町田駅から坂のある道を歩いて約15分、豊かな緑を有する芹ヶ谷公園の隣に「版画工房 Kawalabo!(以下、カワラボ)」があります。
もと精米工場だった地下1階から2階の広々とした空間に、10台以上のプレス機や紫外線製版機、ジグレープリンター、ドライラック、ライトテーブル。壁には版画に使うさまざまな道具が並び、あらゆる版画技法に対応した工房です。
カワラボを立ち上げた河原正弘(かわら・まさひろ)さんは、「美大を出ると、いろいろな理由から作品制作をやめてしまう人が多いですが、その一つに制作する場所がないという問題が挙げられます」と話します。河原さんは自身も作品制作をするかたわら、横浜の版画工房で15年勤めたのち、2009年にカワラボを立ち上げました。
「日本では、版画は版画家と肩書きのつく限られた作家だけが取り組むものというイメージがありますが、海外ではピカソやブラック、マチス、マン・レイ、デュシャンといった名だたる作家もみんな版画を制作している。アーティストにとって、身近な表現技法なんです。大学で版画を専攻していなくても、もっと気軽に版画に取り組める環境を整えたいと思い、カワラボを続けています」
「アーティストを育てたい」という思いから、2012年からスタートしたのが「Kawalabo! 研究生」制度。毎月約9,000円で18カ月間、カワラボの機械や道具、スペースをいつでも利用できます。毎年2-4名ほど採用され、技術・制作指導、講評会もあり、集大成としてギャラリーで発表の機会を設けています。
4月から第6期の研究生として、カワラボに通うのは今泉奏(いまいずみ・そう)さん。今泉さんは社会人をしながら武蔵野美術大学の通信教育課程に通い、3年目で通学の版画専攻に編入しました。
「卒業を迎えても技術的にまだ学び足りず、でも大学院への進学は金銭的に難しかったんです。それで当時の担当教員に相談し、カワラボを紹介してもらいました」
今泉さんは、週に5-6日、夜間にアルバイトをしながらカワラボに通っています。現在制作しているのは、ウォーターレス・リトグラフという技法を使った作品。
「大学では技法ごとに工房が分かれていて、私は銅版画を専攻していました。でもリトグラフの授業も面白かったので続けたくて。『ウォーターレス・リトグラフ』は初めてでしたが、新しいことにチャレンジできるのが楽しいです」
ウォーターレス・リトグラフは、リトグラフと仕上がりはほとんど同じですが、従来のリトグラフと比べ、技術的にも易しいので取り組みやすい技法です。
「比較的新しい技術なので、まだ美大でも取り入れているところは少ないんです」と、河原さんは言います。こうした最新の技術を利用できるのも、カワラボの魅力です。
「大学と違い、刷りの職人さんがいること、またプロの作家さんの作品や制作の様子を実際に近くで見られることが、カワラボで研究生をする大きなメリットだと思います。ほかの作家さんに『どうやって展示場所を選んでいるんですか』と質問したり、『こうしたほうがいいよ』とアドバイスをもらったりしています」
先輩アーティストの仕事を間近で見ることができ、技術をしっかりと修得できるカワラボの研究生制度。学校以外の場所で、アーティストとしてさらに技術を磨くための、新たな道と言えるかもしれません。
文・構成:佐藤恵美
Photo: Shu Nakagawa