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静嘉堂@丸の内(静嘉堂文庫美術館)

新しいアートスポット

No.013

世界に3つしかない茶碗《曜変天目(ようへんてんもく)》をはじめ、国宝7件、重要文化財84件を収蔵する静嘉堂文庫美術館。静嘉堂文庫の創設から約130年を経て2022年秋、丸の内に展示室を新設しました。愛称は「静嘉堂@丸の内(せいかどうアットまるのうち)」。場所はJR東京駅から徒歩5分の明治生命館1階です。重要文化財でもある近代建築を生かした華やかな内装で、光が差し込むホワイエを中心にぐるりと展示室が囲みます。展示室新設に至るまでの歴史を振り返りながら、新たなスタートをきった、静嘉堂文庫美術館の魅力を紹介します。


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2023.09.12

タイムカプセルのようなコレクション

静嘉堂文庫美術館の原点は明治時代に遡ります。三菱の創業者・岩崎彌太郎の弟で2代目社長である岩﨑彌之助(いわさき・やのすけ/1851–1908)は、幕末から明治にかけて生活や文化が大きく変わる中、廃仏毀釈などにより東洋の貴重な文化財が散逸することを憂いていました。彌之助は三菱財閥の基礎を築いたことで知られますが、社長に就任する10年以上前、1876年(明治9)の廃刀令、翌年の西南戦争を機に刀剣の蒐集を始めます。また、茶道具や古典籍など、瓦解した大名家や、中国・清朝末期の蔵書家が残したコレクションを極力一括で蒐集していきました。和書や漢籍(漢文で書かれた書物)は何千冊、何万冊といった単位で購入しています。

静嘉堂@丸の内(静嘉堂文庫美術館)の展示室 Photo: 齊藤幸子

「静嘉堂のコレクションはタイムカプセルのようなものです。幕末から明治の頃にトレンドだった今でいう「文化財」がそのまま保存されていて、今に続いています。けっして、単なる趣味で集めたわけではないんですよね」と学芸員の吉田恵理さんは蒐集の背景を話します。1872年、彌之助は21歳のとき、1年ほどアメリカに留学していました。その時に出会ったのがカーネギーホールで知られる米国の実業家、アンドリュー・カーネギーの著書『富の福音』でした。そこに記された「実業家たるもの、その富を社会に還元しなければならない」という哲学に感銘を受け、芸術文化の支援を始めます。彌之助は蒐集に限らず、同時代を生きる芸術家たちの支援も行いました。そして1892年頃、東京・駿河台の自邸に書庫をつくり、恩師・重野成斎の国史編纂事業を行う場を設け、修史事業を援助しました。これが「静嘉堂文庫」の始まりでした。

鎌倉時代の重要文化財《普賢菩薩像》など仏画の名品や、同時代に描かれた重要文化財の冊子《西行物語》なども見られる Photo: 齊藤幸子

「静嘉堂」の由来

父を尊敬し、このコレクションを引き継いだのが息子の小彌太(こやた/1879–1945)です。「静嘉堂」とは、中国最古の詩集『詩経(しきょう)』におさめられた句「籩豆静嘉(へんとうせいか)」からとったもので「祖先の霊前への供物(くもつ)が美しく整う」の意味があります。小彌太は父の3回忌に世田谷・岡本にジョサイア・コンドルの設計で霊廟を建立しました。そして1924年父の17回忌にあたり、「静嘉」の言葉通り、霊廟のすぐそばに洋館と書庫を建て「静嘉堂文庫」を移設します。そして小彌太自身も《曜変天目》の購入をはじめ、父の築いたコレクションを拡充していきました。彌之助、小彌太親子によって蒐集された、日本と中国における古典籍はおよそ20万冊、東洋の古美術品は約6,500件にものぼります。
小彌太の死後、静嘉堂文庫創設100周年の記念となる1992年、文庫の隣に美術館が開館します。さらに30年の月日が流れ、2022年10月、美術館展示室が丸の内に新設されました。

