隅田川と旧中川を東西につなぐ人工河川、竪川(たてかわ)。JR両国駅と錦糸町駅の中間あたり、竪川沿いに「トーキョーアーツアンドスペースレジデンシー(以下、TOKASレジデンシー)」があります。前身のトーキョーワンダーサイトでの実績を含めると15年以上にわたり、800組以上のアーティストが利用してきました。居室12室にスタジオ、ライブラリー、交流室などを備え、現在運営されている公営のアーティスト・イン・レジデンスとしては都内唯一の施設です。
東京で世界へ飛び立つ準備を。TOKASでのアーティスト・イン・レジデンス
アーティスト・サバイバル・メソッド
No.025世界のクリエーターたちと交流できる「トーキョーアーツアンドスペースレジデンシー(TOKASレジデンシー)」では、同時期に滞在する国内外のクリエーターとの交流のほか、英語でのプレゼンテーションや、トーキョーアーツアンドスペース本郷(TOKAS本郷)での展示が予定されるなど、国内のアーティストに対して継続的な支援が組まれています。TOKASの数あるクリエーター・イン・レジデンス・プログラムのうち、今回は「国内クリエーター制作交流プログラム」に参加したアーティストの前田耕平さんと松本美枝子さんの滞在レポートをお届けします。
細やかなフォローアップやメンタリング
TOKASレジデンシーには時期や対象の異なる7つのプログラムがあり、前田耕平さんと松本美枝子さんが参加したのは「国内クリエーター制作交流プログラム」。2019年より毎年異なるテーマを設けたプログラムとしてスタートし、同テーマの海外からの参加者と交流できることが大きな特徴です。2023年のテーマとして「都市を取り巻くエコロジー」が設定されました。
関西を拠点に映像制作やパフォーマンスなどを行う前田さんはSNSを通じて情報を知り、テーマに共感して応募しました。人間や自然の移動などに関心をもちながら制作する松本さんも、知人のアーティストから評判を聞き、このテーマだったらと応募。お二人は審査を経て、2023年5〜7月の約3カ月間滞在しました。
海外で活動するためのスキルをのばす
約90日間にわたる滞在期間中は自身で活動計画を立ててリサーチや制作を行いますが、TOKAS 側でもいくつかのイベントを用意しています。TOKASスタッフとの「個別ミーティング」をはじめ、滞在中に2回、滞在中のアーティストが一堂に介する「コーヒー・ミーティング」、第一線で活躍するアーティストやキュレーターを招いた「スタジオ・ビジット」。ただ滞在するだけではなく、アーティストのスキルを磨く上で重要なスキルアップやメンタリングのような支援が組まれています。
「コーヒー・ミーティング」では、滞在中の計画や、テーマである「都市を取り巻くエコロジー」に対しての自身の作品のプレゼンテーションを行いました。発表者は前田さんと松本さんのほか、同じテーマで制作し、同期間に滞在する「海外クリエーター招聘プログラム」のアーティスト、イギリス出身のエド・カーさんと香港出身のエドウィン・ロウさんも。使用言語はすべて英語のため「英語に自信がなくて」という松本さんは「先に原稿を書いてTOKASのスタッフに確認してもらい、さらに自分のプレゼンを録音して聴き、発音するなど何度も練習して」と入念な準備で挑みました。
「いずれ海外でも作品を発表したい。そのステップアップのために、自分に足りていないものは何かというと語学と、英語圏で作品を作り、見せるための考え方。大変でしたが良い機会をいただいたと思いがんばりました」
特に最初の1カ月は語学を鍛えることに注力したといいます。
国内外の専門家にプレゼンする機会も複数ありました。例えば、キュレーターの四方幸子さんや美術研究者の山本浩貴さん。レジデンス・プログラムで滞在していたキュレーター、アヨス・プルウォアジさんとイザベラ・タムさん。作品への直接的なアドバイスはもちろん、勧められた展覧会や参考文献などもリサーチの大きな糧になりました。
アーティスト同士の交流
応募時からリサーチ対象が同じ「川」だった前田さんと松本さん。「アーティスト・イン・レジデンスでは、リサーチする場所が他の作家と重なることは珍しくありません」と松本さん。そのため、同じ場所のリサーチは避けるようにしていたそうで、前田さんは「その姿勢に影響を受けた」そうです。
「今までの自分だったらそういう考えにならなかったかもしれません。でも松本さんの考えに共感して自分の中でテーマに向き合い続けるスタイルで制作を進められました」
