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日比谷公園

石川直樹 東京の記憶を旅する

No.017
日比谷 2023/10/26

17歳でのインド一人旅を皮切りに、世界各地の極地や高峰、海原へと飽くなき好奇心で分け入り、その記録を写真と文章で紡ぐ石川直樹さん。東京は石川さんが生まれ育った街であり、現在も旅の発着点の街。記憶の時系列で東京各所を辿ります。


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2024.01.09

Photo & text:石川直樹[いしかわ・なおき]

1903(明治36)年に、日本における近代的洋風公園の先駆けとして開園した日比谷公園。日比谷は映画館や劇場が集まる文化の街であると同時に、周辺にはオフィスビルが立ち並び、新橋・虎ノ門や官公庁の集まる霞が関に隣接するビジネス拠点でもあります。都会のオアシスとして、日本初の洋風公園としての歴史を刻んできた日比谷公園。そのなかでもシンボリックな外観をした日比谷図書文化館で、この度、石川直樹さんの展覧会が開催されます。

ハイカラな洋風公園

日比谷公園を設計したのは、「日本の公園の父」と呼ばれる本多静六博士です。東京では日比谷公園や明治神宮、ほかにも北海道から九州まで日本全国の公園を設計しました。
日比谷公園は1903(明治36)年の開演以来、関東大震災や第二次世界大戦、2度の東京オリンピック、歴史的な出来事をずっと見てきた公園と言えます。大正時代になって遊具やテニスコートの拡張のほか、3つの洋(洋食・洋楽・洋花)が採用されました。

日比谷公園の洋食といえば、松本楼ですね。開園と同時にオープンして、当時は流行に敏感な若者たちにも人気のおしゃれなお店でした。現在の人気メニューである『ハイカラビーフカレー』は、ぼくが通ってきたインドやネパールのカレーと違って、辛くなく、肉がやわらかくておいしい。なんというか、日本独自のザ・カレーライスの代表格のようなメニューです。

松本楼のテラス前にある首賭けイチョウは、推定樹齢が400~ 500 年、幹周りが7mもある大木です。もとは江戸城の城門のひとつである日比谷見附、現在の日比谷交差点あたりにあったそうですが、道路の拡張工事のために伐採される予定でした。そこを本多博士が「私の首を賭けてでも守りたい」と主張し、現在の場所に移植させました。
このイチョウはこれまで色々な災難に見舞われてきました。日比谷公園で行なわれた沖縄返還協定批准に関する反対集会で、学生が投げた火炎瓶によって松本楼は全焼。イチョウも火の粉をかぶって焼けただれてしまったそうです。それでも枯死することなく、逆に樹勢を取り戻したことから、パワースポットにもなってしまった。
自分の中では、この首賭けイチョウと松本楼はセットなのです。どちらも歴史があって、日比谷公園の象徴的な場所だとぼくは認識しています。これまでも立派だなあ、と思ってはいましたが、本多博士の著書などを読んで思い入れが深くなり、より撮りたくなりました。

日比谷 2023/11/24

大規模改修

現在、開園130周年となる2033(令和15)年に向けて「都立日比谷公園再生整備計画」が進行中です。テニスコートが多目的な球技広場になったり、ユニバーサルデザインの遊具や授乳室を新設、ふたつの野外音楽堂のうち大音楽堂の一部に屋根が取り付けられる予定とのこと。今年から改修工事が始まって、園内には所々囲いも見られますね。

日比谷門口から入ってすぐの大噴水は、上中下段のオーソドックスな三段構造で、日本初の洋風公園のシンボル的な存在でした。この噴水も整備されるそうです。

日本初の野外音楽堂となるのは小音楽堂のほうで、1905(明治38)年に完成。開放的な空間で西洋音楽を楽しめる場所でした。現在の建物は3代目になります。
数々のライブが開かれてきた野外音楽堂(大音楽堂)は、1923(大正12)年、1983(昭和58)年に続く3度目の改修工事になります。

日比谷公会堂も絵になりますね。1929(昭和4)年に実業家・安田善次郎の寄付により建設され、現在は東京都の歴史的建造物に指定されています。裏手の螺旋階段も綺麗です。
公会堂という名前はよく聞きますが、何のための建物なのかあまり知られていませんよね。大正デモクラシーの時代に、演説や講演会といった集会や式典を行うためにつくられたそうです。いまはコンサートや舞台公演も開催されているとのこと。

日比谷 2023/10/26

自然に溶け込む空気感

公園では写生をする人をよく見かけますが、守られた空間で思わぬハプニングが起こることも少ないし、誰かに邪魔もされない。じっくり座って写生するにはいい環境なのでしょうね。これも本多博士の設計の特長ですが、遊歩道が長くて曲がりくねり、何度も交差するので、色々な角度から木々を眺められる。

