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表現すること、観ること、しばられなくていい。森崎ウィンが「アール・ブリュット2023巡回展『ディア ストーリーズ』」から受け取ったもの

イベント・レポート

No.046
森崎ウィンさん。建築家ユニット・dot architects(ドットアーキテクツ)の設計による展示会場は、公園がコンセプト。木組みが温かな雰囲気の空間になっている

東京都渋谷公園通りギャラリーで、「アール・ブリュット2023巡回展『ディア ストーリーズ ものがたり、かたりあう』」が2023年10月21日から12月24日まで開催されています。本展の音声ガイドナビゲーターを務めたのは、俳優・アーティストとして活躍著しい森崎ウィンさん。美術展の音声ガイドは初挑戦という森崎さんがいち早く会場を訪ね、本展企画者で同ギャラリー学芸員の大内郁さんの案内でアート作品と向きあいました。


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2023.11.06

近年注目されるアートのジャンル、“アール・ブリュット”とは?

アール・ブリュット2023巡回展「ディア ストーリーズ ものがたり、かたりあう」展示風景 会場:東京都渋谷公園通りギャラリー

「アール・ブリュット(Art Brut)」とは、20世紀にフランスの芸術家ジャン・デュビュッフェが提唱したことばで、現代では広く、専門的な美術の教育を受けていない人びとによる独創的な発想や表現に注目したアート作品を指します。

東京都渋谷公園通りギャラリーは毎年、東京都とともに、近年注目される日本のアール・ブリュットの作家たちを都内を巡回展示して紹介する展覧会を企画しており、2023年度はすみだリバーサイドホールギャラリー(9/24〜10/4)を皮切りに、本拠地・東京都渋谷公園通りギャラリーを経て、立川市のたましんRISURUホール(2024/1/24〜2/7)へと巡回する「アール・ブリュット2023巡回展『ディア ストーリーズ ものがたり、かたりあう』」を開催しています。

今回は、「ものがたり」をテーマに7名の作家を紹介。作家たちそれぞれの身近な体験や思考を創作や作品に込めた「ものがたり」とともに、それらを見て、触れることで広がる「物語」、そしてその経験を「語り合う」、という重層的な意味が込められています。

作品からほとばしるエネルギーに圧倒

展示会場で無料で聴ける音声ガイドのナビゲーターを務めたのは森崎ウィンさん。7名の作家の作品に込められた“ストーリー”や見どころを、柔らかい語り口で案内しています。

会場を訪れた森崎さん、まずは「からくり人形」をつくる富永武(とみなが・たけし)の作品に足が止まります。

富永武のからくり人形を見て、「すっげぇ~!」と思わず声が出る森崎さん。おもちゃを前にした子どものように瞳が輝く

富永武は、現在70代。60代から日雇い労働者の町、大阪・釜ヶ崎に暮らし、日課の読書を通じて「からくり人形」の存在を知り、独学で制作を開始します。材料はビールの空き缶。アルミ缶を四角く切り取って平面に伸ばし、設計図はなく、すべてフリーハンドで組み立てます。

たこ焼きを食べるからくり人形「たこ焼き大郎」は森崎さんのお気に入り

しゃがみこんだのは、ジオラマ作家のhideki(ひでき)の作品。

hidekiがつくるのは、廃材やボンド、模型の材料を使った空想の街のジオラマ。「北仙台駅」とされますが、本人は当地に行ったことがなく、架空の風景です。10年近くかけて自宅内に完成させたジオラマの半分が展示されます。残りの半分は、分解して自宅の棚に固定し、背後の壁に街を描き加えています。ジオラマにも絶えず手を加える、スクラップ&ビルド。誰に見せるでもなく、圧倒的な要素を詰め込んで解体と生成を繰り返す作品には、hidekiの終わらない物語とともに、見る者が引き出す物語が生まれます。

hideki「北仙台駅」展示風景
「信号機の数が半端ない……」。細かい造作を丁寧に追う森崎さん
hideki「北仙台駅」2023年(部分)作家蔵
細部までつくり込まれたジオラマ

カラフルな画用紙大の絵が並ぶ畑中亜未(はたなか・つぐみ)のコーナーで、森崎さんはじっと佇みます。畑中亜未は自身が生きる社会や日々の生活のなかで、記憶に残るものを自由に選び、独特の切りとり方や単純な線、大胆な配置で描きます。身近なモチーフは共感を誘います。

なかでも《あそびーち石狩の茶色かった海》が気になる森崎さん。「スピルバーグ監督の自伝的映画と言われる『フェイブルマンズ』のラストシーンが思い出されます。水平線の位置で、そこに象徴したいものの意味が変わってくるという示唆があるんです。これも水平線を低くとっていますよね。きっと空を大きく表したかったんじゃないかな」