リサーチは一緒に行かずとも、日本語で話せる数少ない同士として、進捗状況や悩みを共有し制作に励んだそうです。また、ほかのアーティストともスタジオや共有スペースで顔を合わせることで、表現方法やスキルについて刺激を受けたと前田さんは振り返ります。
オープン・スタジオと出会い
滞在の終盤には3日間の「オープン・スタジオ」が設けられています。制作やリサーチの過程を公開する機会です。そこで滞在していた全員の制作の全貌が初めて共有されます。前述のとおり、どんな発表を構想しているかは互いに語られなかったなか、「前田さんの映像を見て、すごいパワーだなと思いました」という松本さん。前田さんも「僕が舟で体験したことのバックグラウンドを松本さんが代弁してくれている。結果的に、魚の視点で川に入った自分とそれを俯瞰している松本さんという展示になった」と、両作品の関係を表しました。
誰でも無料で見学できるオープン・スタジオには制作を通じて知り合った多くの人が駆けつけました。生物工学の研究者、フリーランスキュレーター、河川・土木の専門家、近所に住む人たち。これだけたくさんの人と出会えるのも東京ならではの利点でしょう。
オープン・スタジオでの展示は、まだ作品化する前の段階。今回のレジデンス期間のリサーチを足がかりに、そしてオープン・スタジオでの鑑賞者の反応も踏まえて、来夏のTOKAS本郷での展覧会に向けて作品はさらに変化していきます。「最終的に何ができるのかは、まだまだ分かりません」とお2人とも口を揃えます。
「都市を取り巻くエコロジー」を起点に、この交流プログラムを通して培われた作品がどんな姿を見せてくれるのか。2024年の開催が楽しみです。
Text: 佐藤恵美
Photo: 中川周
前田耕平
Kohei Maeda
1991年和歌山県生まれ。2017年京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻構想設計修了。人や自然、物事との関係や距離に興味を向けて、自身の体験を手がかりに、映像やパフォーマンスなどさまざまなアプローチによる探求の旅を続けている。
松本美枝子
Mieko Matsumoto
1974年茨城県生まれ。茨城県常陸太田市を拠点に活動。1998年実践女子大学文学部美学美術史学科卒業。写真家、美術家。学芸員を経て独立。写真や映像、テクスト、音、時には即興や関係性なども用いて、日常、人間や自然の移動などをテーマにした作品を制作。
◎前田さん、松本さんが参加したプログラムはこちら↓
国内クリエーター制作交流プログラム
・サポート内容:滞在費、制作費、居室、シェアスタジオを提供
・滞在期間:5月~7月の間の約3ヶ月間
・募集期間:2024年度の募集は5月中旬ごろ開始予定https://www.tokyoartsandspace.jp/static/file/publication/2019/Other%20Publications/tokasresidency_leaflet_200316.pdf
◎現在募集中のプログラムはこちら↓
国内若手クリエーター滞在プログラム
・サポート内容:滞在費、制作費、居室、シェアスタジオを提供
・滞在期間:9月~11月、1月~3月の間の約3ヶ月間
・募集期間:2023年9月14日〜10月26日
https://www.tokyoartsandspace.jp/archive/application/2023/20230914-265.html
二都市間交流事業プログラム
・サポート内容:渡航費、滞在費、制作費を提供
・2024年度の派遣先:バーゼル、ブリュッセル、ヘルシンキ、ケベック、ソウル、台北
・滞在期間:提携機関により異なる
・募集期間:2023年9月14日〜10月26日
https://www.tokyoartsandspace.jp/archive/application/2023/20230914-264.html
◎TOKASのレジデンス・プログラムについてはこちら↓
https://www.tokyoartsandspace.jp/residence/about.html
◎そのほかTOKASの公募プログラムについてはこちら↓
https://www.tokyoartsandspace.jp/application/about_opencall.html
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