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違和感の塊! 忠臣蔵でメリー・クリスマス?

江戸アートナビ

No.009
江戸アートナビ9

江戸絵画の専門家・安村敏信先生と一緒に、楽しく美術を学ぶコラム「江戸アートナビ」。今回は、12月にピッタリの作品、安田雷洲(やすだらいしゅう)の《赤穂義士報讐図(あこうぎしほうしゅうず)》を紹介します。知られざる絵師の奇想天外な発想に注目です。


監修/安村敏信氏

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2014.12.14

Point.1 銅版画の技法を駆使して描かれた『忠臣蔵』

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安⽥雷洲《⾚穂義⼠報讐図》本間美術館蔵

――12月といえば忠臣蔵ということで赤穂義士の絵……、ですよね?

これは、赤穂義士たちが炭小屋の前で首実検をしている場面です。討ち取った首が主君・浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の仇敵(きゅうてき)、吉良上野介(きらこうずけのすけ)のものかどうかを確かめているんですね。

《赤穂義士報讐図》を描いた安田雷洲についてみなさんほとんど知らないと思うんですが、司馬江漢(しばこうかん)、亜欧堂田善(あおうどうでんぜん)に次いで銅版画の技術を進めた人として、銅版画史の中に名前が出てきます。この絵の細かい描写も、線で量感を出していくエッチングの手法をそのまま肉筆画に応用しているようです。

知名度と同様、雷洲の肉筆作品はまだそこまで数がないのですが、見つかるもの見つかるもの、みんな面白いんですよ。《危嶂懸泉図(きしょうけんせんず)》という山水図は「何じゃこりゃ」という変な絵だったり、出てくるもの出てくるもの、どれひとつとして従来の日本絵画と並べると違和感のないものはない。どの絵も違和感の塊なんです。

Point.2 念ずれば出る! 研究者の執念で明らかになった原図の存在

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アルノルト・ハウブラーケン原画 ギリアン・ファン・デル・ハウエン版刻 《⽺飼いの礼拝》 初版1720年 オランダ聖書協会蔵 ※『国華』第1342号より転載

――もうひとつ、大きな違和感の秘密が隠されているんですよね。

雷洲は蘭学者でオランダの知識もあったので、《赤穂義士報讐図》は聖書の主題のひとつ「東方三博士の礼拝」がベースにあるのではないかと考えられていました。ただ確たる証拠がなかったんですね。それが、ある時、ピッタリの図が出てきたんです。それがこの《羊飼いの礼拝》。天使のお告げにより、羊飼いたちが生まれて間もないイエスのもとを訪ねるという聖書の一場面が描かれています。原図が見つかったことに驚きですが、さらに比べてビックリ。何で生まれたばかりのイエスを、殺されたばかりの吉良の首にしたのか。こんな転換、ふつうしないでしょう。生と死を逆転させたところが非常に面白い。雷洲は原図の意味を知っていたからこそ、あえて逆転させたと思いたいですね。

――キリストの生誕(クリスマス)が忠臣蔵……、確かにもの凄い違和感です。それにしても、よく原図が見つかりましたよね。

原図を見つけるというのは、研究者の執念あってのこと。私も20代の頃、狩野探幽(かのうたんゆう)の研究をしていて、明治36年の『国華』という雑誌に掲載されていた探幽の《風神雷神図屏風》をずっと探していたんだけど、全然世に出てこなかった。そこで「出ろ~出ろ~」と念じていたら、出てきたんだね。とある方から「うちの母が持っています」という申し出があり、即見に行ったら仰天。広いお屋敷におばあちゃんが一人。そして、探幽の本物があったんだよ。山根有三先生という琳派(りんぱ)の研究者も、「念じたら君、出るもんじゃよ」と仰ってましたね。《赤穂義士報讐図》を研究されている岡泰正さんも、執念でどんぴしゃりを見つけ出したんだと思います。

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Point.3 マイナーからメジャーへ。作品が世に出ていくまで

――私たちが作品を目にするまで、研究者のみなさんの念と様々な努力があるんですね。

まず、研究を進めるためには物が出てこなきゃいけない。物が出てくるためには値段が上がらなきゃいけない。何故なら、物を市場に流通させる方たちは商売ですから、儲からないものはダメなんですよ。美術館に出品されると作品の値段が上がりますが、これは図録がつくられるからです。図録をつくると、地方へ持っていっても安心されるわけ。よくわからない人が「お宅の蔵に、何かいい絵はないですか」なんて訪ねてきたら、怪しいでしょ。「うちの蔵が狙われてる」なんて思われてしまうのが関の山。そこで美術館の図録を見せると、説明しやすいし、された方もわかりやすいんですね。

そんな状況があるので、出版物を通じて作品や作家を有名にすることも私の仕事のひとつだと思っています。とにかく出版物でしつこく紹介する。講演会の内容に関係なくても、作品を見せつける(笑)。すると骨董屋さんや業者さんが面白いと思って、全国を探し回ってくれる。その中から本物が見つかってくる。まだまだ日本の蔵は奥が深いんですよ。ただ、すぐ本物が出てくるかというとそうではありません。最初の蔵出しから骨董屋さんに転売されて、ある程度精査された段階でも、全部が全部本物とは限りません。そんな中を僕ら学芸員は走り回って、作品を探し出してきたわけです。安田雷洲もこれからどんな作品が出てくるのか、楽しみですね。水戸の林十江(はやしじっこう)という絵師も凄い絵を残しているので注目ですよ。

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監修/安村敏信(やすむら・としのぶ)

1953年富山県生まれ。東北大学大学院博士課程前期修了。2013年3月まで、板橋区立美術館館長。学芸員時代は、江戸時代の日本美術のユニークな企画を多数開催。4月より“萬美術屋”として活動をスタート。現在、社団法人日本アート評価保存協会の事務局長。主な著書に、『江戸絵画の非常識』(敬文舎)、『狩野一信 五百羅漢図』(小学館)、『日本美術全集 第13巻 宗達・光琳と桂離宮』(監修/小学館)、『浮世絵美人解体新書』(世界文化社)など。

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