畑中亜美の作品群の前で 「描かれていない余白が想像できる作品が嬉しくて、何でこれを描いたんだろう? と考えると止まらない(笑)」

次は土粘土で制作する鎌江一美(かまえ・かずみ)の作品へ。
鎌江一美は、彼女が所属する「やまなみ工房」の施設長「まさとさん」を形にします。単純な造形だけでなく、ピクニックで一緒にお弁当を食べたり、ラーメンを一緒に食べに行ったりといった、彼女の空想のなかで紡がれるストーリーが表されています。表面を覆うつぶつぶは、彼の髪の毛やネクタイをうまく表そうとしてあみ出した手法です。

“つぶつぶ”が気になる。「えっ! 一粒一粒手でこねて付けているんですか。うわ~……すごいなあ」
鎌江さんと施設長の信頼関係で結ばれたエピソードを紹介する大内郁さん。「『まさとさん』は作家のなかでもっと変形していくかもしれませんね」

「ぜひ直接見ていただきたかった」と学芸員の大内さんが案内したのは、松本寛庸(まつもと・ひろのぶ)の作品です。
松本寛庸は図鑑や本から得た知識を、抽象的な色彩で平面イメージにします。《加藤清正と徳川家康の陣取り合戦》は、自身の暮らす熊本の英雄・清正と江戸幕府の家康との架空の合戦を、2年ほどかけて描いた大作です。松本は近年、歴史から宇宙・時間といったテーマに展開し、化学反応で現れる色をモチーフに「ビッグバン」や、過去・現在・未来の時間の流れを表現しています。

松本寛庸「加藤清正と徳川家康の陣取り合戦」2010-11年、作家蔵
「これはすごい! 全体を描いてから色を塗ったんじゃなくて、色を塗りながら画面を作っていますよね。色は人であると同時に陣の旗なのかな」
松本寛庸の絵に近づいて見ると、細かい書き込みに驚かされる

続いて、方眼紙に描かれた精緻でカラフルな造形が、設計図のようでいて、リズムを感じさせる装飾的な絵画にも見えるのは、山﨑健一(やまざき・けんいち)の作品。

方眼紙に緻密に描かれた山﨑健一の作品

新潟出身の山﨑健一は、高度経済成長期に季節労働者として建設現場に働いていましたが、30代で体調を崩して東京から故郷へ戻り、2015年に没するまで入院先の病室で方眼紙に絵を描き続けました。自身の労働経験の記憶や、故郷の思い出が、コンパスや定規を使い幾何学的に描かれるなか、ところどころに学習シールを貼るなどの遊び心がうかがえます。

音声ガイドで自身の声の解説を聞く。山﨑健一の生涯はガイドの録音時から記憶に強く残っていたようだ

最後に極彩色の鳥に囲まれる空間、ミルカのコーナーへ。

鳥を豊かな色彩で描き、淡い色の音符を敷き詰めた背景とのコントラストで独自の世界をつくるミルカ。もともとアニメーションのキャラクターを描いていた平面性やPOPさが活かされた、このジャンルでは新しい表現を生み出した作家です。

ミルカ「ステラーカケス」2021年(部分)
ミルカの作品群の前で。「近くで見ると背景は本当に音符だ! 僕、この緑の鳥の絵欲しいなぁ。色も雰囲気もすごくいい」と自宅に置くスペースを真剣に考える

それぞれの作品をとても丁寧に見て、作品から感じるもの、制作の過程、そこに込められた作家の意図や想いに寄り添う森崎さんは、ときに子どものようにはしゃぎながら、アーティストとしての顔を見せます。

表現者として、もっと自由になる勇気もらえた

──今回、この展覧会の音声ガイドの話があった時、どう思われましたか。

森崎:頻繁ではありませんが、時々美術館に行った時に、音声ガイドがないとわからなかったり、音声ガイドを聞くことで楽しみが増えることがあり、これはいいな、と思っていました。声優やナレーションとは異なる表現としてすごく興味があったんです。だから今回初めてお話をいただいた時、嬉しくて「やるやる~」(笑)って感じでした。

音声ガイドのナレーション収録時の森崎ウィンさん 画像提供:東京都渋谷公園通りギャラリー

──ガイドの語りや表現で、苦労したことや気をつけたことはありましたか。

森崎:語りっていろいろな表現方法があるんですが、今回は、あまり演技をせずに、自然に入って終わるように留意しました。特にプロローグとエピローグは僕っぽくていいんじゃないかと思って。

──今日、ご自身の音声ガイドをお聞きになってどう思われましたか。

森崎:すごくいいですね(笑)。

──「アール・ブリュット」という言葉や意味はご存知でしたか。

森崎:今は、音声ガイドの収録も終わって、こうして作品も見て、すっかり昔から知っていたような気がしています(笑)。初めて聞く言葉じゃないって感じなんですが、お話をいただいた時に初めて知りました。

