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技術を起点にしたアクセシビリティのかたち

SDGs × アート

No.004
写真1 東京都立文京盲学校の生徒たち ©︎Masanori Ikeda

「SDGs × アート」のシリーズでは、持続可能な世界の実験に寄与するアートとその周辺の活動を紹介します。今回取り上げるのは、見えにくさを感じる人が見えやすくなる「レーザ網膜投影技術」を読書やアートの鑑賞に活かす取り組み。手に持ってのぞくと文字が読める拡大読書器「RETISSA ON HAND(レティッサ オンハンド)」と、ファインダーをのぞいて写真を撮ることができる網膜投影カメラキット「DSC-HX99 RNV kit」です。その開発の背景と技術を使った未来について、事業開発にたずさわる株式会社QDレーザの宮内洋宜(みやうち・ひろのり)さんを取材しました。


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2024.05.28

見る楽しみを広げる新技術

2023年夏、アクセシビリティにかかわる専門家やアーティストが集う「だれもが文化でつながるサマーセッション2023」が東京都美術館で開催されました。このイベントでは「アクセシビリティと共創 芸術文化による共生社会の実現を目指して」というテーマのもと、トークセッションや展示、ワークショップ、パフォーマンスなどが約1週間にわたって展開されました。レーザ網膜投影技術を用いた作品展示もその一つです。同ブースに「はじめてみる」と題された写真が展示されていた。それらは写真家・池田晶紀(いけだ・まさのり)さんが撮影したカメラを持つ高校生たちの写真、そしてその高校生たち自身が撮った日常の風景写真で構成されているものでした。

写真1 東京都立文京盲学校の生徒たち ©︎Masanori Ikeda

写真1で高校生が手にしているカメラが「レーザ網膜投影技術」を組み合わせたデジタルカメラです。レーザ網膜投影技術とは、小さなプロジェクターを使い網膜に直接映像を投影する技術で、見えにくさのある人でも対象が見やすくなります。会場では、カメラに使用されたものと同様の技術による、手に持ってのぞく拡大読書器「レティッサ オンハンド」も体験することができました。

「だれもが文化でつながるサマーセッション2023」会場の様子
写真提供:アーツカウンシル東京
会場では「レティッサ オンハンド」の実機を触ることもできた
写真提供:アーツカウンシル東京

これらを開発したのはナノテクノロジーの一種である「量子ドットレーザ」(※1)の量産化に成功した富士通研究所のスピンオフベンチャーである株式会社QDレーザ社。きっかけは、このテクノロジーを使った製品の企画でした。
「先に技術がありこれを社会に役立てられないか、と試行錯誤していました」と視覚情報デバイス事業を担当する宮内洋宜さんは話します。

レーザ技術を応用した拡大読書器とデジタルカメラ

最初は「スマートグラス」のようなメガネ型の製品を開発していました。ある展示会で製品を展示した時、ロービジョン(視覚に障害があるため生活に何らかの支障をきたしていること)の人から「これで見ると見えるんだよね」と声をかけられます。そこからヒントを得て、視覚障害のある人に向けた製品をつくることを考えました。(※2)
製品の改良にあたり、メガネ型だと視野の調整やフィッティングが必要になるため汎用性がありません。そこで画面を大きくし、メガネのようにウェアラブルではなく手で持つ形状にしたのが「レティッサ オンハンド」でした。形状は顕微鏡のようですが、レンズをのぞくと網膜に直接映像が投影され、視力や視野に関係なく対象を見ることができます。また細かな文字や遠くの対象を拡大できるのも、この機器ならではの特徴です。
「目は水晶体というレンズが光を屈折させてピントを調節し、網膜に映像を投影しています。一方でレーザ網膜投影では瞳の中心に微弱なレーザ光をまっすぐに通過させています。目のピント調節を使わず網膜に投影し、走査することで残像が映像に見える技術です。ブラウン管テレビと似た仕組みになります」

QDレーザ社のnoteから転載

マイナスをゼロではなく、プラスの価値を

この技術を網膜投影型ビューファインダー「RETISSA NEOVIEWER(レティッサ ネオビューワ)」として製品化し、ソニーのデジタルカメラと組み合わせたのが、冒頭で高校生が使用していた「DSC-HX99 RNV kit」というカメラキットです。
「ロービジョンの方にカメラキットの試用を協力いただくなかで『実はそんなに困っていることがないんだ』という話を聞きました。『僕たちは見えにくい世界が普通だから』と。なので、必要なのは見えにくい世界を見えやすくすることだけではなくて、プラスの価値ではないかと考えました」
実際に購入した方からは「このカメラを買って子供たちと動物園に行って写真を撮った」「カメラを手に入れたことで散歩の楽しみが増えた」という声があり、「写真を撮るという体験の付加価値は、外出の楽しみも生んでいるかもしれません」と宮内さんは話します。また、このカメラキットのプロトタイプを盲学校に寄付したところ、新しく写真部ができたといいます。

「レティッサ・オン・ハンド」はすでに一部の図書館で使用されています。今後、都内の美術館等の施設でも導入予定です。「小さく軽くすること、そして長時間使用できるよう省エネルギー化していくことが目標です」と宮内さん。すべての人が読書による文字の文化にふれられることを目指す「読書バリアフリー法」が2019年に制定され、図書館でも拡大読書器や読み上げ機器などを導入する取り組みが広まっていますが、QDレーザ社のような先端技術によって、より「本を読む」ことへのハードルが下がっていくでしょう。さらに美術館をはじめ博物館や水族館、動物園などにも導入されることで、作品鑑賞や施設見学から遠のいていた人にとっても、ミュージアムを楽しむ機会が増えていくかもしれません。

QDレーザ社の宮内さん

Text:佐藤恵美

※1 量子ドットレーザは量子ドット(直径2〜10ナノメートルの非常に小さい特殊な半導体構造)を備えたレーザーのこと

※2 「レティッサ オンハンド」「レティッサネオビューワ」は医療機器ではなく、特定の疾患の治療や補助、視力補正を意図するものではありません。見え方には個人差があります。障がいのある部位、程度によっては映像の認識が難しい場合があります(網膜全体の機能が低下している場合など)。

都内施設への導入について

東京都庭園美術館において、2024年3月から本館1階ウェルカムルームにて「レティッサオンハンド」の試験導入を行っています。ご希望の方は、ウェルカムルーム内での資料閲覧の際に無料でご利用いただけます。

だれもが文化でつながるサマーセッション2023

日程:2023年7月29日(土)~8月6日(日)
会場:東京都美術館 講堂、ロビー階 第4公募展示室
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
特設サイトのアーカイブスページでは、会期中に開催されたトークセッションやレクチャー&ワークショップのレポートが公開されています。ぜひご覧ください。
https://creativewell.rekibun.or.jp/activity/detail/summersession2023/
https://creativewell-session.jp/

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