東京のアートシーンを発信し、創造しよう。

MENU
MENU

メトロポリタン美術館 服飾研究所

パブリックドメインで巡る世界の美術館

No.006

パブリックドメインとは、著作権を有さない公共の知的財産のこと。世界には、そのような所蔵品をインターネット上で公開している美術館があります。パブリックドメインとなった所蔵品を取り上げ、その魅力をあらためて紐解きます。


Share
2022.04.12

パブリックドメイン(公共の知的財産)となった所蔵品をオンラインで公開している、世界の美術館を巡るシリーズ。第6回は、古今東西のあらゆる作品を収集する世界屈指の美術館、ニューヨークのメトロポリタン美術館(通称MET)です。1948年には、MET付属の服飾研究所(Costume Institute:コスチュームインステュート)を開設、15世紀から現代に流行したファッション約3万3千点がコレクションされています。

特に毎年5月に開催される「メットガラ-Met Gala-」は、研究所の資金集めのチャリティイベントとして始まりましたが、次第にセレブリティたちの奇抜なドレスがメディアをにぎわせるようになり、今ではファッションの祭典として世界中から注目されています。今回は、(公財)京都服飾文化研究財団の学芸員、筒井直子さんに「もし、18世紀~19世紀にメットガラがあったら」というテーマで、歴史衣装3点を選んでいただきました。


《宮廷用ドレス》 1750年頃

淡いブルーの豪華絢爛な宮廷用ドレス。繊細な銀糸の装飾も見事です。そしてとりわけ目を引くのが横に大きく張り出したスカートの形でしょう。18世紀の欧州の宮廷で流行したスタイルです。鯨のヒゲや籐などで作られたパニエという下着がスカートの形を内側から支えていました。
本品の着用者は不詳ですが、人口の1%にも満たない貴族階級の女性で、しかもドレスの種類から宮廷に出入りできるさらに限定的なクラスであることがわかります。彼女たちが装いで表現しなければならなかったこと。それはステイタスの「顕示(見せびらかし)」です。最高級の絹織物や装飾の豪華さで財力が示され、その階級は、労働とは無縁の動き難いドレスの形態によって表されているのです。「顕示」というファッションの一つの役割はいつの時代にもみられますが、18世紀の宮廷社会では顕著でした。本品はファッションが社会的な装置であることを雄弁に物語っています。

《ドレス》 1804–14年

1789年に起こったフランス革命は、社会構造とともにファッションも一変させました。それまでの支配層である貴族階級が失脚すると、今度は市民階級の富裕層のなかからファッション・リーダーが現れました。この新しいリーダー達が着用したのが、本品のような真っ白い綿織物で作られた極薄のドレスでした。貴族階級を思わせる重厚で装飾過剰な絹織物のドレスはすっかり過去のものになったのです。本品は前の時代と比べるとかなり簡素にみえる装いですが、極薄の綿織物は当時の最新技術で織られており、人々の羨望の生地でした。最新のハイテク素材を身にまとった女性たちは肌が大胆に透けることも厭わず、新時代のファッションを軽やかに謳歌したのでした。

《宮廷用ドレス》 1888年頃

流行という現象は、いったん火が付くと極限にまで行きつく傾向がありますが、1880年代のドレスの形もその一例です。異様に大きく膨らんだ本品の臀部は、1870年代~80年代にかけて大流行したスタイルでした。物理的に形状が持ちこたえるところまで大きくなり、このドレスが作られた年代にその流行がピークに達しました。この奇妙な形は、当時、風刺画の恰好の題材となったほどです。
本品は19世紀後半のフランスで最も成功を収めたデザイナー、シャルル=フレデリック・ウォルト(1825–1895)が制作したドレスです。取外し可能な豪華なトレーン(引き裾)が目を引きます。他を圧倒する洗練されたスタイルで人気を博したウォルトの店には、欧州のみならずロシアやアメリカにも数多くの顧客がいました。本品を着用したエスター・チャピンも顧客のひとり。米国初代大統領ジョージ・ワシントンの子孫にあたるアメリカ随一のセレブリティでした。

もし18世紀や19世紀に「メットガラ」があったなら、ここに挙げたような流行の衣装が人々を熱狂させていたことでしょう。

Text:筒井直子(公益財団法人京都服飾文化研究財団 学芸員)

メトロポリタン美術館

ニューヨークのセントラルパークに位置する、アメリカ随一、世界最大級の美術館。膨大なコレクションを誇り、エジプト、メソポタミア、エーゲ海、中国などの古代文明からギリシア・ローマ、ヨーロッパの中世、ルネサンス、近代、イスラムにいたる世界各地の美術を広く収集展示している。
https://www.metmuseum.org

住所:1000 5th Ave, New York, NY 10028 アメリカ合衆国
入館料:大人 $25、65歳以上 $17、学生 $12、12歳以下は無料

The Costume Institute (英語)
https://www.metmuseum.org/about-the-met/collection-areas/the-costume-institute

・メットガラ 2021年ハイライト
https://www.metmuseum.org/about-the-met/collection-areas/the-costume-institute/met-gala-livestream 

公式アカウントをフォローして
東京のアートシーンに触れよう!