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新宿〈後編〉 age25

石川直樹 東京の記憶を旅する

No.016
新宿 2020/9/24

17歳でのインド一人旅を皮切りに、世界各地の極地や高峰、海原へと飽くなき好奇心で分け入り、その記録を写真と文章で紡ぐ石川直樹さん。東京は石川さんが生まれ育った街であり、現在も旅の発着点の街。記憶の時系列で東京各所を辿ります。


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2021.08.25

Photo & text:石川直樹[いしかわ・なおき]

超高層ビルが密集し、その頂点に東京都庁を擁する西新宿。有名百貨店や家電量販店が軒を連ねる新宿駅東口付近から新宿通り、靖国通り沿い。無数の映画館や遊戯施設が密集する歌舞伎町。新宿と一口に言っても、新宿駅の各出口、番地によって様相は大きく変わる。石川直樹にとって新宿という街は、節目となる発表をしてきたギャラリーが点在する重要な場であり、同時に、その多彩で隈雑なエネルギーに引き寄せられ続ける場でもある。

14-1――初の個展会場〈エプサイト〉

森山さんとお会いしてから半年くらい経った頃、当時西新宿にあった〈エプサイト〉(現在は千代田区に移転)のキュレーターの方から、「P2P」の写真による個展の話をいただき、生まれて初めての写真展を開きました(石川直樹写真展 「極性に向かって─for circumpolar stars」2003年2月12日~3月30日)。
〈エプサイト〉は当時、西新宿の高層ビルの一つ、新宿三井ビルディングの1階にあったエプソンのギャラリーです。広いスペースに、選んだ大小50点ほどのパネルを作り展示しました。これまで何十回と写真展をやってきましたが、展示をしたのはこれが最初の最初で、原点といえる体験になりました。人通りの多いところなのでふらりと訪れてくれる人も多かったし、7大陸最高峰の最年少登頂で多少話題になっていた時でもあり、ぼくのことを認識した上で来てくれる人も結構いました。
当時まだ不慣れだったインクジェット出力やデジタル技術の最先端を垣間見ることができましたし、自分の撮った写真が多くの人の目に触れていくさまを直に感じることで、「展示をして、写真を見てもらうというのはこういうことなんだ」という実感がわいてきました。

石川直樹写真展 「極性に向かって─for circumpolar stars」フライヤー

〈エプサイト〉の展示から、「P2P」の写真集もつくることになりました(『POLE TO POLE 極圏を繋ぐ風』2003年、中央公論新社)。これも初めての経験でしたが、ここで学んだことが、その後の写真集づくりの基本になっています。
たとえば写真の構成は、実際の旅の流れに沿って粗選びして、そのあとに編集者やデザイナーとの協同作業によって手直ししていきます。自分だけで選ぶとどうしても「この写真は苦労して撮ったから」などという余計な思い込が入りがちですが、写真にそんな苦労の跡は一ミリも写らないですよね。
たった一度きりの自分の旅が、写真集を手に取ってくれる人を含めた第三者の目線で見てもらうことによって、或いは自分で幾度となく見直すことによって、複数の旅に変わっていくという感じでしょうか。自分がこうだと思い込んでいた旅の記憶が、いろいろな人の目に触れて変化して、枝分かれしていくのが楽しいです。過去の旅なのに、いつも新しい感じがして、驚きがあります。

14-2――一回の旅が複数の旅に

新宿 2020/9/24

14-3――出口ごとに違う顔

新宿は巨大な街だけに、駅の出口ごとにまったく違う顔が展開しています。
西口側は、初個展をした〈エプサイト〉をはじめ、ぼくの2番目の作品集『THE VOID』(2005年、ニーハイメディア・ジャパン)の写真展をした〈ニコンサロン(現ニコンプラザ)〉、そして〈オリンパスプラザ東京〉など、大手のカメラメーカー系の写真ギャラリーが高層ビル群のあちこちにあり、さらに〈ヨドバシカメラ〉の巨大な本店もあって、写真に関わるなら、新宿にはきっと何度か足を運ぶことになるでしょう。
東口は、新宿アルタ前の雑踏を抜けて、歌舞伎町や花園神社、ゴールデン街などの隈雑な「ザ・新宿」的場所につながっていく玄関口のイメージです。
新宿御苑、四谷三丁目方向まで足を伸ばすと、出版社にギャラリーと書店が併設されている〈蒼穹舎〉に始まり、〈フォトグラファーズギャラリー〉〈PLACE Ⅿ〉〈トーテムポールフォトギャラリー〉などのミニギャラリーが群雄割拠していて、一通り回っていくといろいろな写真家の現在地点に触れることができます。
新宿に出れば必ずどこかの写真ギャラリーで展覧会をしているので、見に行くときは1日で数件のペースで、まず出る出口を決めてそこから街を一周する道のりがなんとなく決まります。
西口のギャラリーを回った後、思い出横丁(ションベン横丁)脇のガード下通路から東口に抜けていくコース。南口から画材屋の〈世界堂新宿本店〉に寄って、新宿御苑方向に向かうコースなど、その日によっていろいろなルートを歩きました。

新宿 2020/9/24

14-4――人がいない場所も、人がいる場所も

人気のない山岳地帯への旅も多いからなのか、ぼくは人ごみなどが苦手なんではないかと思われがちです。人がいないところも好きですが、カルカッタや新宿のように、人が多い、騒がしい雑踏が実は大好きです。
新宿を歩いていると外国人にも多く会うし、外国人向けの店も多い。こうしたインターナショナルな面や、人生をあらわしているような個性的な顔立ちの人も他の街と比べて多い。こうした一人一人が集まって、ひとつの空間にぐいっと詰め込まれたカオスな状態が新宿の好きなところです。カメラを持ちながら歩いていると、すれ違う人から次々にストーリーをもたらされる感覚があります。

新宿 2020/9/24

石川直樹(いしかわ・なおき)
1977年東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。
2020年『まれびと』(小学館)、『EVEREST』(CCCメディアハウス)により日本写真協会賞作家賞を受賞した。

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