アーティストにとって一番の懸案事項は、作品制作や発表に関すること。現役学生の方々に作品制作・発表で困っていることを聞いてみました。
アーティストになるために知りたいこと 学生・卒業生による座談会[後編]
アーティスト・サバイバル・メソッド
No.015先輩クリエイターやサポーターによる、アートの制作現場で役立つ情報をお届けします。
100名近い美大・音大の学生・卒業生や教職員にヒアリングし、芸術系大学の学生の進路について研究している喜始照宣(きし・あきのり)さんと、絵画、演劇、音楽を学ぶ日本大学芸術学部の学生・卒業生による座談会。前編では、進路決定の転機になった出来事や、活動の機会を得る方法について話題になりました。後編では、作品制作から発表までの過程で、次世代のアーティストに必要なものを探っていきます。
制作・発表にかかるお金のこと
喜始 アーティストにとって、いつの時代も制作や発表の悩みは尽きないと思います。一方で、今の時代ならではの活動の仕方もありそうです。例えば、新田さんはデジタルで作品を描いているとおっしゃっていましたよね。
新田 はい。初めはデジタルで描いていて、油絵を描くようになったのはその後なんです。実物がものとしてあるところに惹かれました。デジタルはパソコンやスマートフォンなどで描ける気軽さがあり、データそのものが作品なので仕事にもつながりやすい。油絵は写真を撮らないとSNSに投稿できないし、作品の魅力が写真に反映しづらい。反対に、油絵だとデジタルでは表現しづらいマチエール(質感)を表現できる。ですので、画像ではなく、ぜひ本物をみてもらいたいです。
永田 デジタルだと初期投資だけで、それほどお金がかからないですしね。僕は高校生の時にペン画を始めましたが、作品を描きためているノートも使っているペンも、高校生のお小遣いでも買える数百円程度のものです。先日ライブドローイングした時も、2×1.8mのパネルにポスターカラーと油性ペンを使用して、制作費は2,000円もいきませんでした。制作費が安いので続けてこられた面もあります。
新田 油絵は大きいほどよい、みたいなところもあって、そうすると材料もたくさん必要になります。キャンバスも絵の具の溶き油も結構しますし、絵の具の値段はまちまちですが、小さいチューブで2,000円するものもあります。混色をすれば似たような色を出せますが、チューブからそのまま出した絵の具は鮮やかさが違います。
中澤 映画制作では、機材は学校で借りられますし、その方面で不足はありません。上映場所やロケ場所で安いところを見つけるのが大変ですね。学生割引を採用しているところもありますが、まだ少ない印象です。卒業制作の脚本を書いていると「この場所を使うシーンが長くなると場所代が高くなるな」とつい考えてしまいます。クリエイティブ系の奨学金がもっと学生の目に触れるようになるといいのですが……。制作費にとらわれて表現が制約されるのは勉強になる反面、あまり良くないことのように思えます。
小笠原 役者側は基本的なレッスンは授業で受けられますが、得意分野や興味のある分野を延ばすために個人的にレッスンを受ける学生もいます。私も興味のある日舞のレッスンを自分で受けています。映画や演劇だと、上演・上映場所の確保が大変ですかね。
喜始 制作には費用がかかります。学生生活の集大成である卒業制作に注力することはもちろん大切ですが、それによって就職活動の継続が難しくなり、就職してお金を貯めてからアーティスト活動するという選択が制約されることもあります。アーティストとしての活動を続けていくためには、学生の内に道具を揃えておくなどの環境づくりや資金集めも重要な要素ですね。
デジタルツールとの付き合い方
座談会中に度々話題に上がっていたのが、情報収集や制作・発表の手段にもなるデジタルツールの活用方法。この数十年で飛躍的に向上した通信技術を、アーティストの卵たちはどのように生かして行っているのでしょうか。
喜始 前編で版画専攻の永田さんから「SNSで知り合った方と一緒にライブドローイングをした」という話が出ましたね。TwitterやFacebook、Instagramで作品を発信している方は多いと思います。皆さんはインターネットやデジタルツールをどのように活用していますか?
小笠原 私は5月に参加した舞台をきっかけにブログを始めました。今はモデルや歌手から役者になる人も多いし、役者を目指すにしてもいろいろなルートがある。そんななかで目に留めてもらえるように、人間としての自分の魅力をここから発信していこうと思っています。
小針 自分をどんな層に売り込むか、ターゲットによって使い分けた方がいいと思います。大人の方はホームページやYouTubeの方がSNSより信用が持てるのか、効果的なように思います。私も、仕事の8割はホームページからいただいています。一方で、TikTokで吹奏楽部の学生をターゲットに動画を投稿する演奏家の方もいますね。
林 私も個人のホームページを持っていて、そこから月2~3件ほどお仕事やコンペのお話が来ます。24時間営業してもらっているようなものですね。
中澤 ホームページだと自由にレイアウトも構成できるので、一目見て自分の世界観が伝わるのがいいですよね。
喜始 皆さんはSNSをうまく活用しているようですが、学生の内はまだ作品が未熟だから目立ちたくないという人もいますね。SNSは自分の作品の宣伝もできますが、モチベーションの維持にもつながります。他の仕事をしながら作家活動を行っている方は、定期的に作品を発表するという目標がないと、なかなか活動が続かないこともあります。
自分に合ったアーティスト像を探して
目指すアーティスト像に近づくために、各々のやり方で頑張っている皆さん。座談会の最後に、興味深い話を聞くことができました。
喜始 皆さんは自分の目指すアーティスト像に向けて活動中だと思います。どのように自分の表現を探求していっていますか。
新田 僕は作品として絵を描いたり、曲や文章をつくったりしていますが、すべて自分の伝えたいことを表現する術であって、そういった意味では同等のものだと思っています。ですので、表現方法をしぼる意味はないと考えています。
小針 芸術系・音楽系の学生には3種類いると思います。その業界でアーティストとして大活躍できる人、大物とはいかないまでも制作や演技・演奏などの専門的な技術を生かした活動はできる人、美術や音楽が好きで仕事ではなく趣味で楽しむ人。私は2番目だと思っていて、ピアニストの他に経営者としての側面も持つことになったため、演奏以外のスキルも習得する必要が出てきました。自分がどれに当てはまるのか意識して学んでいくといいかもしれません。
喜始 学生時代に、「表現を極める」「よい作品をつくる」ことは大事ですが、それだけでなく、表現にしても活動の仕方にしても、多様な可能性を探っておくことも大事かもしれませんね。
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Text:浅野靖菜
Photo:中川周
喜始照宣(きし・あきのり)
1987年生まれ。園田学園女子大学人間健康学部助教。東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。専門は教育社会学。
主な論文として、
「美術系大学からの卒業後進路選択――作家志望に着目して」(『高等教育研究』第18集、2015年)
主な論考として、
「芸術系大学出身者と労働」(『日本労働研究雑誌』2014年4月号)、
「データから読み解く美大生の『キャリア形成』」(『美術手帖』2019年2月号)