります。これを利用して、お金は供託所にありますよ、という通知を相手に送れば、「こちらはお金を出しているのに」と言われた際の証拠にもなります。こちらも弁護士に相談すれば対応してくれます。
今回の法律キーワード
【供託】
金銭や有価証券などを国の機関である供託所に提出してその管理を委ね、最終的には供託所がその財産をいずれかに取得させることで、一定の法律上の目的を達成しようとするために設けられている制度
レオ
異物やGPS! なんだか恐ろしくなりました……。弁護士さんに相談というのもハードルが高いというか、大ごとになりそうで……。もしもこうしたトラブルが発生したら、やっぱり弁護士さんなのでしょうか。
猪谷
怖がらせてしまったかもしれませんが、残念ながら珍しい話ではありません。私が取材したなかでも、ほとんどのギャラリーストーカーがはじめは純粋に作家を応援したいという人たちですが、のちにトラブルに発展したケースがたくさんありました。そしてギャラリーストーカー被害にはもちろん男性もいますが、絶対数として若い女性の被害が圧倒的に多いです。相手が女性の場合もあります。そのリスクと対応策については、本来は個人がすべて追うべきことではなく、学校でのカリキュラムに入れるとか、ギャラリー側の意識を高めてもらうことも必要なのですが、現状では追い付いていないので、自身ができることは考えておいた方がよいでしょう。
実際にトラブルが発生した時には、まずは友人や先輩、あるいはギャラリーの人でもよいので、身近な人に相談して、協力を求めてください。決して1人で抱えて悩まないように。
マル海
弁護士も、怖そうとか料金が高そうと、ハードルが高く感じられがちですが、無料で相談できる事務所や、土日祝日まで対応してくれるところも数多くあります。また、「法テラス」の民事法律扶助という制度を使えば、弁護士費用を安くできたりもします。事件になっていなくてもよいのです。「これは法律の問題ではないのでは?」と思い込まず、「変だな」「困ったな」と思ったら、とりあえず相談してみてください。なかには冷たい対応をする弁護士もいるかもしれませんが、それはたまたま外れだったと思って、あきらめずに他の弁護士に聞いてほしいです。間に立って交渉してくれる人を確保することが重要です。そして違和感を持ったら、SNSでも日記でも構いませんので、日時がわかるものに記録を残しておくようにしましょう。
猪谷
明らかな犯罪行為を受けた場合には、泣き寝入りせずに、すぐ警察に連絡してください。あなたが悪いことはないのですから。この時も協力してくれる第三者の存在がきっと勇気になるはずです。
東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」
東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」は、東京都内で活動するアーティストやあらゆる芸術文化の担い手の持続的な活動を支援し、新たな活動につなげるプラットフォームです。オンラインを中心に、専門家等と連携しながら、お悩みや困りごとに対応する「相談窓口」、活動に役立つ情報をお届けする「情報提供」、活動に必要な知識やスキルを提供する「スクール」の3つの機能で総合的にサポートします。「芸術文化活動で受けられる公的な支援や民間の助成金を知りたい。」「確定申告の仕方や、著作権の考え方がわからない。」「ハラスメントのことで相談したい。」「団体の活動を継続的に行うためのアドバイスがほしい。」など、都内で活動するアーティストや芸術文化の担い手が直面するさまざまなお悩みや困りごとについて、芸術文化の知識・経験を持つ相談員が対応し、解決に向けてお手伝いします。ご相談の内容によっては、適切な関係機関におつなぎしたり、必要に応じて弁護士等の外部専門家を紹介します。
日本司法支援センター 法テラス
オンラインで24時間、法的なトラブルの解決に必要な情報やサービスを受けられる、国が設立した総合案内所です。
https://www.houterasu.or.jp/
Arts and Law
Arts and Law(AL)は、弁護士・弁理士・会計士など有資格の専門家の協働による、芸術・文化・創造的な活動への無料相談窓口をはじめとする支援プログラムを企画運営する非営利の任意団体です。
https://www.arts-law.org
弁護士ドットコム
「弁護士ドットコム」は、無料法律相談サービス「みんなの法律相談」や、地域や分野などから弁護士や法律事務所を探せる「弁護士検索」など、法律トラブルの解決をサポートするサービスを多数ご用意しています。
https://www.bengo4.com/