神田川と妙正寺川(みょうしょうじがわ)が落ち合う新宿区の落合・中井地域は、昭和30年代には染めた布を洗う綺麗で水量の安定した川を求め、300を超える染色関連業者が軒を連ねていました。現在、新宿といえば高層ビル群や繁華街の印象が先行しますが、かつては京都・金沢に並ぶ染物の三大産地と称され、現在でも数十軒の染色工房が点在しています。そんな街の記憶を呼び起こそうと、染色業者・地元商店・地域住民が一体となって2009年に始めたのが「染の小道」です。11回目の開催となった2019年は、2月22日~24日の3日間、街全体が染物のギャラリーと化しました。
染の小道 2019(落合・中井)
Next Tokyo 発見隊!
No.004神田川と妙正寺川(みょうしょうじがわ)が落ち合う新宿区の落合・中井地域は、昭和30年代には染めた布を洗う綺麗で水量の安定した川を求め、300を超える染色関連業者が軒を連ねていました。現在、新宿といえば高層ビル群や繁華街の印象が先行しますが、かつては京都・金沢に並ぶ染物の三大産地と称され、現在でも数十軒の染色工房が点在しています。そんな街の記憶を呼び起こそうと、染色業者・地元商店・地域住民が一体となって2009年に始めたのが「染の小道」です。11回目の開催となった2019年は、2月22日~24日の3日間、街全体が染物のギャラリーと化しました。
街に活気を与える反物の流れとのれん
「染の小道」の最寄駅は、西武新宿線中井駅と都営大江戸線中井駅。両駅の間を流れる妙正寺川で展開されているのが、「川のギャラリー」です。幅36~40cm、長さ12~13mの反物が、約300mに渡ってはためいていました。反物は染色業者などから寄付された江戸更紗や小紋染めのほか、地元町会や公共・福祉施設でのイベントに集まった人々、周辺の保育園や小学校の子どもたちが染めたものもあります。地元の人がつくり出した色鮮やかな染物の流れに、多くの人が釘付けになっていました。
また、「染の小道」は染物を通して、地元の人々とお客さんや他の地域から来た染色作家をつなぐ役割も果たしています。妙正寺川を挟んだ南北の「道のギャラリー」と称された展示エリアでは、駅から徒歩10分圏内にある商店の軒先に、公募で集まった国内外の染色作家の制作したのれんがかけられています。計109作品あるのれんは大きさや形だけでなく、友禅染め、型染め、沖縄の紅型(びんがた)から東南アジアのバティック(ろうけつ染め)まで染色方法もさまざま。伝統的な柄もあれば、コーヒーショップや自転車屋などお店にちなんだ模様、お店のロゴマークを入れたものもありました。また、のれんは商店街を形成するたくさんの個人商店だけでなく、チェーン店やコンビニ、信用金庫などにもかけられています。個性豊かなのれんがお店の顔としてお客さんを出迎え、お店の人とお客さんの交流を生むきっかけとなっていました。
「川のギャラリー」や「道のギャラリー」以外にも、小学校や記念館といった各施設で、都内の染色組合や工房、東京造形大学と文化学園大学でテキスタイルを学ぶ学生の作品が展示されています。
染物がつなぐ地域の絆
妙正寺川を東に進んでいくと、大正9年に創業した染色工房「染の里 二葉苑」が見えてきます。「道のギャラリー」の立ち上げに奔走し、現在では、この二葉苑のギャラリーの企画・運営にも携わる高市洋子さんにお話を伺いました。
「川のギャラリー」と「道のギャラリー」の二大看板企画が実現したのは、3回目となる2011年2月でした。商店の軒先に作品を飾るというアイデアが出たものの、染色業者だけでなく地元商店や地域住民のためのイベントにしたいという思いが各商店の経営者に伝わらず形にできなかったときに、当時フリーペーパーの制作で地元商店との関わりを密にしていた高市さんに間に入ってもらい、2011年の開催にこぎつけました。
「初めは落合・中井が染めの街だと知らなかった住民の方々も、イベントを通して楽しみながら染物のことを学んでいき、次第に親戚や友人に街を案内して回るようになっていきました。染の小道は、自分の住んでいる地域に愛着を持ってもらうきっかけにもなっています。」
今後、二葉苑は株式会社から社団法人に衣替えし、染物を使った町おこしに一層取り組んでいくそうです。
さまざまな立場の人々が新たな風景をつくり出す
「染の小道」は、染色業者・地元商店・地域住民がそれぞれ持ち回りでイベントの代表を務め、協力して運営しています。通年で参加するスタッフは25~30人、イベント当日のサポーターも含めると総勢100人ほどだそう。副代表の樋口智幸さんに話を聞きました。
「染物屋だけでなく地域の人みんなのためのイベントです。『道のギャラリー』の参加店舗は、企画を始めた2011年に51軒、翌年は75軒と徐々に増えていき、今では100軒を超えました。」
作品展示の他にも、目白大学が主催するフォトコンテストや、今回初の試みとなる海外の方にボランティアとして1日参加してもらう「ボランツーリズム」など、「染の小道」をより楽しんでもらうためのさまざまな関わり方が用意されています。
「お客さんにさまざまな染物を見てもらったり、地域の子どもたちが染色体験をしたり。『染の小道』を通して、手仕事の価値を知ってもらいたいと思っています」と樋口さんは言います。
おすすめの回り方は、まずフォトジェニックな「川のギャラリー」を見た後に、「道のギャラリー」でじっくりと各店舗に展示されている作品を見る順番。染色を勉強中の学生の作品からプロの職人・作家の作品まで、さまざまな技法で染められた染物に出会うことができます。着物を着て街を見て回っていた二人組も「初めて参加しましたが、これからもっと賑わっていくのではないでしょうか」と、楽しんでいる様子でした。
2019年3月からは、イベント期間以外にも「染の街」であることを発信しようと、妙正寺川の護岸壁に高圧洗浄機で10年かけて毎年違う紋様を染め抜くプロジェクトも始動します。今後も落合・中井地域からますます目が離せません。
Text:浅野靖菜
Photo:中川周