国宝《曜変天目(稲葉天目)》(12–13世紀) Photo: 齊藤幸子
重要美術品《江口君図》円山応挙筆(1794年) Photo: 齊藤幸子

「丸の内に展示室を新設した大きな理由は、より多くの人に静嘉堂のコレクションを見ていただきたいということです。文化財を保存するだけではなく活用していこうと。静嘉堂@丸の内は東京駅からも二重橋前(丸の内)からも雨にぬれずに来館でき、アクセスしやすいですし。」
実は三菱の社長だった彌之助は、丸の内にビジネス街をつくる開発計画の中に、すでに文化施設を設置する構想をしていました。実現しなかったものの、ジョサイア・コンドルが1892年ごろに書いた図面が残っています。

130年前の夢を受け継ぎ、未来につなぐ

彌之助の130年越しの夢でもあった「静嘉堂@丸の内」は、明治生命館1階のエリアにあります。明治生命館は「様式建築の名手」と称された岡田信一郎による設計で、日本における古典主義様式の傑作。精緻な模様が彫られた天井、大理石の柱、エレベーターなどホワイエや展示室の随所に竣工当時の趣を残しています。

現在の美術館の主な活動は、コレクションの展示、公開に加えて修復があります。2023年8月11日に開幕した展覧会「あの世の探検 ―地獄の十王勢ぞろい―」では、コレクションの核の一つである仏教美術を中心に国宝1件、重要文化財2件、重要美術品5件を含む豪華なラインナップを展示しています。また修復した作品は全12点(うち修理後初公開6点)が美しく蘇った姿でお披露目されました。

重要美術品《十王図・二使者図》(14世紀)と《地蔵菩薩十王図》(14世紀) 全13幅を一堂に展観する初の試み Photo: 齊藤幸子

「今回の展示のほとんどは、彌之助が蒐めたものです。国内の個人の仏教美術のコレクションの中で、当館は質量とも圧倒的で、珍しい作品が多くあります。特に《十王図(じゅうおうず)》はほかでもたくさん描かれていますが、これだけ鮮やかで賑やか、二使者を伴う作品は、中国本国にも類例がない、文字通り『孤本』なのです」
冥界の10人の王を描いた《十王図》。本展は重要美術品《十王図・二使者図》と《地蔵菩薩十王図》をあわせた全13幅をずらりと展示していますが、これも世田谷の展示室ではスペースの制約でかなわなかった展示方法です。

河鍋暁斎が、14歳で早世した少女「たっちゃん」の追善供養のために描いた《地獄極楽めぐり図》(明治2–5年)。たっちゃんが冥界で往生するまでの道のりが全40図にわたってユーモアたっぷりに描かれている Photo: 齊藤幸子
《地獄極楽めぐり図》を忠実に複製した『とことん鑑賞 地獄極楽めぐり図』。同作は折帖仕立(蛇腹状)になっているため、「手にとってめくってもらいたい」と複製を制作した。詳しい解説本つき(税込5,000円、同館ミュージアムショップで発売) Photo: 齊藤幸子

「多くの人に作品を見てもらうこと、そして芸術文化の研究と発展につなげていくことが、創設者彌之助から続いている静嘉堂文庫の願いです」と吉田さん。最近では河鍋暁斎(かわなべきょうさい)が描いた《地獄極楽めぐり図》の複製本や、曜変天目のほぼ実寸ぬいぐるみなどのミュージアムグッズが話題を呼び、裾野を広げる活動をする一方で、世田谷の静嘉堂文庫では専門図書館として、古典籍の閲覧業務を続けています。2023年からは国文学研究資料館のNW事業に参画し、それらをデジタル化する事業もスタートしました。
いにしえの作品を保存・公開し、新たな発見や知の創出につなげる。静嘉堂文庫美術館はその作業を地道に続け、彌之助と小彌太の願いを後世につないでいます。

Text: 佐藤恵美

静嘉堂丸の内静嘉堂文庫美術館
住所:東京都千代田区丸の内2-1-1明治生命館1F
開館時間: 10:00–17:00(金曜は18:00まで、入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(祝休日は開館し翌平日休館)、展示替期間、年末年始など
入館料:一般1,500円 ほか
https://www.seikado.or.jp/

[開催中の展覧会]
あの世の探検-地獄の十王勢ぞろい-
会期:2023年8月11日(金・祝)–9月24日(日)
休館日:月曜、9月19日(火)※9月18日(月・祝)は開館

[次回の展覧会]
静嘉堂@丸の内 開館1周年記念特別展 二つの頂―宋磁と清朝官窯
会期:2023年10月7日(土)–12月17日(日)

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