──その概念や作品について、どう思われましたか。

森崎:ナレーションを読んだ時も、今日実際に作品を見ても、純粋に思ったのは、つくる方も見る方も自由でいいんだ、ということです。もちろん教育や制度も必要なひとつの要素ですが、必ずしもそれに縛られることはないんだなと改めて感じました。(おこがましいですが)僕も表現者のひとりとして、専門教育を受けていないからやっちゃいけないということはないんだと。

畑中亜美の作品群の前で

──展覧会をご覧になってお気に入りの作品はありましたか。

森崎:ミルカさんの《ケツァール》は欲しいですね。ちょっと大きいけど家に飾りたいです。それと富永武さんの、ビール缶のからくり人形でたこ焼きを食べている《たこ焼き大郎》。ああいう作品を空き缶でつくり上げてしまうってすごいなと。

アートって、すごく個々の好みがあると思うんです。僕には、絵画は難しいかな。風景画なら、その歴史などを知ればなるほどと思えますし、趣味で写真を撮っているので、「ああ、こんな構図もありだな」とか感じるんですけど、より“アート”なものは、本当に難しい……。僕でも描けると思うけど、描けない。何かが違うんですよね。でも、わからないものを浴びているのも面白くていいな。見る側が自由に見ていいってことですよね。音楽だって一緒です。こうして話していても、引っかかるものや想像するものが人によって異なるから、誰かと一緒に見るといいかも。それぞれの経験や記憶で違った見方を広げられますよね。

会場で配布される「まめガイド」は各作家をイラストとやさしい日本語で紹介している。「作品に先入観を持ちたくなくて作家の情報は見ないようにしているのだけど、顔は知りたいんです。これなら親近感も感じられますね」

──今回の経験を通じて、今後の森崎さんの表現活動になにか影響しそうなことはありましたか。

森崎:ものごとの影響って、よほどの大きなことがない限りすぐに反映されるものではなくて、特に自覚のないまま表現に繋がっていたりするものだと思います。今回、ナレーションだけではなくて、ここに来られて本当によかったです。今日実際に作品を見て湧いた感情は、すぐに僕のなかで消化されなくてもよくて、でもどこかできっと取り込まれていくんだろうな、と。そうした考えを最近持てるようになって、大人になるってこういうことかな、って思ったり(笑)。

僕、美術館に行くとその場から動けなくなっちゃうんですよ。入り込んじゃう。去年も上野の東京都美術館で開催されていた展覧会「フィン・ユールとデンマークの椅子」を見に行ったんです。そうしたら「どうやってつくられているのか」が気になって、見入っちゃって……。ようやく彼のデザインの椅子に座れる休憩コーナーまで来て、座ってみたら今度は嬉しくなって。買おうかな、と部屋のデザインまで考えちゃいました(笑)。

東京都渋谷公園通りギャラリー入口にて

表現者であることの意識と自負は持ちつつも、素の感覚で作品と対話する森崎ウィンさん。
気負わず、自由な感覚で会場を回ってみれば、彼が言うように、きっとその経験は、思わぬところであなたの生き方や考え方に響いていくはずです。

Text: 坂本裕子
Photo: 柿島達郎

森崎ウィン(俳優・アーティスト)
1990年ミャンマー生まれ。
スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『レディ・プレイヤー1』(2018年公開)で主要キャストに抜擢されハリウッドデビュー。国内では『蜜蜂と遠雷』(2020年)で、第43回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。『ウエスト・サイド・ストーリー』や人気コミック『SPY×FAMILY』のミュージカルの主演など、活動の幅を広げ、2023年のNHK大河ドラマ『どうする家康』では二代将軍の徳川秀忠を演じる。
ミュージシャンとしても活躍。“MORISAKI WIN”としてメジャーデビューした「パレード – PARADE」(2020年)はCMに起用され、音楽配信チャートで1位を獲得。特撮ヒーローもの 『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』では主題歌、エンディングソングを担当し、大人から子どもまで幅広い人気を獲得している。
2018年から観光大使を務める母国ミャンマーでも、ドラマやCMに数多く出演し、圧倒的な知名度を誇る。

アール・ブリュット2023巡回展
ディア ストーリーズ ものがたり、かたりあう
会期:2023年10月21日(土)~ 12月24日(日)11:00-19:00
休館日:月曜日
会場:東京都渋谷公園通りギャラリー 展示室1・2
入場料:無料
主催:東京都、東京都渋谷公園通りギャラリー(公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館)
協力:立川市、羽村市教育委員会 後援:墨田区
https://inclusion-art.jp/s/talesandtalks

※2024年1月24日(水)~2月7日(水)は、たましんRISURUホール(立川市市民会館)展示室に巡回

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