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[アングラとは何か④]演劇革命の時代

西堂行人のトーキョー・シアター・ナビ

No.004

1960~70年代、既存の演劇のあり方に反し、前衛的で実験的な表現に過激に挑戦した「アングラ演劇」。欧米諸国でも時を同じくして演劇の新たな潮流が起こり、日本では、後に日本を代表する演出家となる蜷川幸雄がアングラ演劇の演出家としてデビューを果たします。

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2019.07.31

アングラ演劇は東京文化と切り離せない固有の文化だった。だが、決して東京ローカルの閉塞されたものではなく、世界の先進諸国に共起した演劇の革命でもあった。アングラ演劇が起こった1960年代は、日本社会の大転換であったと同時に、欧米諸国にも同様に新しい波が押し寄せていた時代だった。欧米の先進諸国では西、東を問わず、戦後体制への矛盾に反発した若者たちの行動が前面に出て、期せずして演劇革命が起こった。
そうしたエネルギーをもっとも活かしたのが、蜷川幸雄、清水邦夫を核とした「現代人劇場」である。蜷川はもともと「劇団青俳」という新劇系の養成所で俳優修業を開始した。木村功、岡田英次ら映画俳優が所属する劇団の養成所は、新劇でも決してメジャーな劇団ではなかったが、彼はそこで文学者の安部公房や若い演劇学徒だった清水邦夫と出会った。清水は早稲田大学の学生時代に戯曲賞を受賞するなど、将来を嘱望された若手劇作家だったが、彼の「前衛性」は劇団に受け入れられなかった。ならばと同世代の石橋蓮司や蟹江敬三ら才能あふれる若手俳優に呼びかけ、結成したのが「現代人劇場」である。
1969年に上演された『真情あふるる軽薄さ』は蜷川の事実上のデビュー作であり、清水とのコンビの始まりだった。行列に割り込もうとする若者に対して苛立つ大人たちは、若者の挑発に耐えきれず、ついに彼らを殺してしまう。大人への異議申し立てを行儀の悪いやり方でぶつけていく若者の代弁者が清水の言葉であり、蜷川の暴力的な演出だった。

『真情あふるる軽薄さ』より

写真提供:ニナガワカンパニー

この公演が上演されたのは、当時前衛的な映画が上映されていたアートシアター新宿文化だった。映画上映が終わった後の夜9時過ぎに開演する破天荒な上演形態だったが、深夜公演がかえって話題を呼び、デモ帰りの学生や先鋭的な問題意識をもった若者が当日券を求めて劇場周辺に列をなすほどの人気となった。しかし観客は入場するとさらに驚愕した。舞台上に同じような行列が再現されていたからである。虚構と現実の入り混じった超虚構が舞台を覆っていた。地上と地下がつながり、劇場と路上が地続きで展開されていたのである。これこそがアングラという時代の想像力である。
世界中で、学生が大学のキャンパスに立て籠もってバリケードを築き、自主管理の空間をつくり出し、束の間といえども、ユートピアの空間を生み出した。都市の路上はもう一つの劇場だった。コンクリートの表皮は剥がされ、その欠片が機動隊のジュラルミンの楯に容赦なく投げつけられた。その代償として、催涙ガスを浴び、放水されたことは言うまでもない。だがそれは政治闘争以上に演劇的であり、スペクタクルな祝祭劇そのものだった。パリの「五月革命」を筆頭に、ベルリンやロンドン、プラハでも同様な光景が多発した。こうして劇場の内と外で、過激な“演劇”の上演は繰り返された。だが反権力闘争が後退するにつれて、ユートピアの思想は政治権力によって粉砕されていった。
清水と蜷川は1972年に再びタッグを組み「櫻社」を結成するが、すでに東京の現実は敗走期を迎えていた。72年に連合赤軍事件が起こり、左翼勢力の退潮は明白だった。それを自嘲をこめて舞台化したのが『ぼくらが非情の大河をくだる時』だった。清水が岸田戯曲賞を受賞したこの最高傑作が上演された翌年、『泣かないのか? 泣かないのか 一九七三年のために?』をもって彼らは活動に終止符を打った。1973年は「アングラ演劇」最盛期の終焉を意味した。消費社会の到来が顕在化しつつあった。
同じ頃、欧米先進諸国の演劇革命も、それを生み出した時代の想像力が枯渇していった。暴力や挑発は攻撃の対象を失い、ほどなくしてソフトな管理社会にとって代わられることになる。
1960年代ほど演劇が時代の想像力と結びついたこともなかったし、世界と同時進行で引き起こされたという意味で、これほどグローバル化した時代もなかった。「アングラ」は奇蹟的な時代の産物だったのである。

〈続〉

西堂行人(にしどう・こうじん)

演劇評論家。明治学院大学文学部芸術学科教授。1954年東京生まれ。78年より劇評活動を開始し、アングラ・小劇場演劇をメインテーマとする。主な著書に『演劇思想の冒険』『韓国演劇への旅』『[証言]日本のアングラ』『唐十郎 特別講義―演劇・芸術・文学クロストーク』(編)など多数。最新刊は『蜷川幸雄×松本雄吉 二人の演出家の死と現代演劇』。

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