丸の内仲通り沿い、ザ・ペニンシュラ東京のはす向かいに「CADAN有楽町」はあります。ここは一般的な画廊とは少し様相が違う、現代美術ギャラリーです。その最大の特徴は、40以上のギャラリーが交替で展覧会を行うという運用の仕方です。
一般社団法人日本現代美術商協会(CADAN:Contemporary Art Dealers Association Nippon)の代表理事であり、小山登美夫ギャラリーの小山登美夫さんは「こんなに人の行き来があるまちで、しかも通りに面した1階でギャラリーを開けるなんて、現代美術のギャラリーとしてはこれまでにないことです」と喜びを語ります。
CADANは、複数の現代美術ギャラリーによる非営利団体です。現代美術の発展に寄与することを目的に、2015年に設立されました。それまで個々に活動していた美術商が連携することで、アーティストや美術市場におけるさまざまな課題を共有したり、調査研究や行政への提言などを行ったりしています。2020年8月現在、42のギャラリーが加盟。CADAN有楽町では、約3週間ごとにそれらの加盟団体が交代で展覧会を行っていきます。
「ギャラリーによってこの空間をどんなふうに彩るかが変わります。世界中にギャラリーは無数にありますが、どのギャラリーもそれぞれの個性があります。その違いも楽しんでいただきたい。レストランや洋服屋さんでも同じ店舗で3週間ごとに中身が変わる店はほとんどないと思うので、ユニークな空間になると思います」
現代美術のギャラリーは、駅から遠く、敷居が高い印象があることも。ですが「だれでもふらっと入れるようなところにしたいと思っています」と小山さん。「ガラス張りの空間なので、オープンしていないときも外から作品を見ることができます。仕事帰りやショッピングの合間に『ここなんだろう?』と気にかけてもらえたり、普段美術に触れない人にも興味を持ってもらえたら嬉しいです。同時代を生きる作家の作品を知ってもらうことで、より身近な美術の体験を提供したい」と展望を語ります。
こうした立地の良い場所にギャラリーが誕生した背景には、三菱地所株式会社(以下、三菱地所)による「Micro STARs Dev.(マイクロ・スターズ・ディヴェロップメント)」という有楽町の再構築プロジェクトがありました。このプロジェクトは、大手町・丸の内・有楽町一帯の再構築計画のひとつとして立ち上がったもの。三菱地所で有楽町街づくり推進室副室長をつとめる有光頼幸さんは言います。
「大手町・丸の内・有楽町のなかでも、有楽町の再構築はこれからというところです。そのなかで、高層ビル建設のようなハード面ではなく、ソフトの面からできることはないか、と探っていました。有楽町には劇場や美術館がありますし、文化芸術に造詣の深いまち。そこで、アートに真剣に取り組んでいくのはどうだろうか、と一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパン(CVJ)に相談しました」。
CVJは、産官学の連携を進め、文化全般のプラットフォームをつくることを目指す団体。アートとさまざまな分野をつなぐことがその大きなミッションです。三菱地所に相談を持ちかけられたCVJが提案したプロジェクトの一つが、ギャラリーの誘致でした。しかも、一つのギャラリーでなく、複数の現代美術のギャラリーが、入れ替わり同じスペースで展示をしていくというアイディア。CVJが三菱地所とCADANとをつなぐことで、ビジネス街の中心地に特異なアート空間が生まれることになりました。
CVJ事務局の深井厚志さんは、現代の都市空間のなかでアートが担う役割について、新しい可能性を感じています。「美術の歴史もふまえると、文化にとって産業の力は大きい。CVJではそうした動きを積極的に応援していきたいと考えています。ギャラリーは、作品を売る場所でもありますが、作品を見る、作品を介して人が集まる場所でもあります。そのような場所がビジネス街に存在する意味は大きく、新しい人にアートの魅力を伝えるきっかけになります。短期的な経済原理だけではなく、文化が持つ力に三菱地所が共感してくれたことで、さまざまなプロジェクトが動き出しています」
「Micro STARs Dev.」では、CADAN有楽町のほかにも、工事中の仮囲いを活用したアートウォールやデザインコンペなどさまざまなプログラムを行っています。そのプロジェクト名に込められたのは、有楽町から新しいスターが生まれてほしいという思いです。若手アーティストを中心に作品を発表するさまざまな機会を提供することで、まちと連携したアーティストの活躍が期待されます。
有楽町は、ブランドショップやセレクトショップが並ぶファッションのまちでもありますが、昨今はインターネット通販の拡大などによりファッション業界も変わりつつあります。「これからの商業はどうあるべきかを考えていた頃に新型コロナウイルスの感染拡大があり、前にも増してまちに訪れる意義が問われるようになりました。その点、アートの体験はここでしか得られないものです」と有光さん。「そのアートの持つ唯一無二の価値が見直され、新たなまちをつくっていくでしょう」と深井さんも話します。「パブリックアート、美術館、芸術祭といったアートのまちづくりにはいろいろな形がありますが、たとえば、この有楽町にアーティストの制作場所や、アートを学べる場所があっても良いかもしれません。Micro STARs Dev.は、アートをブランディングのための消費財ではなく、まちの資産にすることを目指す、これまでにないまちづくりだと思います」
有楽町が新しいアートのまちとして生まれ変わるのも、遠い未来ではないかもしれません。
「有楽町で考えているアートは広くて深いです。どこにも例がない場所になるでしょう。それがどのようなまちになるかと私たちも日々模索しているところです」と有光さんは語ります。