東京都心、隅田川が3つに分かれる中州のほど近くにある水天宮ピット。敷地内には、都立日本橋高校の旧校舎を利用したスタジオと新設された大スタジオがあります。新設された大スタジオではこの日、俳優で演出家の松尾スズキさん率いる劇団・大人計画の舞台美術のセットが組まれていました。稽古が始まる前の静かなスタジオにお邪魔しました。
「1カ月以上前からここで美術のセットを仕込んで稽古しています」と説明してくださったのは制作スタッフの方。「これは仮のセットですが、稽古をしながら演出家と舞台美術家が相談し、この後さらに舞台を作り込んでいきます」。
大スタジオは約260㎡の広さに、6mの高さを誇る水天宮ピットで一番大きなスタジオ。舞台美術を公演会場と同じサイズで組めるのもこの広さと高さがあるからこそです。
続いて3階建ての元校舎へ。ここには中スタジオ、小スタジオ、ミーティング・スペースやシャワー室などが完備されています。2階の小スタジオ1では、女優の深井順子さん率いるFUKAIPRODUCE羽衣が稽古の真っ最中。
FUKAIPRODUCE羽衣は、歌と踊りを中心にしたミュージカルならぬ「妙(みょう)ージカル」という舞台で注目される演劇集団です。
教室を改修した約50㎡の広さの小スタジオは、リノリウム(ビニールの黒い床材)に白い壁。全体の4分の3ほどのスペースを舞台に見立て、7名の役者が輪になってポジションやステップの確認が行われていました。観客席側に3つ並んだ長机の中央に座っているのは、劇作家で演出家の糸井幸之介さん。
「ではやってみましょうか」と糸井さんが声をかけ、音楽がかかると、役者の顔つきがさっと変わります。一定のリズムのBGMを背景にモノローグ(一人語り)が続き、ある場面で一斉にダンスが始まる、というメリハリのあるシーンが展開されたかと思うと、一旦中断してもう一度。何度も同じシーンを繰り返し、わずか15分ほどの間にみるみるうちに演技がブラッシュアップされていきました。
公演前に1カ月ほどまとめて借りて、稽古にあてることが多いそうです。
「地域センターは帰るときにはいちいち片付けなければなりません。ここでは借りている間は舞台セットや小道具を置いたままにできますし、立ち位置などを示すテープも床に貼ったままで帰れます。各スタジオには制作室も付いていて、そこで制作担当が制作業務や衣装を作るなどの作業もできる。役者も同じ場所で毎日練習できるので集中力も上がると思います」
水天宮ピットは、公営(指定管理者:東京都歴史文化財団)ということもあり利用料金が比較的安価な点も大きなポイントでしょう。限られた予算のなか、一つの公演に対して稽古場にどのくらいの予算をかけられるかはどの団体にとっても切実な問題なのです。利用価格が抑えられている一方、誰でも使えるわけではなくスタジオの長期利用には審査があります。「初めて審査に通ったときは私たちも認められた気がして嬉しかった」と深井さんは言います。
演劇・ダンスなど舞台芸術人口の多い東京。「稽古場はまだまだ足りないと感じます。水天宮ピットのような場所がもっと増えてほしいです」と深井さん。常に新しいことに挑み続けるFUKAIPRODUCE羽衣のようなクリエイターにとって、創作を生み出す稽古場は必須です。水天宮ピットのような条件を揃えた稽古場が増えれば、東京のクリエイションはさらに勢いを増すのかもしれません。