大小さまざまな打楽器と椅子が円形に並んだスペースに8人の参加者が入場し、はじめに一人一人、腕にオレンジ色のリストバンドを装着します。実はこれが、作品「ratatap」体験の鍵になるのですが、仕組みはまだ明かされません。
東京文化会館『ヒカリズム〜音と光で描くリズムの世界』
SDGs × アート
No.001障害がある人もない人も誰もが一緒に楽しめる「共遊楽器」(造語)を制作するアーティスト、金箱淳一さんらによるインスタレーション「ratatap」と、東京文化会館ワークショップ・リーダー(以下、WSL)が初めてコラボレーションを行い、2021年9月5日(日)に東京文化会館で開催された、ミュージック・ワークショップ「ヒカリズム~音と光で描くリズムの世界」。
参加者は、自分たちが生み出した音が、かわらしい「オトダマくん」として現れる、“見える音”を共に楽しみました。
撮影:鈴木穣蔵/提供:東京文化会館(以下の写真すべて同様)
不思議なリストバンド、手を叩くと現れた「オトダマくん」
まずは簡単にウォーミングアップ。手で身体を叩いたり、席ごとに順番に手を叩いて、音をぐるりと一周させてみたり。WSLから次々に提案される音遊びに夢中になっているうちに、会場は徐々に暗転。参加者が手を叩くと同時に、目の前の床に、愛嬌のある瞳のついた、カラフルな「オトダマくん」が出現し始めます。
ここで、制作者の金箱さんと、共同制作者である猪口大樹さん(映像制作)、吉田真也さん(プログラム開発)が「博士」として登場。普段見えない音を、見える「オトダマくん」にする共遊楽器「ratatap」の仕組みを説明します。
「オトダマくん」は、参加者が手を叩いたりして音を出すと同時に現れる、音が姿形を持ったキャラクター。実際には、リストバンドに付いたセンサーが音そのものではなく、音を出したときの手の振動を感知することによって現れるのだそう。「オトダマくん」の色は立つ場所によってさまざまで、参加者ごとに違います。
「オトダマくん」によって見えた、自分の音、他者の音
順番に手を叩き、参加者各々が自分の「オトダマくん」の色を知った上で、皆で一斉に「パン!」と手を叩いてみます。すると、ところどころ、「オトダマくん」同士が星座のように線でつながりました。誰かと誰かの音のタイミングが一致すると、「オトダマくん」同士が線で繋がり引き合うのです。
そこからは益々お楽しみの時間です。WSLが太鼓やピアノ、コントラバスで奏でるメロディやリズム、合図に合わせて、身体のいろいろなところを叩いて、参加者全員で「オトダマくん」を一斉に発生させます。さらに後半は、リストバンドに付いていたセンサーを打楽器の打面に付け換え、参加者自身が打楽器を演奏し大合奏。会場で重なる音を、賑やかでリズミカルな「オトダマくん」たちの動きと一緒に楽しみます。
ワークショップの最後、「オトダマくん」たちはとても大きな「デカダマくん」に変身。ところせましと飛び跳ねながら、楽しそうに消えていきました。
コラボレーションによって引き出される作品のポテンシャルと新たな可能性
今回の企画は、5人のWSLと3人の「ratatap」制作者の協同により、約3ヶ月の準備期間、2回のクリエイションの場を経て実現しました。まずはWSL自身がとことん「ratatap」を遊び尽くした上で、その機能をどのように音楽ワークショップに取り込めるか意見を出し合いながら、プログラムを組み立てていったと言います。
ワークショップ終了後、制作チームとWSLチームそれぞれを代表して、金箱さんと野口さんに今回のコラボレーションを振り返っていただきました。
WSLの一人である野口さんは、「最初に体験したときの感想は、まず『オトダマくん』かわいい!でした。目が付いていてとても愛着が湧くし、この子たちとワークショップができるなんて、ワクワクしました。普段の音楽ワークショップでも、聴覚障害のある方がどうしたら音を感じられるか、太鼓の打面の振動を利用したりと試行錯誤しています。今回は、発した音が『オトダマ』として見える姿で現れて、さらに、他の人が同時に音を出すと『オトダマ』同士が線で繋がる。自分だけではなく、人が発した音も一緒に見ることができたんです。音楽を楽しむことの醍醐味は一体感だと思っています。それを、聴こえる人も聴覚障害者も一緒に味わえた。魔法のようでした」と話します。
