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多様な人々が共存するために 東京都庭園美術館のフラットデー〈前編〉

SDGs × アート

No.005
東京都庭園美術館フラットデー「ゆったり鑑賞日」の様子

持続可能な世界の実験に寄与するアートとその周辺の活動を紹介するシリーズ「SDGs × アート」。第5回は、障害を持った方や車椅子の方、赤ちゃん連れの方など、美術館へ行くことに不安を感じる人が気兼ねなく来館できるための取り組みとして、東京都庭園美術館が行っている「フラットデー」を紹介します。ゆとりのある配慮の行き届いた環境で展覧会を楽しむことができる一日。アート・コミュニケータが1組につきひとり付き添うツアーも行われます。前編では2024年10月に実施された「ゆったり鑑賞日」の様子を中心にレポートします。


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2024.12.03

誰もが安心して来館できる日

東京都庭園美術館では、あらゆる人にとって居心地の良い場となることを目指し、すべての人がフラットに、誰もが安心して美術鑑賞を楽しめる環境づくりの取り組みとして、「フラットデー」を定期的に行っています。フラットデーには、障害を持った方や車椅子の方もゆとりを持って安心して鑑賞できる「ゆったり鑑賞日」と、普段はベビーカーが利用できない本館内でもベビーカーを走行できる「ベビーアワー」の2つの日があり、各展覧会の会期中にそれぞれ1日ずつ開催されています。

フラットデーは、その前身となるプログラムとして、2020年の12月から始まった「障害のある方対象 アート・コミュニケータとめぐる特別鑑賞ツアー」と、2021年の3月から始まった「ベビーといっしょにミュージアムツアー」がありました。どちらも展覧会ごとの休館日に行われ、1組につきひとりのアート・コミュニケータが案内役として同行し、展覧会を鑑賞できました。その取り組みの大きな反響を受け(*1)、多様な人々が共存する、本来あるべき社会の姿に近づいた状態を目指すため、次のステップとして2023年に始まったのが、通常開館日に行われるフラットデーです。

竣工当時の趣を残した建物や庭園など、展覧会以外も見どころが満載の美術館

重要文化財に指定された建物だからこそ

フラットデーやその前身のプログラムが始まった背景には、東京都庭園美術館の建築環境が関係しています。本館は、旧皇族・朝香宮家の自邸として1933年に建てられました。1983年に美術館として開館し、建物の特性を活かした、装飾芸術の観点から美術作品を紹介する特色のある展覧会を中心に開催しています。2015年には、宮内省内匠寮が手がけた邸宅の中でも特色のある建築として、国の重要文化財に指定されました。狭い入口や段差などが当時のまま残されているため、バリアフリーが行き届かない面もあります。そこで、来場人数を制限し、美術館スタッフが細部まで気配りすることで、障害を持つ人だけではなく、人混みが苦手な人、赤ちゃん連れの方など、美術館に訪れることに不安を感じる人が安心して展覧会を楽しむことができる日として、フラットデーが始まりました。

建物入口の段差に設置されたスロープ

フラットデーの開催日は入場者数を制限し、普段よりも人数にゆとりのある状態で展覧会を鑑賞することができます。そのため、完全に事前予約制としています。障害者手帳等を持っている方は普段と同様、フラットデーの日も予約なしで入場することができます。

アート・コミュニケータは、目印としてフラットデーのキーカラーである黄色のスカーフをサコッシュにつけている

アート・コミュニケータのツアーは大人気

一組にひとりのアート・コミュニケータが付き添い、段差や狭い間口の移動をサポートしながら一緒に展覧会をめぐる事前申し込み制の「ゆったりツアー」も行われています。ツアーの所要時間は最長90分間ですが、参加者の体調や希望に合わせて、ペースや内容が調整されます。参加者を案内する「アート・コミュニケータ」とは、アートを介してコミュニケーションを促進し、人々の多様な価値観をつなぐために活動している人々です。美術館などを拠点に、誰もが安心して参加できる場をデザインし、対話のある社会の実現を目指して活動する任意団体「アート・コミュニケータ東京」に所属するメンバーがツアーを担当しています。