本多博士が設計した日比谷公園は、当初の理念を引き継ぎながら、改修によっていまの風景とは違ったものになるでしょう。そこにはいくらか寂しさもあり、だからこそ、写真を撮りたいという気持ちになります。いまの姿を記録しておく方法には、現代なら3Dスキャンや模型で残す方法もありますが、写真には写真家の眼差しが写っています。そこに写真家がいて目の前の風景をみている、その視線が写り込む。
今、写真を撮り、記録しておくことで、日比谷公園の姿が写真のなかでずっと生き続けることを願っています。

日比谷 2023/10/26

日比谷図書文化館

日比谷図書文化館は、1908(明治41)年に「東京市立日比谷図書館」として開館しましたが、空襲で全焼したため、1957(昭和32)年に建て替えられました。この時、日比谷公園の区画整理により残された土地が三角形だったため、三角形の建物となったようです。2011(平成23)年に複合文化施設「千代田区立日比谷図書文化館」として生まれ変わり、千代田の歴史を紹介する常設展示室、企画展のための特別展示室が加わりました。
朝行くと、利用者の人たちが朝から並んでいるんですよ。いい席を取って仕事や勉強をするのでしょうか。図書館はぼくには静かすぎて逆に落ち着かないのですが、でも人の中で仕事をしたいタイプなので、図書館で勉強などをしたい気持ちはわかります。本に囲まれているので、なんでもすぐに調べられますしね。

ぼくが建築を撮影するときは、建築家の意図などをそこまで意識せず、周りを歩きながらアングルを決めています。建築写真ではなく風景写真として撮っていく。だから人が入ってもいいし、変な影があってもいい。建築にしろ、鉄道や料理にしろ、ひとりの人間として被写体に出会い、忖度せずに自分が反応したものを撮っていきます。

建物の形もそうですが、図書「文化」館というネーミングも面白いですよね。名前の通り、文化事業も積極的に開催しています。ぼくの旅はいつも本が出発点になっています。本を読んで、「ここに行きたい、あそこのことを知りたい」と思って旅に出ます。なので、図書館は好きな場所だし、ぼくのなかで旅と本は分かち難く結びつき、両軸にあるものなのです。

日比谷 2023/11/24

ヒマラヤの8000メートル峰14座

今回の展覧会では、ヒマラヤの山々の写真を、図書館の蔵書や新聞記事とともに展示する予定です。世界には標高が8000m以上の山が14座あって、そのすべてがチベット、ネパール、パキスタンにまたがる大ヒマラヤ山脈にあるんです。「14座へ」となっているのは、来年3~4月に残り1座となったシシャパンマという山に行こうと思っているからで、シシャパンマに登れたら、ぼくのヒマラヤへの旅は一区切りになるでしょう。

山と本は相性が良く、登山家は登山の過程を昔から文字にしたためてきました。目的の山に辿り着くまでには、麓まで2週間も徒歩で移動することもあるし、登頂までに2カ月以上かかる場合もある。写真だけではそうした持続的な活動の総体はなかなか伝わりにくいものです。今回は登山に関する書籍も展示しつつ、そこから抜き出したテキストも添え、14座のそれぞれの個性について少しでも感じてほしいと考えています。写真と本を絡めた展覧会ができるのは、日比谷図書文化館だからこそ。ここで展示の機会をいただけたのは嬉しいですね。

日比谷 2023/10/26

特別展「石川直樹:ASCENT OF 14 ―14 座へ」
会期:2023年12月16日(土)~2024年2月18日(日)
休館日:12月18日(月)、12月29日(金)~1月3日(水)、1月15日(月)
会場:千代田区立日比谷図書文化館  1階 特別展示室
入場料:一般 300 円、大学生・高校生 200 円
主催:千代田区立日比谷図書文化館
*開室時間が曜日により異なります。詳細は公式サイトでご確認ください。
https://www.library.chiyoda.tokyo.jp/information/20231120-hibiyaexhibition_ascentof14/

石川直樹(いしかわ・なおき)

1977年東京都生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。2008年『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により日本写真協会賞新人賞、講談社出版文化賞。2011年『CORONA』(青土社)により土門拳賞。2020年『EVEREST』(CCCメディアハウス)、『まれびと』(小学館)により日本写真協会賞作家賞を受賞した。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。最新刊に『Kangchenjunga』(2022年、POST-FAKE)、『Manaslu 2022 edition』(2022年、SLANT)など。作品は、東京都現代美術館、東京都写真美術館、横浜美術館、沖縄県立美術館等に収蔵されている。

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