最寄り駅の駒込駅から正門までは徒歩約10分、期間限定で開門する染井門は交差点の信号を渡ってすぐのところと、アクセスのよい六義園(りくぎえん)。ここは五代将軍徳川綱吉に重用された大名である柳澤吉保(やなぎさわよしやす、1658〜1714)が、加賀藩前田家の屋敷地だったところを拝領した下屋敷地でした。
春はシダレザクラ、秋は紅葉を楽しめる庭園ですが、一歩を踏み込んで鑑賞しようと思うと一筋縄ではいかない庭園なんです。今回訪問すると聞いたときは「ついに来たな」と思いましたね。
和歌のテーマパーク 六義園〈前編〉
東京の静寂を探しに
No.013
写真家の櫛引典久さんによる写真と、東京都江戸東京博物館学芸員の田中実穂さんの解説で、東京都内の庭園の魅力を楽しく学ぶ連載。今回はシダレザクラや紅葉の季節に人気の六義園にスポットを当て、その魅力を前後編でお届けします。前編では「和歌のテーマパーク」と評される庭園の世界観、庭づくりのこだわりを紹介します。
写真:櫛引典久
お話:田中実穂(東京都江戸東京博物館学芸員)
協力:公益財団法人東京都公園協会
和歌の浦周辺を再現

六義園のコンセプトは、柳澤吉保が親しんだ和歌の世界の具現化です。当初は「六義園」と書いて「むくさのその」と呼んでいました。これは『古今和歌集』に中国の詩の分類法(詩の六義)にならった和歌の分類の六体が記されていて、それに由来した命名です。
園内は和歌山の景勝地である和歌の浦や熊野、吉野の風景に見立てられ、和歌に詠まれた名所が再現されています。

藤代峠は文京区内で一番標高が高い人工の山で、その高さは約35mです。和歌山県の熊野古道には「藤白峠」があります。ここから園内を見渡すと、ツツジがあちこちに植えられています。これは私の推測ですが、駒込駅を挟んで反対側に10分ほど歩くと「染井植木の里碑」があるんです。かつて江戸時代に植木屋が集まっていた場所で、そこで盛んに栽培されていたのがツツジやサツキの類でした。六義園をつくる際、ここから植木を調達していたのかもしれません。

『東京旧庭』より
滝見茶屋のあたりから流れる川は「紀川(きのかわ)」を再現しています。江戸時代は千川上水の水を引き、それを紀川に見立てて水の流れをつくり、大泉水の和歌の浦につながる趣向です。この大きい石は「水分石(みずわけいし)」といって、水の流れを左右に分けて美しく見せる役割があります。このような自然の滝を表現した庭園は小石川後楽園など、他でもみることができます。

『東京旧庭』より
大泉水に浮かぶ中の島は「妹山(いものやま)」「背山(せのやま)」で、和歌の浦にある妹背山(いもせやま)を再現しています。中の島は蓬莱島(ほうらいじま)とされていることが多く、六義園にも岩を組み合わせた蓬莱島がありますが、これは明治時代に岩崎家の所有となってからのものです。
吹上茶屋の南西にある「尋芳径(はなとふこみち)」は吉野の山を再現したエリアで、かつては桜が植えられ、水香江(すいこうのえ)という入り江もあったそうです。以前の夜間開園のライトアップ時に、青い光で水の流れが表現されたときもありました。
和歌の名所は八十八境

和歌に詠われた名所を再現した場所には石柱が建てられています。この石柱は、当時は八十八境、つまり88カ所ありましたが、現在残っているのは32カ所です。最初に建てられたものは頭が三角、のちに再建されたものは平らになっています。一般公開されていないエリアにもあり、すべてを見ることはできません。

柳澤吉保の年譜をまとめた『楽只堂年録(らくしどうねんろく)』(1702年、公益財団法人 郡山城史跡・柳沢文庫保存会蔵)には「六義園図」が記されています。2013年の特別展「花開く 江戸の園芸」の時、奈良県大和郡山市まで伺いました。それを見ると、和歌にちなんだ松が12本植えられていましたが、現在残っているのは吹上茶屋のそばにある「吹上松(ふきあげのまつ)」だけです。時代を経るなかで失われてしまったのですね。

『東京旧庭』より
六義園を鑑賞するには、和歌に詳しい人、和歌の浦周辺を知る人が一緒にいると、より楽しめるかもしれません。とはいえ、八十八境と数も多く、元となった和歌がひとつの歌集に収録されているわけではないのです。
入口近くに名所を紹介したパネルもありますので、鑑賞のヒントになると思います。ぜひ、石柱を道標に和歌に詠まれた風景を巡っていただきたいですね。
和やかな大名庭園

『東京旧庭』より
六義園は以前訪問した小石川後楽園とともに、江戸の二大庭園とされています。どちらも回遊式築山泉水庭園ですが、小石川後楽園は神田川沿いの高低差を生かしたメリハリのある構成が特徴的で、六義園は全体的に丸みを帯びた優しい輪郭線で構成されています。対照的ではありますが、回遊式築山泉水庭園としては同じなんですね。
また、六義園は他の庭園に比べて、黒松よりも赤松が目にとまります。黒松は樹皮が黒くゴツゴツしていますが、赤松は赤みを帯びた樹皮で、全体的に明るく軽やかな感じがします。江戸時代から赤松だったのかはわかりませんが、和歌の雰囲気に合っていますよね。
私も、えどはくカルチャーでの講座やTokyo Art Navigationの連載を通じて勉強させてもらいましたが、一見同じに見える日本庭園でも、実は同じではありません。持ち主の趣味や考えによって水や石、植物の使い方や鑑賞時に受ける感触が異なります。それがわかると、なおのこと庭園鑑賞は面白くなりますね。
構成:浅野靖菜
六義園
住所:東京都文京区本駒込6-16-3
開園時間9:00-17:00(入園は16:30まで)
休園日:年末年始
入園料:一般300円、65歳以上150円
https://www.tokyo-park.or.jp/park/rikugien/index.html
櫛引典久(くしびき・のりひさ)
写真家。青森県弘前市出身。大学卒業後、ファッションビジネスに携わり、イタリア・ミラノに渡る。現地で多分野のアーティストたちと交流を深め、写真を撮りはじめる。帰国後は写真家としてコマーシャル、エディトリアルを中心に活動。著名人のポートレート撮影を多数手がけ、ジョルジオ・アルマーニ氏やジャンニ・ヴェルサーチ氏のプライベートフォトも撮影。都立9庭園の公式フォトグラファーを務めたのを機に、ライフワークとして庭園の撮影を続ける。第6回イタリア国際写真ビエンナーレ招待出品。第19回ブルノ国際グラフィックデザイン・ビエンナーレ(チェコ)入選。
田中実穂(たなか・みほ)
東京都江戸東京博物館学芸員。特別展「花開く江戸の園芸」を担当。江戸時代の園芸をはじめ、植物と人間との関わりをテーマとした講座や資料解説を手掛ける。また、都内における庭園の成り立ちを周辺地域の特徴から考える講座「庭園×エリアガイド」を行う。
講座の詳細については、江戸東京博物館ホームページ https://www.edo-tokyo-museum.or.jp/event/culture/をご覧ください。