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No.015

水色の洋館、 旧尾崎テオドラ邸から漫画文化を発信

新しいアートスポット

旧尾崎テオドラ邸

1888(明治21)年に建てられ、1933(昭和8)年に現在の場所である豪徳寺に移築された世田谷区最古の洋館建築「旧尾崎テオドラ邸」。2020年に取り壊し予定でしたが、漫画家の山下和美さんを中心とした保存プロジェクトが発足し解体を免れ、修繕を経て2024年3月に「ギャラリーと喫茶室を併設した洋館」として生まれ変わりました。漫画家たちが主体となって運営し、漫画の原画展を中心に展覧会を開催するこちらを訪ねました。


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2024.07.03

明治時代から残る洋館

旧尾崎テオドラ邸は、尾崎三良男爵(1842-1918)とバサイア・モリソン(1843-1936)の長女としてロンドンで誕生した尾崎テオドラ英子(1870-1932)が英国から日本に渡ってくる際に、父の尾崎三良によって1888(明治21)年に港区六本木に建てられたと言われています。「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれ大隈内閣の文相、法相や東京市長を歴任した尾崎行雄(1858-1954)の後妻となり、日本の詩や昔話の英語への翻訳出版や尾崎行雄の米国への桜寄贈に一役買う等、異文化理解・国際親善・民間外交の分野で功績を残しました。洋館はその後、知人の英文学者である岡田哲蔵(1869-1945)が譲り受け、1933(昭和8)年に現在の場所に移築されました。建築様式は19世紀後半に日本に流入した下見板コロニアルと呼ばれるコロニアル様式が基盤となっています。木造2階建ての水色の外観は、いまも住宅地のなかで目を引く存在です。

1階のフォトスペース

解体から守るため保存プロジェクトが発足

大震災や昭和の戦禍を乗り越えてきた歴史ある洋館ですが、分譲住宅を建てるため土地ごと売却され、2020年6月に取り壊されることが決定。それを知った『天才柳沢教授の生活』『不思議な少年』などの作品で知られる漫画家の山下和美さんが中心となり、保存のための署名活動などを展開、一般社団法人 旧尾崎邸保存プロジェクト(代表理事:山下和美、笹生那実)を設立して土地と建物を買い取ることで解体の危機から守りました。

旧尾崎テオドラ邸の保存に至るまでの怒涛の経緯を漫画化した漫画『世田谷イチ古い洋館の家主になる』(山下和美、集英社、全3巻)

旧尾崎テオドラ邸、統括マネジャーの乙部彩佳さんは、「建築やアンティークが好きな山下さんは、ここがお散歩コースでいつも立ち止まってうっとりされていたとのことで、なくなられては困るという思いから保存活動を始められました」と語ります。いったんは解体を免れましたが、100年以上の歳月を経てきたことにより内部の老朽化が進み、存続させるには多くの補修が必要でした。クラウドファンディングの実施や複数の漫画家から協力を受け、約1億円をかけた改修工事へと進むことができました。

保存活動に賛同した漫画家たち。右から福本伸行、新田たつお、笹生那実、山下和美、高橋留美子、高橋のぼる、三田紀房
写真提供:旧尾崎テオドラ邸
ショップの棚上には、錚々たる漫画家たちのサインと代表作の主人公が描かれた色紙が飾られている

「当時の状態を限りなく再現するため、床板を一度剥がして基礎を直し、順番通りに板を戻しています。また、ドアや窓枠なども修繕しましたが、昔ながらの窓の構造を理解して直せる技術を持った建築会社がなかなか見つからず苦労したそうです」と乙部さん。修繕に2年ほどの月日を費やし、2024年3月1日に「旧尾崎テオドラ邸」として一般公開を開始しました。長く愛される洋館にするため、家具は近隣住民からもらい受けたものやアンティークで構成されており、館内のシックな雰囲気と調和しています。

建てられた頃の姿に復元された館内。窓ガラスは奇跡的に割れずに残っていた当時のもの

3つの視点から楽しめる施設

1階にはアフタヌーンティーを楽しめる喫茶室と展覧会ごとのグッズや洋館オリジナルの商品を販売するショップ、2階には漫画の原画を中心とした展示を行うギャラリーが併設されています。乙部さんは、「旧尾崎テオドラ邸は建築、展覧会、食の3つの要素を持っており、それぞれの視点から楽しむことができる施設です。専属パティシエが作るケーキやスコーンなどのこだわりのお菓子や紅茶を味わったあと、著名な漫画家の展覧会を見て、建築のディテールに目を凝らす、そんな楽しみ方ができます」と語ります。

喫茶室には神戸の洋家具店から仕入れた家具が使われており、紅茶を中心としたこだわりのメニューが楽しめる。アフタヌーンティーは事前予約制

ギャラリーは漫画家たちが主体となって運営

ギャラリーには2022年に閉館した荒川区のぬりえ美術館から譲り受けた趣のある什器が設置されており、引き出しながら作品を鑑賞することができます。展示によっては原画が購入できることも。ショップでは漫画家自身がアイデアを出すこともあるというグッズが販売されています。
展覧会の企画は、理事の山下、笹生両氏の繋がりや、漫画好きのスタッフたちによって選定されているそう。漫画家たちが主体的に関わりながら運営されていることが大きな特徴となっています。

中央にある什器はキャビネットのような構造で、天板のガラス面や引き出しの中に作品が設置されている
『エトルリアの剣』や『わらって!姫子』などの代表作で知られ、2023年にデビュー50周年を迎えた文月今日子の原画展では、オリジナルの扉絵原画が展示されている。(会期:2024年6月7日~7月2日、現在は終了)

洋館を改装し一般公開することについて、「個人で建物を保存することには限界があると山下さんは感じたそうです。自分たちもいつかは亡くなってしまいますが、 その先も長くこの洋館を残すためには、広くいろいろな方に利用していただけるような施設にする必要があるのではないかと。保存活動に繋げる意味でも、多くの方にお越しいただけますと嬉しいです」と乙部さんは言います。

地域の貴重な記憶でもある建物。漫画の展示や喫茶をきっかけに訪れる人が増えることは、この建物や場所に思い入れを持つ人が増えていくということでもあります。たくさんの人の思いが重なってつくられる街並みを象徴する水色の洋館に、ぜひ足を運んでいただきたいです。

旧尾崎テオドラ邸 統括マネジャーの乙部彩佳さん

Text: 吉田杏
Photo: 櫛引典久(クレジットのあるもの以外)

旧尾崎テオドラ邸
住所:東京都世田谷区豪徳寺2-30-16
開館時間: 10:00–18:00
休館日:木曜(その他展示入替休館あり)
入館料:ギャラリー入場券(オンラインチケット)1,000円 ほか
https://ozakitheodora.com/

[次回の展覧会]
ながやす巧 愛と誠の世界展
会期
前期:2024年7月5日(金)–7月31日(水)
後期:2024年8月2日(金)–8月20日(火)
※前後期で一部展示入替えあり
休館日:木曜

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