ゆったり鑑賞日の取材当日は、「建物公開2024 あかり、ともるとき」展が開催されていました。本館の主要な部屋の内装を担当したアンリ・ラパンやルネ・ラリックなど、フランスのアール・デコ様式における著名なデザイナーによる名品の数々が展示され、建物と調和した空間を楽しめるのが本展の見どころのひとつ。アート・コミュニケータは継続的に活動している人も多くいるそうで、参加者のペースに合わせてやりとりしながらツアーをしていました。
「小客室の壁紙はアンリ・ラパンによって描かれた油絵の作品でもあり、海外で描かれ、巻いてこちらに持ち込まれたそうです。テラスに通じる扉の上部に「H. RAPIN」とサインが入っているんですよ」
「このお部屋は普段カーテンが閉じられていることの方が多いんですが、今日は開いている貴重な日なんですよ。雨が降って、緑が非常に綺麗ですね」

アート・コミュニケータとお話しをしながら、90分程度で館内をめぐります。

アート・コミュニケータが付き添い、建物や作品を楽しめる人気のツアー

みんながゆったり過ごせる日

ゆったり鑑賞日に訪れた人の中には、一見したところでは障害の有無がわからない方も多くいらっしゃいました。来場者に話を聞いてみると、人混みが苦手で具合が悪くなってしまうことがあるということ。ゆったり鑑賞日には、障害の有無にかかわらず、混雑する環境を避けて鑑賞したい人もいらっしゃるようです。

家族でお越しの方に話を聞くと、「ゆったり鑑賞日があることを息子が見つけて、高齢の私を車で連れてきてくれました。足が悪くなってからは、疲れたときに座れる椅子が空いていないなどの不安もあり、美術館にはなかなか行けていませんでした。今日はゆっくり休みながら鑑賞できています」といった声を聞くことができました。

そのときの一番よい対応を考えながら

アート・コミュニケータの小野寺伸二さんは、「ひと口に障害といってもその幅は広く、そのときの一番いい対応を、それぞれで考えながらツアーを行っています。私たちアート・コミュニケータの誰もが、責任や誠意を持ちながらツアーに臨んでいます」と言います。
また、同じくアート・コミュニケータの小松一世さんは、「東京都庭園美術館は、邸宅として使われていたこともあり、部屋に人を招いたときのような親密な雰囲気でお話しできるので、対話型の美術鑑賞に向いていると思います。障害のある方の中にはどうしても美術館に行くことに気後れしてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、私たちが付いていることで周囲を気にせずに鑑賞していただけると嬉しいです」と語りました。

アート・コミュニケータは施設内の移動をサポートするだけでなく、一緒に会場をめぐるなかでコミュニケーションを取りながら鑑賞体験を豊かなものにしてくれます。ゆったりツアーが実施されるのはフラットデー開催日のみ。東京都庭園美術館の魅力を堪能する特別な機会として、障害の有無にかかわらず申し込むことができます。

アート・コミュニケータの小野寺伸二さん(左)と小松一世さん(右)

Text: 吉田杏
Photo: 小野博史

*1「ベビーといっしょにミュージアムツアー」は応募倍率が10倍にのぼることもありました。2022年からは入場人数を増やした「ベビーデー」も不定期に開始しています。次回は2025年3月24日に開催予定です。詳細はこちら

東京都庭園美術館「フラットデー ー障害のある方も赤ちゃん連れの方も、誰もが気兼ねなく来館できるプログラム」

主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都庭園美術館
開催場所:東京都庭園美術館
住所:東京都港区白金台5-21-9
https://www.teien-art-museum.ne.jp/visit/gallery-day/

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