聴覚障害のある参加者からも、「これまで、音楽でコミュニケーションを取るというのがよくわからなかったけれど、今日のワークショップに参加して、その意味が初めてわかった気がした」という感想が寄せられました。
「ratatap」制作者の一人である金箱さんは、「共遊楽器」というご自身の制作テーマについて、「メディアアートの役割の一つに、音など普段見えないものを可視化することがあると思っています。玩具会社に勤めていた頃に、障害の有無に関わらず、誰もが一緒に楽しめる「共遊玩具」の存在を知り、作品をつくる上でも重要なコンセプトになり得ると思いました。それ以来ずっと、自ら『共遊楽器』と名付けて作品をつくり続けています」と話します。
また、「ratatap」や今回のワークショップについては、「これまで『ratatap』の発表は展示が主で、ワークショップでの活用は初めてでしたが、展示でも、リズムを奏でる打楽器を主に使っています。「メロディ」や「ハーモニー」など、他にも音楽の要素はあるのですが、その中でも「リズム」は可視化しやすく、障害の有無にかかわらず、一緒に同じ感覚を楽しみやすい要素だと思っています。普段から僕は作品を「道具」として捉え、作品をどう楽しむかは体験者に委ねているので、今回も、こちらから何か提案したりはせず、『ratatap』の機能をどう使いこなすかはWSLたちに委ねました。ワークショップはダイレクトにフィードバックをもらえる貴重な機会です。今回は、参加者からはもちろんのこと、WSLとのコラボレーションによって、新たなアイデアや気づきをたくさん得ることができました」と語ってくれました。リストバンドで腕にセンサーを付ける手法は、今回のクリエイションを経て生まれた新しいアイデアだと言います。
普段のワークショップでは映像による演出を使わないので、今回のワークショップを経て、視覚要素を使ったアイデアがいろいろ湧いてきているという野口さんに、「すぐにでも実現したい」と返す金箱さん。作品のつくり手と使い手のコラボレーションによって、作品体験やワークショップの可能性は、今後もますます広がりそうです。
Text: 坂本のどか
Photo: 鈴木穣蔵
インフォメーション
東京文化会館ミュージック・ワークショップ「ヒカリズム~音と光で描くリズムの世界」
日時: | 2021年9月5日(日) ①14:00-14:45、②16:00-16:45(手話通訳付き) |
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会場: | 東京文化会館 小ホール |
対象: | ①小学生以上8名 ②小学生以上(聴覚に障害のある方と同伴者)8名 |
出演・構成: | 伊原小百合、桜井しおり、澤田知世、野口綾子、古橋果林(東京文化会館ワークショップ・リーダー) |
主催: | 東京都/公益財団法人東京都歴史文化財団 東京文化会館・アーツカウンシル東京 |
協力: | 株式会社シーマ、モンブラン・ピクチャーズ株式会社、神戸芸術工科大学 |
共同企画: | 金箱淳一(神戸芸術工科大学助教/楽器インタフェース研究者) |
企画制作: | 東京文化会館 事業係 |
助成: | 文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)|独立行政法人日本芸術文化振興会 |
共遊楽器「ratatap」 | |
制作: | 金箱淳一(神戸芸術工科大学助教/楽器インタフェース研究者) |
共同制作: | 猪口大樹(レッドギークピクチャーズ)、吉田真也(モンブラン・ピクチャーズ株式会社) |